第4話 行っておいで

 それから〈クレイフィザ〉の最年長ロイドは、工房〈レッド・パープル〉の場所を確認するとそこへの最短ルートを探し、シャトルの発車時刻と組み合わせて予定を立てた。念のためにここ半年の治安データを手に入れ、経路と合わせる。運の悪さはデータでは弾き出しようがないが、調査不足のためにホールドアップに遭ってはたまらない。


 幸いにして、利用経路で危険度2以上の事件はここ二年、起きていない。ごく普通に街を歩くレベルの常識的な警戒だけしていればいいだろう。


 〈レッド・パープル〉の工房主、サラ・サンダースへの手土産について考えた。マスターからの指示はなかったが、彼女のプライオリティは高い。トールが判断したものをマスターが変えていない。土産は必要である、と彼は判断し、途上にある最近話題のショコラティエに寄ることにして、シャトルの利用時間を修正した。


 下調べを終えると――およそ六秒、かかった。最新ヴァージョンなら、二秒未満だろう――トールはシャトルの時刻に合わせて店を出た。初めてではないが、回数は少ない。そのたび、何だかくすぐったい気分だ。マスターに「気をつけて行っておいで」などと送り出されるのは。


 移転先の八十番街区は以前の場所よりも商業地に近く、交通の便はいい。大通りの停留所まで、トールの普段の歩調なら約八分。不測の事態――滅多にないことだが、事故等でいつもの道が閉鎖されているとか――が起きる可能性を考えに入れても、十三から十五分。もとより、シャトルは頻発しているし、何時までに行くという約束もない。慌てる必要はない。


 歩きながらトールは、外出時用のブレスレットに触れて、ショコラティエに取り置きを頼んだ。彼に外部通信端末は必要ないのだが、見た目に何か身につけていないと不自然である。店内ではただ自分で送受信するか、人目があれば通信パネルを使う。つまりカモフラージュ。人目用だ。


 もちろん、彼の手首に型番及び個体識別番号があって指先に爪がなければ、端末アクセサリーは要らない。リンツェロイドがひとりで街を歩くことは滅多にないから、却って目立つ可能性も大いにあったが。


(そう言えば)


 トールは思い出した。


(ミスタ・ギャラガーも驚いていたっけ)


 平然と違法ロイドを使役し人間のように傍らに置く彼ら――〈クレイフィザ〉、〈カットオフ〉両代表――は変わり者である。いや、法律違反を「変わった趣味」では済まされないが、〈トール〉や〈シャロン〉が相手を通報することなどは有り得ないし、少なくともいままでただの一度も疑われたことすらない。


(ばれなければいいというものでもないと思うけど)


(マスターたちはそういう考えみたいだ)


(僕自身は、ナンバーや爪をつけたってちっともかまわないんだけどな)


 〈トール〉の倫理観は、彼のマスターよりしっかりしている、ということになりそうだが、そういう設定にしているのは当のマスターだ。


 自分は彼の歯止めストッパーなのではないか、と彼のリンツェロイドはたまに「考える」。〈シャロン〉が彼女のマスターの暴力を止めるように、〈トール〉は彼のマスターの逸脱を制する。


 もっとも、上手に制することができているとは、世辞にも言えないが。

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