スピンオフ

第3話

 桜が舞う4月、秋田市にある男がやって来る。その男の名は『上野大翔』。東京都出身の22歳、3月に都内の大学を卒業したが就職活動で失敗して現在は就職はしていない。すなわち無職である。とある週末、彼は秋田市に住む祖父、上野入哉いりやに呼び出された。大翔は祖父宅のインターホンを押して入哉が出てくるのを待つ。

「じいちゃん、久しぶり。」

「おお大翔!待っておったぞ!さあ上がって!」

 入哉に言われるがまま、家の中に大翔は入っていく。

「早速だけどじいちゃん、俺を呼んだ訳って何なんだ?」

 先述の通り、大翔は入哉に呼び出されたのだがその理由を大翔は知らなかった。

「大翔は無職で毎日暇だろ?」

「ま、まあそうだけど…。」

「だったらそんな大翔に仕事を与えよう。」

「え?マジで?じいちゃんありがとう!」

「大翔、何か勘違いはしていないよな?」

「えっ…。」

 大翔は今さっき入哉に言われたことを思い返す。

「『仕事を与える』といっても就職先を紹介することでは無いし、勿論給料が出る訳でも無い。」

「それって『仕事』っていうより『お手伝い』じゃねえか…。」

 大翔は落胆する。

「そうだな、確かにお手伝いかもしれない。だがこのお手伝いを遂行してくれたら、大翔に好条件な就職先を紹介しよう。大企業の社長に掛け合って大翔を上のポストにするってことも出来るぞ?」

「じいちゃん、俺はコネで就職したい訳じゃないんだ。確かに俺自身、早く就職先を見つけて定職に就きたいという気持ちはかなりある。でも俺は俺自身の力で就職したい。」

「そうか、まあ大企業の社長に掛け合ってというのは大嘘だが大翔が就職に必要なものの投資は助けてやっても良いぞ?」

「ほんとに?」

「その為にはさっきも言ったように、わしが与える『お手伝い』を遂行してみせろ。」

「その『お手伝い』の内容は何なの?」

「ちょっと待ってろ。」

 入哉は何かを取りに行った。数分後、細長い木の箱を持って現れた。

「大翔、開けてみろ。」

「うん。」

 大翔がその箱を開けると、中には剣が入っていた。

「これは…?」

 大翔は問う。

「秋田剣だよ。」

「秋田剣?で、『お手伝い』というのはこの剣に関係があるの?」

「大翔、察しが良いな。その通りだ。」

「え?どういうこと?」

「孫である大翔に剣を渡した、すなわち敵と戦えということだ。」

「じいちゃん、認知症か何か?敵だなんてそんなものいないよ?」

「認知症とは失礼な!」

「すんません…。」

 大声で怒鳴られ、畏縮してしまう大翔。

「まあ大翔が信じないのも無理は無い。誰しもそう思うだろう。だが敵と戦うというのは紛れもない事実だ。」

「敵と戦うって言っても俺、こんな剣扱ったこと無いし…。そもそもどんな敵と戦うの?」

「それは我が説明しよう。」

 大翔の前に現れた謎の人物。服装はフォーマルなスーツで目や髪の毛は黄緑色である。

「誰?就活生?俺の嫌な記憶が蘇る…。」

「就活生ではない!我は秋田市の市町尊、ケントだ。」

 ケントは手持ちのホワイトボードに『秋田市の市町尊ケント』と書く。

「市町尊?何それ。」

「市町尊とは、秋田県25市町村全てに存在する土地神のようなものだ。我は秋田市の市町尊をやらせてもらっている。」

 ケントは大翔に説明する。

「突然『我は神様だー』とか言われてもねえ…。本当の神様って自分のことを『神』って言わないんじゃないの?しかも何で目に見えてるのさ?何で秋田市の市町尊がじいちゃんの家にいるの?どんな関係?ケントだっけ?俺には『神』を自称している痛い奴としか思えないね、帰った帰った!」

