ポートレート

シンカー・ワン

シャッターチャンス

 新緑の季節、オヤジが趣味のカメラを新調。

 で、今まで使ってたやつを俺にくれた。

 今はもうカメラ事業から撤退したメーカーの、レンズ交換式のデジタル一眼。銀塩時代からの資産が流用出来るからと長年使っていた代物。

 親父の新しいのは現役一流メーカーのミラーレス式デジタル一眼の最新型。

 早速オプション機材まで買い込んでお袋から白い目で見られてた。カメラ趣味って金かかるからな~。

 いくら資金は自分のへそくりからだからって、加減しろよオヤジ。

 ……でもまぁ、いい歳して子供に還ったみたいに目をキラキラさせてカメラを弄ってるオヤジ見てたら、そんな文句を言う気も失せたけど。

「おまえもさ、若いんだから走ってばっかいないで、他にもなんか趣味持てって。とりあえず、カメラそいつ切っ掛けにでもして世界広げてみろや?」

 とは、古いカメラをくれた時のオヤジの言葉。

 あのさぁ、自分の趣味にせがれを巻き込むなよ。

 なんて言い返したいところだけどオヤジの言うことにも一理ありそうなので、ここは黙って従っとこうか。

 そう決めたとある日曜日、俺はカメラを抱え当ても無くぶらつくことに。


「ふーん、それでそんな立派なカメラ抱えてる訳」

「まぁ旧式とはいえ曲がりなりにもデジタル一眼。腐っても鯛ってとこ? 画像の密度ってのかな? なんか深いとこまで撮れてるような気がするんだ」

 なに撮ろうかなって適当に歩いてたら、偶然にも彼女と出会った。

 俺の彼女、名を井流志保いりゅうしほと言う。

 高校に入っての陸上部部活仲間。俺は短距離、彼女は中距離。

 なんとなくいいなって思ってた相手。

 夏が近づくにつれ憂い顔をするようになった彼女の力になりたくて気持ちを告げた。

 憂い顔の理由は……片想いしてた野郎に失恋したこと。

 お友達期間の秋を経て、晴れて彼氏彼女となったのはその冬のクリスマス。

 二年に進級してクラスも同じになり、親密度は増していってる実感あり。

 一応、キスまでは済ませてる。そこから先は……まぁ自然な流れにお任せってとこ?

