第2話 やめたんだ
「この前の『散歩』の」
「アカシ、ストップ」
「阿呆。ここはそのまま、トールにぶつけるのがいちばんだろうが。影で俺たちがうだうだ言ってて、何の解決になる?」
ふん、とアカシは鼻を鳴らした。
「それとも何か? ライオット、お前は影でこそこそ噂したいだけで、本当は心配なんかしてないのか」
「ちょっと。どーゆー言い草だよ、それ」
「気になるなら追求すればいい。その最短にして唯一の道がトールに尋ねて答えをもらうことだと、俺は思うが?」
「あーやだやだ。これだからソフト屋は。世の中にはゼロか1かしかないみたいに」
「何だと。それじゃお前みたいに、『一見異常はないけどこの辺が怪しいから取り替えたら直った』みたいないい加減な判断がベストだとでも思ってんのか」
「仕方ないでしょ、パーツの不具合は替えてみないと判らないことも珍しくないんだから」
「ちょっと待て、話がずれた」
「うん、ずれた。駄目じゃん、アカシ」
「てめえが逸らしたんだろうが」
「そっちが極端なこと言うからでしょ」
「そ、こ、ま、で」
ぱん、とトールが手を叩く。弟たちは静止した。
「何なんですか、いったい。僕の話なんですね? 僕が隠しごと?」
彼は首を振った。
「いったい、僕が何を隠すって言うんですか」
「それが判ってたら『何か隠しごとがあるのか』とは尋ねない」
「もっともですね」
「……トールちゃん、さあ」
渋々といった様子でライオットが口を開いた。
「この前の『散歩』からときどき変だよ。マスターのメンテ受けた? メンテ後におかしくなるなんて、マスターとトールの組み合わせで有り得やしないと思うけど。マッド・マスターのことだから、密かに何か実験してるかもしれないし」
「マッド・マスター」
トールは目をしばたたいて繰り返し、それから吹き出した。
「言い得て妙ですね」
「で? 答えは?」
「いえ、僕はあのあと、特に何も。――むしろ」
「ん?」
「何だ?」
「あ、いえ、何でも」
「そこで黙っちゃ駄目」
「言え」
「大したことじゃないですよ」
トールは苦笑した。
「あなたたちも気づいていると思います。『散歩』から帰ってくると、マスターがどこか上の空であること」
「あー、ちょっとそんな感じだね、確かに」
「そう言や、それこそ、ぼーっとしてることがあるな」
「……これこそ、恋かも! 痛い! 何すんのさ、アカシ!」
「阿呆なことを言うからだ」
アカシはライオットをはたいた右手をひらひらと振った。
「人間は殴れんがな。ロイドならかまわん。三原則万歳」
「三原則は『人間でなければ殴ってよし』とは言ってないと思うけどっ?」
「人間に危害を及ぼすな、危険を見過ごすな。そうじゃなければ命令に従え。あとは自分を守れ。……お前、自己防衛機能あんのか、ライオット」
「いきなり殴られてどう防御しろってんだよっ」
「阿呆なことを言えば突っ込まれることを学習しろ」
「言葉で指摘すればいいじゃん、言葉でさ。暴力に訴えるのって、やっぱ、どーかと思うんだよね」
「待て、話が」
「ずれてるのは俺のせいじゃないね」
ライオットは主張した。
「で? マスターの様子が変なのは、確かに俺らも気づいてるけど、いまさら、何?」
「――来客があるようだ、という推測は?」
ゆっくりとトールは尋ねた。
「ついてる」
アカシがうなずいた。
「俺は、少し早めに戻って覗こうかとも思ったもんだ。マスターの『一時間くらい』という曖昧な命令をいいように解釈して、五十分くらいで」
彼は手のひらを広げた。
「だけどな」
肩をすくめてアカシは続けた。
「結局、やめたんだ。ライオットにとめられて」
「そうそう。見つかったらただじゃ済まないよって脅した」
けらけらとライオットは笑った。
「仕方なさそうに、また腰を下ろしたっけ」
「勝ち誇ったみたいな顔すんじゃねえ」
ぶつぶつとアカシは言った。
「そう言うトールは、もしかして、誰か見たの?」
「いえ、僕が戻ったときは、マスターはひとりでしたが……」
トールは躊躇いを見せた。
「言えよ」
「早く」
「とっとと」
「焦らすの禁止」
「何も焦らしてなんかいませんよ」
少年の外見を持つ長兄は苦笑した。
「やっぱり、様子がおかしいなと思ったんですよ。それだけです」
「ふうん?」
「じゃあ何か。お前、マスターを心配してんのか」
「そうですね……僕の様子がおかしいと言うのが何を意味するのかぴんときませんが、それに近いかと思います」
それから、彼はくすっと笑った。
「マスターの心配をする僕を心配してくれていたんですか? 嬉しいですが、何だか変ですね」
「……だとよ、ライオット」
「何だ。それだけか。トールのいつもの、考えすぎ」
「心配させてすみませんと言いますか、それとも、何も隠しごとがなくてすみませんとでも」
苦笑して、トールは言った。弟たちは目を見交わして、肩をすくめた。
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