「貴様、我を信じていないようだな?」

 ケントの怒りで家が軋む。

「な、何?地震か?」

「大翔、謝れ!この方は本当に神様だ!」

 入哉は小声で大翔に言う。

「まさか、この揺れって…。あんたの力?」

 大翔はケントに言う。

「どうだ?25市町尊最強とも言われた我の力は?」

 ケントの威圧感に圧倒される大翔。

「神様の力、よく分かりました。すいません。どうか怒りを鎮めてください…。」

 大翔はケントに土下座する。

「大翔、お前はプライドが無いのか?」

 ケントは大翔に問う。

「いやあの状況、プライド云々言っている場合じゃないでしょ。」

「まあそれもそうだな。」

 微笑むケントに肩を撫で下ろす大翔。

「いやあ一時はどうなるかと思った…。で、話戻るけどさ、どんな敵と戦う訳?」

「我の仲間だ。とはいっても、今は邪悪な心を持った市町尊になってしまった。1人の人間の手によって…。」

 ケントは真剣な口調で語り始めた。

「なるほど、この剣を使えば市町尊を元に戻せるという訳か。」

 大翔は呟く。

「大翔、どうか秋田県の為に戦ってくれ。」

 入哉は大翔に頼み込む。

「えー…。」

「何か不満か?」

 ケントは大翔に問う。

「『戦う』っていうことは命が懸かっているということでしょ?そんな危ないこと、俺には無理だね。さっきも言ったけどそもそも剣を扱ったこと無いし。素人に剣渡して敵と戦えと急に言われて『はいやります』と即答する人なんている?俺じゃなくて剣の達人みたいな人に頼んだ方が良いよ。」

「大翔、心配することは無い。我がいる限り君は死なない。それにこの秋田剣というのは普通の剣とは違う。剣を手にして鞘から引き抜くことによって使用者の脳内に剣術がインプットされる。つまり未経験者でも簡単に扱うことが出来る。」

 ケントは大翔の目を見て言った。

「そ、そうか。でもな…。」

 未だに渋い顔をする大翔。

「どうした?」

 今度は入哉が大翔に問い掛ける。

「こんな危険なことをして給料が出ないというのは割りに合わないなあ…。」

 そんなことを呟いた大翔は入哉やケントに謝罪する。

「ごめん、俺には無理だよ。本当にごめん、」

「大翔!」

 入哉が呼び掛けるものの、大翔はそのまま入哉の家を出ていった。

「ケント様、やはり大翔では無かったのでしょうか?」

「入哉、お前の孫のケントはまさしく秋田剣を使うべき人間だ。」


 一方、大翔は東京に帰るべく秋田駅へ向かっていた。

「あんなの、やってられっかよ!早くこんなところ離れて大人しく東京で就職先探そう!」

 そんなことをブツブツと呟きながら歩く。そこへ銀色の長い髪と瞳、そしてローブを着ているという属性てんこ盛りな1人の男性が現れた。

「お前が上野大翔か。」

「ん?その格好、まさか市町尊とか言わないよな?」

「そのまさかだ!僕ちゃんは横手市の市町尊カクラ。上野大翔、お前を倒す為に横手市から遥々やって来た!」

 そう言うと、カクラはかまくらやリンゴ、サクランボや焼きそばのモチーフが特徴的な市町尊としての真の姿となった。

「食らえ、錯乱bow!」

 サクランボのエネルギーが纏った弓から放たれる豪雪の矢が大翔を襲う。

「うわああ!」

 一瞬のことで大翔には抵抗する術は無く、ただ矢が直撃するのを待つしか無かった。目を閉じる大翔、そこへ迫る矢。この状況なら誰でも死を覚悟するだろう。例に漏れず大翔も死を覚悟した。

「うわああ…。ん?俺って死んだ?」

 大翔が目を覚ますとそこに広がるのは進めど進めど真っ白な世界だった。

「大翔、ここは決して天国では無い。」

「ケント、ここは一体…。」

「ここは我が生み出した特殊な空間だ。10分だけ外の世界の時間が停止してこの空間にいることが出来るが、10分を過ぎると時は動き出しカクラの攻撃を食らってお前は死んでしまう。」