 初夏にしては暑い気温に合わせてか、七分袖のチュニックにサルエルパンツっていで立ちの彼女と他愛のない会話をしながら撮影散歩。

 道端に咲いてるタンポポ見つけたら立ち止まってシャッター。

 塀の上にのんびりくつろいでいるノラネコ見つけてはシャッター。

 風に流されてなんかいい形になってる雲に向かってシャッター。

 うん? なんか楽しくなってきたぞ。

 今はスマホや情報端末でお手軽に写真が撮れる。でもあれだ、専用の機械を構えひと手間かけて写真を撮るのはやっぱりなんかが違う感じがする。

 休日のたび、カメラ抱えて西へ東へとあちこち行ってるオヤジの気持ちが少しだけわかったような気がしてきた。

「……ねぇね」

 ファインダーを覗きシャッターを切ることに夢中になってた俺のひじに触れながら、彼女が話しかけて来た。

「ん、どしたの?」

 そう言うと、彼女は上目がちになんかモジモジとこっちを見つめながら、

「アタシにも撮らせてもらえないかな~、なんて」

 可愛いお願いをしてきた。

 少し赤らめた頬とその仕草にズギューンと擬音付きで心を打ち抜かれた俺は、快くカメラを彼女へ手渡した。

 嬉しそうにカメラを手にする彼女。

 一通り使い方を説明すると「うん、わかった」と、そのままカメラ抱えてあちこちキョロキョロ。

 何かよさげな被写体見つけるとファインダー覗き込んでシャッターを切る。

 夢中になって色々と撮っている彼女はとても楽しそうだった。

 ……あぁ、そっか。彼女もさっきまでこんな気持ちだったんだな。

 脇目も振らずに撮りまくってる俺見て楽しそうだなって思い、そして自分も撮りたくなった、と。

 夢中になってる姿を眩しく感じる。

 被写体を追ってカメラを構える彼女を俺は指で作ったファインダーに捉え、心のシャッターボタンを押し込む。

 ――心の中でだけじゃない、現実で彼女を撮りたい。強くそう思った。

 思うが早いか、俺はすぐにあれこれと説得しカメラを奪い返し、彼女へとレンズを向ける。

 始めのうちは恥ずかしがっていた彼女だったが、

「いいよーいいよー。そこでこっちに視線、はいっオッケー」

 俺のどこの似非グラビアカメラマンだよって声かけと、小気味良いシャッターの切れる音にいつしかノリノリになってポーズを決めてくれるように。

 そんな撮り方していたせいなのか、ファインダーの中でとてもいい表情かおをする彼女の、もっとキレイな姿を撮りたいって欲求が俺の中で高まっていった。

 もっとキレイな姿――つまりは肌の露出が大きい、出来るならば何もまとわない、生まれたままの姿を。

「――津坂つさかくん?」

 唐突にシャッターを押さなくなった俺へと、不審げに彼女が声をかけてくる。 

 隠していてもしょうがない、今の気持ちを正直に伝える。

 ――井流の生まれたまんまの姿が撮りたい、と――

「……いい、よ」

 少し逡巡したのち彼女は快諾してくれた。……え、ホントに?

 言い出しといてなんだが、まさか引き受けてもらえるとは!

 しかし、さすがに外で撮るわけにはいかない。場所をどうしようかと思ってたら、

「うち、夕方までみんな出かけてるから……」

 家人が誰も居ないという彼女の家まで赴くことに。道中の記憶は、ない。

「……お邪魔しま~す」

 誰も居ないと言われているのに、探るように小声で挨拶してしまう俺。もちろん返事はない、みな留守のようだ。 

 正式に交際を始めてから何度か遊びに来たことのある彼女の家。なぜか足音を忍ばせるようにして二階へと階段を上がっていく。

 静かな家の中、段を踏みしめて立つ軋む音に必要以上に反応してしまう。

 彼女と俺以外、他に誰も居ないとわかっているのに。

 気持ちのどこかに後ろめたさがあるから、こんなに気にしてしまうんだろう。

「……ちょっと待ってて」 

 自室に到着すると彼女はそう言ってひとり中へ。閉じられた扉の向こうからはごそごそと動いてる音がした後、クローゼットを開けたりチェストを引き出してるような音が聞こえてきた。

「――お待たせ」

 数分後、トートバックを抱えた彼女が出てきた。少し息が荒い。

「じゅ、準備してくるから、中入って待ってて」

 俺を見ないでそれだけ言うと彼女はバタバタと階下へ。見送ったあと、

「……失礼しま~す」

 これまた小声で言いながら彼女の部屋に入る。

 初夏の強い日差しを遮るためか閉められたままのカーテンで室内なかは昼間なのにほの暗い。

 見回せばベッドに机、備え付けのクローゼットにキャスター付きのチェスト。部屋のあちこちに施された年頃の女の子らしい飾りつけ。

 入るのは初めてではない、何度かある彼女の自室。

 けど、家の人が居ないときに入るのは初めて、だ。

 ふたりきり。ましてやこれからやろうとしていることを思うと、鼓動が早くなる。

 落ち着け、落ち着け俺。やましい気持ちは……無いわけじゃないが、写真、写真を撮るだけ。そう、それだけ。それ以上はない、しない。したいけどしない。

 まず呼吸を整えて……カ、カメラの用意を――。

 階段を上がってくる足音が聞こえ、ドアがそおっと開き、

「――お、お待たせ」

 の声とともに戻ってきた彼女は、大きめなバスタオルに身体を包んでいた。

「……シャ、シャワーしてきた。あ、汗かいちゃってたし、その、きれいにしといた方がいいかなって」

 準備してくるって、そういうことだったのね。

 完全に水気の取れていない髪から雫を伝わらせながら、俺の前を横切り部屋の奥へ。ベッドの前で振り返って、

「ど……どうしたら、いい?」

 女子にしては高い一七〇センチ近い長身を、バスタオルに隠すように縮こませながらの問いかけに我に返った俺。

 手のひらにあるカメラが、自分がするべきことを再確認させてくれる。

「――バ、バスタオル。とって、もら、える……?」

 カメラを構えながら、自分でも滑稽なくらい上ずった声音で乞う。

 百メートルを全力疾走したのと同じくらい、心臓がバクバク言ってるのがわかる。

 俺の言葉にうなづいて、彼女は身を包んでいたバスタオルを落とした。

 ドキドキしながら向けた視線の先には、白いセパレートの水着を着た彼女が恥ずかしそうに立っていた。

 部活焼けで小麦色の手足に焼けていない部分の肌色とビキニの白が不思議なコントラストを描いていて、アンバランスの妙のようなものを俺の目に叩き付けてくる。

 カメラを構えもせず、ボーっとその姿を見詰めている俺に向かって、

「この夏にね、一緒に海に行こうと思って新調した水着なんだ。似合うかな……?」

 恥じらいながらそう告げる彼女。

 あぁ、もうっ、似合わない筈なんかないじゃないか!

