第3話「姪のためなら、なんだってできる」
「いつまでも、こんなところにいても仕方ないか」
「今日から、お世話になります。おじさまっ」
ピンク色を多用しすぎると幼い印象を受けだろうワンピースなのに、自分に似合ったピンク色を選ぶことができるところが女の子らしい。
「おじさま?」
姉さん……奈湖の母親のセンスが素晴らしいこと。
そして既に声優として仕事を得ている、奈湖なりのファッションのこだわりに感嘆の声を上げたくなる。
「自分に似合う服を選ぶことができて、単に凄いなーと」
「くすっ、おじさまはファッションに関心ないですからね」
「着るものがあれば、それでいい」
「もったいないですね」
「俺は仕事さえあればいいんだよ」
4月から俺は、姪の白雪奈湖を預かることになっている。
「母親と離れることになって、寂しくないか?」
「寂しいことは寂しいですけど、疎遠になるわけではないので」
仕事と学業を両立させるため。
より交通の便がいい場所に住んで、移動の負荷を減らす。
そして彼女は、仕事と学業に集中する。
その案が上手くいくかは分からないが、交通の便が悪い実家暮らしよりは俺の元で暮らした方がいい。
姉さんは、そう判断した。
「それに、おじさまと一緒に暮らすことができるなんて……私にとっては、神的展開です!」
「なんだ、それ」
彼女の、神的展開という言葉にツッコむ。
ツッコんではみたものの、彼女の声で奏でられるすべての音が俺にとっては心地よく感じる。
ツッコみの内容なんて、正直どうでもよくなってくる。
「おじさまと一緒に暮らせるなんて、幸せすぎます」
こっちが、幸せすぎると返したくなる。
それくらい可愛らしく笑うことのできる姪を見て、俺は自分の中に掲げている大きな夢を絶対に実現させたい。
そんな風に萎んでいた熱意が勢いを取り戻し始めるのだから、姪の声は偉大だなと感心する。
「殺伐とした仲じゃなくて良かったよ」
「年も近いですからね」
奈湖の声が聴覚に届くたびに。
奈湖が奏でる言葉が脳を揺さぶるたびに。
白雪奈湖に、自分が描いたキャラクターの声を担当してもらいたい。
そんな野望は後を絶たない。だけど、野望があったところで、そう簡単に叶うものではないと気づかされる。
作者権限を使えば野望をなんとかする手段はあるのかもしれないが、その権限を使用したところで誰も幸せになることができないと先が見えている。
(全員が幸せになる創作……か)
全員が幸福になる終わりなんて、おとぎ話の世界でしか表現できないことくらい……なんとなく気づいている。
だけど、全員が幸せになることのできる作品を、世に残すことができたらっていう願望は常に抱いていたい。
俺は、なるべく生涯……絵を描き続けていきたいから。
「奈湖?」
崎田さんとのやりとりに絶望を感じていた俺は、姪が自分の隣から姿を消していたことに気づかないくらい考えごとに夢中になってしまっていた。奈湖が声を発していないときは、ただの姪にしか思っていない自分に愕然とする。
「どうした……」
しかし、町中で突然、姪が誘拐騒ぎに遭うわけがない。
姪の心配はするものの、現実的な考えが働いた俺は冷静になった頭で周囲を見渡す。
すぐに姪の姿は見つかって、俺は数歩後ろで立ち止まっていた姪の奈湖に声をかける。
「おじさま! 都会は、美味しそうな食べ物で溢れ返っていますね!」
奈湖の瞳を言葉で表現するのなら、きらきら。
目が輝くなんて現象が起きるわけがないのだけど、たとえるなら……そんな感じ。
彼女の瞳はきらきらとした光をまとって輝いているように見えた。
「和喫茶なんて珍しくもないような……」
「珍しいですよ! 私が住んでいる場所を思い出してくださいっ」
彼女が着ているワンピースを装飾しているレースが、風をまとってひらひら揺れる。
吹き抜けた風が、なんかアニメっぽかったっていうか。ゲームっぽかったっていうか。
奈湖の声も相まって、ヒロインにときめきを覚える主人公の立場を味わっている気分だ。
「寄るか」
「え、でも、引っ越しの荷解きを……」
「資料写真撮るの、手伝ってくれ」
真面目過ぎる奈湖を説得する、適当な言い訳。
和風の作品なんて、ほぼほぼ縁のない人生だけど。でも、いつか。いつかは和風の作品にも縁があることを願って、姪を和喫茶の中へと誘う。
「……お言葉に甘えます」
「そうしてくれ」
世界が美しく見える、とか。
世界が輝いて見える、とか。
そういう表現の、意味が分からなかった。
でも……。
「好きな物、食べていいぞ」
「お金持ち的発言ですね!」
「実際に金はある」
「ふふっ、素敵です。おじさま」
奈湖といると、そんな言葉の意味が分かるようになる。
正確には分かってもいないのかもしれないけれど……なんか……いつだって俺は、姪と過ごす日々を新鮮に感じているんだなって改めて実感した。
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