第6話 わんこだから理解出来ません
何故ビビっていたのかと言うと、やはり一番はその病院が初めて訪れる場所だったからであろう。
こんな大規模な病院に足を踏み入れた事なんて一度もなかったし、基本的には近場にある小さな動物病院にしか行った事がなかった。
その場所ですら予防接種とか何やらで嫌な記憶しかないので、だから正直そちらに向かって散歩に行く事すら忌避感を覚えるのだ。
いくらご主人たる優菜が良い子良い子してくれたり、その後におやつをくれるのだとしても、やはり注射と言うのはイヤなものはイヤなのだ。
とはいえ俺も大人なわんこなので注射に対して一々怯えたりはせず、何時だってクールな表情を浮かべて受け入れているのだが。
うん、今日だってそうだ。
俺は身体をじっとさせて逃げたり暴れたりせず、ただただその時が来るのを待つだけだった。
「すみません。この子、注射が苦手で……」
「いえ、それが普通ですよ。まあ、怯えたりして逃げたり吠えたりせず、しかしながらここまで身体を小刻みに震わせる子に針を刺すのはちょっと可哀そうですが……」
……
とはいえ、さっさと注射を終了させたと思ったが、どうやらそれは注射ではなかったらしい。
身体に入れるのではなく、むしろ抜く。
いわゆる採血ってやつだ。
血を抜かれるのは初めてだったが、正直そこら辺の記憶はあまりなかった。
ただ抜かれた後は頭がふわふわして気持ちが悪かったので、申し訳ないがぐたっと優菜の膝の上に頭を乗っけさせて貰う。
うー……
それにしても。
ここは動物病院の筈なのに、何故か動物の姿が見えない。
むしろ人間が疎らにいるばかりで、まるで普通の病院のようだった。
どういう事だろう。
閑古鳥が鳴いているというのだろうか?
「草木様ー、草木優菜様ー」
と、どうやら何かの診断結果が出たらしい。
流石にもう注射を打たれたりはしないだろうと思うので、俺は少しだけ心の余裕をもって診察室へと足を運ぶ。
そこでは恐ろしき白衣の獣医が笑って待っていて、俺は思わず足が竦む。
とはいえ俺は大人のわんこなのでビビったりはせず悠々とした足取りで定位置へと向かう。
「……相変わらず」
「足取りが変ですねぇ」
……
「さて。今回調べさせて貰ったのは例によってハル君のレベル、そしてその身に宿る力ですが」
「はい」
レベルってなんだ。
急にゲームっぽい話をしだしたぞこの獣医。
それとも本当にゲームの話だろうか。
小粋な世間話から始めて緊張を解こうとするとは、この獣医なかなかやりよる。
「その、ですね。あまり混乱せずに聞いて欲しいのですが……レベルというのは基本的に数字で表現されるようになっています」
「はい」
「そもそも犬というか人間以外の動物に対してレベル検査を行うという事自体が稀ですので……そもそも動物相手にレベル検査を行うのは大抵が大学の研究室なのですが」
「という事は、稀であってもわんこのレベルを調べるって事自体はやる時はやるって事で、だから調べられなかったという訳ではない、と」
「はい……その通りの筈だったのですが。しかしながら今回の検査で出された数値は、☆でした」
「……☆?」
「ええ、検査し数値を計測する機器が壊れたのかと一度は我々も考えましたが、しかし何度やっても☆が表示されました……ですので、ハル君のレベルは間違いなく、☆です」
「☆……」
なんか複雑そうな顔でこちらを見てくるが、こちらもこちらで話している内容が理解出来ないので同じく見つめ返す事しか出来なかった。
「――さて、とりあえずレベルに関してはこれくらいにして。次にハル君の身に宿る力ですが、こちらもまた前例のないスキルが宿っていました」
「と、いうと?」
「……【尽きぬ友愛】、というスキルを所持している事が判明しました。こちらは先ほども申し上げました通り前例がありません。動物がスキルを宿すという事自体稀ですので、だからサンプルが少ない所為というのもありますが」
「では、それに関して言うのならば、あくまでハルが「特別」ではないかもしれない、と?」
「ええ、もし仮に犬にスキルを持つパターンが増えた場合、彼等もまた同じく【尽きぬ友愛】というスキルを持っている可能性は十分にありえます」
「そう、ですか……」
うーん、分からん!
それから二人はあれやこれやと俺がいるところで話していたが、結局何が何だか分からなかった。
理解出来ているのに頭に入って来ないって凄いな。
「良かったね、ハル」
「ワン!」
よく分からないけど、ご主人が「良かった」って言っているから多分大丈夫なんだろう。
良かった良かった。
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