 そう答える代わりに俺はカメラを構え、ファインダーを覗きフォーカスが合うに任せてシャッターを切った。

 何度も何度も。

 撮り始めは硬かった彼女だったけど、次第に解れて来ていい表情をするように。 

 俺もそうだけど、部屋にふたりきりで秘密の撮影って状況に昂りだしたのだろう。指示もしていないのに大胆なポーズを取り出す。

 こんな一面もあったんだ。と驚かされた。

 挑発する眼差しで俺を射抜き、しなやかに身体をくねらせる彼女。まるでもっと見てほしいって言われているようで、レンズで舐めまわすように撮り続ける。

 ピィーーッ。

 カメラから発せられた突然の電子音が、昂った気持ちに制動をかけた。

 我に返って調べれてみれば、メモリが一杯に。

 外でけっこう撮っていたし、ここで調子に乗ってシャッター切り過ぎたか。

 でも、いいタイミングで止めてもらった。正直頭がのぼせてる、一度落ち着かないと。

 カメラをチェックしながら彼女を見れば、火照ったままのようでトロンとした顔をして俺を見つめてる。

 その視線が「まだ、もっと」と訴えているように見えるのは、俺の勝手な想像だけじゃないだろう。

 肌露出の多い写真は撮れた。でも肝心の生まれたままの姿はまだだ。

 幸いに予備のメモリカードはある。彼女の昂りは抜けていない、まだ撮られたいって思っている。

 裸に近い恰好まで許してくれたけど、もしかしたらこれが精一杯ってことかも知れない。

 一応了承してくれているとはいえ、なにも身に付けない姿をさらしてくれるかはわからない。

 これは賭けだ。

 彼女に向き直り、しっかりと目を見つめて言う。

「――脱いで、くれるかな?」

 上ずってこそいないが、からからに乾いた声で伝える。

 彼女は顔を赤らめたまま、優しく微笑んでうなづいてくれた。

 俺は少し彼女と距離をとってメモリカードを交換し、改めてカメラを構え直す。

 ファインダーの中で彼女がゆっくりと水着の上を外すさまをうかがう。

 現れたのは大き過ぎず小さ過ぎずの、体躯にふさわしい膨らみを持ったふたつの果実。

 白い稜線の頂には桜色した頂き。その柔らかそうな先端がほんのり自己主張をしていた。

 露わになったふたつの丘を隠そうともせず、彼女はボトムスに手をかけしなやかな脚線に添わしてそおっとずらし脱ぎ捨てる。

 彼女を隠すものはもう何もなく、生まれたままの姿を俺に晒す。

 あまりの神々しさに言葉を失うが、絞り出すようにやっとこさひと言。

「……きれいだ」

 俺の言葉にはにかんで応える彼女。

 もうお互いに言葉はいらない。

 俺はただひたすらにシャッターを切り続けた。


 結局、予備メモリが一杯になるまで撮った。

 昂った俺たちだったが、一線は越えずじまいで終わる。

 俺も彼女も身体の準備は十分に出来ていたし、気持ちだって盛り上がってあとはもうやっちゃうだけの状態だった。

 けど、彼女の肌に直接触れた時、なんて言うかこういう桃色の勢いに乗せられた感じでのは……何か違うんじゃないかって妙な自制心が働いて。

 ヌード撮影してその流れてやっちゃいましたって、それはそれで将来苦笑いの浮かぶ思い出になっただろうけど、お互いの初めてがそんなんじゃなんだかなって。

 俺はそれでも別にいい。けど、女の子には素敵な初体験の思い出つくってほしいじゃない、やっぱり。

 ま、撮影終了のあと、やらかしそうなムードになった時、彼女にそんなこと言ったわけ。

 ……そうだよ。ようは、土壇場でビビった俺がヘタレたってだけのこと。

 準備万全覚悟完了で肩透かしくらった彼女が、仕方ないなって感じで、

「――なら、夏だね」

 と、ひと言。

 蠱惑的な表情を浮かべる彼女に俺が返したのは、

「任せとけ、最高に思い出に残る夏にしてやるぜっ」

 なんか負け惜しみくさいそれに彼女は笑った、楽し気に。


 ちなみに、ヌードを撮ったメモリカードは彼女にあげた。その方がいいと思ったから。

 水着姿を撮ったのは手元にあるし、彼女のセンシティブなところは心のメモリに焼き付いてるので十分。

 撮影日の夜から、俺のワンマンプレイが捗りまくったのは……言わずもがなだ。

 あ~約束された最高のため、夏よ来い、早く来い!

 

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