「だったら俺はどうすれば…。」

「秋田剣を受けとるんだ。」

 ケントは大翔に秋田剣を差し出す。

「俺には無理だって、言っただろ!」

 大翔は全力で拒否する。

「だがあの市町尊に対抗出来るのはこの剣だけ。秋田剣なら錯乱bowを弾き返せる。」

 大翔は少し考え、そして決断する。

「この剣があれば俺は助かるんだな?」

「勿論。」

「だったらしょうがない。俺がやってやる!」

 大翔は遂に秋田剣を受け取った。ケントが生み出した特殊な空間は解除され、時はまた動き出した。大翔の元に迫り来る矢を彼は秋田剣で意図も簡単に弾き返した。

「うわあ!」

 弾き返された矢が当たり、ダメージを受けるカクラ。

「これが秋田剣の力か…。何かいけるぞ!はああ!」

 大翔は秋田剣を持ってカクラに更なる攻撃をする。

「大翔!やっぱり出来るじゃないか!」

 大翔の活躍に感心するケント。

「これで決まりだ!おりゃ!」

 大翔は天高く舞い上がり、そのままカクラ目掛けて剣を振り下ろした。

「うわああ!」

 カクラから邪気が抜け、彼は鍵の形になった。

「ん?何これ?」

 大翔は鍵を拾い上げて言う。

「これは市町尊の鍵だ。秋田剣には邪悪な心を持った市町尊を元に戻すだけでなく、その市町尊を鍵の姿にさせる能力を持っている。市町尊を完全に人の姿に戻す為には鍵の力を解放するアイテムが無ければならない。それがどこにあるのか、全く見当も付かないがな。」

「ふーん、でも俺助かったしこの剣はもう必要無いね。」

 大翔はケントに秋田剣を渡そうとする。

「おい、何故返す?この剣を受け取ったからには残り23市町尊を元に戻す旅に付き合ってもらうぞ。」

 ケントは大翔を指差して言った。

「えー…。」

 嫌そうな顔をする大翔。

「もしその責任を放棄すれば、どうなるか分かるな?」

 ケントの威圧で大翔は震え上がる。

「わ、わ、分かりました!やります!」

 大翔はまるで言わされるかのように宣言した。

「うむ、よろしい。では次は仙北市に向かおう。我に触れろ。」

「え?」

 大翔はケントの言ったことを理解出来なかった。『向かう』ことと『触れる』ことに何の関係があるのか、1人考えていたのだ。

「我の能力で仙北市までテレポートだ。さあ我に触れるのだ。」

「テレポート…?」

 頭に疑問符を浮かべながらも大翔はケントに言われるがまま、ケントの肩に触れる。

「行くぞ!」

 ケントの能力により、一瞬にして仙北市の田沢湖に移動した。

「一体どんな仕組みなんだよ…。」

 大翔は呟く。

「人間界の科学では説明は出来ない。市町尊の力だからな。」

 ケントは言う。

「で、仙北市の市町尊はどこ?湖以外何にも無いけど。」

「あたいはここよ。」

「ん?今声がしたような…。」

 大翔は辺りを見回す。

「上野大翔、覚悟!」

 突如、湖の畔にあった金色の像が動き出し、大翔を狙う。

「大翔、危ない!」

 いち早く気付いたケントは大翔の背中を押して、ギリギリ回避させる。

 そう言うのは仙北市の市町尊タツコ。その名の通り、辰子像を模したデザインをしている市町尊だ。

「この市町尊もやっぱり…。」

「その通りだ大翔、タツコも邪悪な力に満ち溢れている。」

「だったらさっきみたいに倒すまで!」

 大翔は先程のカクラとの戦いのように、秋田剣を持ってタツコに向かっていく。

「動きに隙が有りすぎるわね。はあ!」

 タツコの一払いで大翔は飛ばされてしまう。

「大翔、ここは融合変身だ!」

「融合変身?」

「ああ、市町尊には人間と融合してその人間を強化することが出来る能力がある。ただし融合変身出来るのは5回だけだ。タツコは市町尊の中でも3本の指に入る程の実力がある。大翔の安全を考えてここは融合変身するしかない!」

「分かった、やろう!」

 大翔は融合変身することを受け入れた。

「「融合変身!」」

 大翔にアーマーパーツとなったケントが合体することで融合変身が完了する。

「「変身完了、パワードケント!」」

 東北三大祭りの1つ、秋田竿燈まつりのモチーフがあしらわれたアーマーとマスクが特徴的なパワードケントという姿に変身した。

「面白くなってきたじゃない!」

 タツコは目の前に円形のエネルギー体を作り出す。

「ジャパニーズバイカルビーム!」

 田沢湖のようなエネルギー体から放たれる極太ビームがパワードケントを襲う。

「「はあ!」」

 ビームを避けたパワードケントは秋田剣にエネルギーを溜め、タツコに急接近する。

「「ライスラッシュ!」」

 豊作の祈りを込めた斬撃でタツコを攻撃する。

「なんなの、これは…。うわああ!」

 タツコは鍵の姿になった。同時に融合変身は解除された。

「これで2つ目、あと22か…。」

 ケントは言う。

「まだそんなにあるのか…。」

 大翔は大きなタメ息をついた。

「次は大仙市の市町尊だ、行くぞ!」

「早く終わるのは良いんだけど、テンポ早くて疲れる…。」

 大翔はそう言いつつもケントと共に大仙市へ向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋田剣・新 けいティー @keity-akitanowarashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