第14話 まさかの話…

 何を話したら良いのか分から無いまま忙しく時が流れる。刻々と過ぎていく今この時間は不器用な二人にとってかなり貴重だ。思っていることをとにかく全部話してしまわないと別れ?の時間が迫っている。

 別れ…なにそれ…会って何時間も経っていない私達に別れって、付き合ってもないのに。寄り添うように流れるこの海辺の光景が、信じられないほど愛おしいと感じる。お互いの間に忍び込む、張り裂けそうな思いが湧いて湧いて尽きないのだった。

 『免疫無いから』そう言う佐和子の顔が目に浮かぶ。依子を馬鹿にして優越感に浸る顔。いやぁそんな話になるだろうか、佐和子に泣かれるのは辛い。

 異常に心配してたな。あんな必死な佐和子の顔は見たことがない。潮風に吹かれて冷静になると必死の形相に不謹慎ながら、笑えて申し訳なくて涙が出た。悲しいのか、申し訳ないのか、言い表せない。言葉がない。依子には言葉で表現するという術がない。

「どんな絵を描くの?」

「絵?どんなって…私の絵?」

「うん、イラストレーターでしょ。どんな絵かなと思って」

「本の表紙とか、雑誌の挿絵とか…

 一緒にいたの佐和子さんって言うんだけど、やり手の編集者なの。営業職。自分が気に入りさえすれば跡は押して押して相手に納得させる。私に仕事をくれる神様」

「良いなあ〜あんなパワフルな神様が後ろに居てくれるなんて、鬼に金棒って僕も欲しいよ。営業も自分でやるってかなり精神的にきつくて、制作に没頭したいよね。そうか、僕にもそんな神様が必要だな」

「その佐和子さんが…失恋してね。凄く痛手な失恋。良い人だったんだ。逃した魚は優しかったって嘆いてた。

 私は何も出来ないからその分旅行に付き合うことにしたの。張り切って準備してたから…ああ、かなり回復してるって、なのに…こんな事になって申し訳無い」

「帰るの、また来る?」

「どうかな、凄い船酔いで地獄の2丁目まで行った。釜の蓋をね、覗いた感じ…もう限界だった。それを乗り越えてって、気絶まがいで此処まで来たんだけど、私にしたら大冒険。きっとこんな冒険二度と無いと思う。夢の中にいるみたいだった」

「僕とのことは夢の中の…お伽噺なのかな」

「王子様みたいな。気がついたら蛙になって、ツバメの背中に乗って…」

 依子は物語のようにこの場から遠ざかろうとする。

「現実だよ。ここにいるよ。生身の体だからね。お互い」

「私ね、タイムリミット有るって言ったじゃない。それを超えてね。もう子供を産んじゃいけないって言われてて、それで結婚は諦めることにしたの。

 一度も恋もしないまま、でも私にはそれが似合ってる気がする。このまま絵を描くだけの仙人になっても悔いはないの」

「まさか…そんな事で諦めなくても、他に何か出来ることも有るんじゃない。一緒に探そうよ。探してみようよ」

 ヨシトはそう言った。結婚とか子供とか言う前に考えられることが有るんじゃないかって…依子の心が動いた。動くはずのない依子の心が…

「それって…」

「そうだな。まず恋をしようよ。改めてでもいいし、このままでもいいし…お互い短い時間だったけど、この人だって僕は思ったよ。他の人とこんなふうに一緒にいられる?僕は初めてこの世界にそういう人がいるんだって知ったんだよ。隣に居るのは依子さんが良い」

 ポカンと聞きながらも無意識のうちに依子の気持ちは急速にそっちに傾き始めている。果てしなくヨシトと近い感覚が、違和感なく、このまま寄り添っても良いかもと揺れている。

 一目惚れって簡単には思えないけど、説明もつかないけど、この人となら一緒に居られる。と言う感覚が普通にこの場を支配していた。

「依子さん。このままこっちにいられない?」

「こっちって?」

「ここだよ。小笠原。依子さんの知らない未開のこの地だよ」

「それは…」

「仕事?他には何が問題?」

「いや、これって問題はないんだけど…理由、理由が要るよね?」

「いらないでしょう。誰に、何にたいしての理由なの」

「だって…新しいこっちの人生を選ぶのに必要。大切な岐路と思う。大問題だよ」

「大袈裟だな。大袈裟嫌いでしょ。多分、依子さん」

「うん、嫌い。できるだけつつが無く普通に平和に問題なく暮らしたい」

「はははそうだと思った。そう考える人だよね」

 波長が合う。波長って弱ってる時にかかるマヤカシなのかな。決断する自信がない自分を、納得させる理由が欲しい。

 無くて良いとヨシトが言ったけど、その意味が腑に落ちない。

「人生ってさ、長いようで短い。大切な時間はこぼれ落ちてしまわないように抱えていないと。このまま日常に帰ったら、依子さんもうどうでも良くなってしまうよ」

 言い方が上手い。我ながら言葉には縁がないけれど佐和子の文章のように流れるような美しさが有る。ポワンとする度、ヨシトの口車に乗る訳にはいかないと理性が押し戻す。そんな簡単に物事進むわけ無いと悪魔が耳元で囁く。キャパを超えたこの状態は何をフル回転させれば解決するのか…

「帰りの船に乗らなくていいじゃん。そんな辛い思い二度としなくて良いよ。このまま幸せなままここにいれば良いんだよ」

 これは悪魔の囁きだ。現実逃避に近い。決定打だ。依子の弱った思考に雪崩込むようにその囁きが耳を通じて脳まで入り込む。このままじゃ押し切られる。依子は不安を感じながらもバラ色の温もりを感じた。何一つ嫌じゃなかった。こんなことでもないと自分の人生、人任せになんか出来ない。このまま何処にも乗り上げないで、安全なまま終わるんだ。決断って挫傷なのか…

 二度と無いだろうこの機会を私はどうしたいんだ。自問自答する。人生最大の分かれ道をどうする。どっちを選ぶ。依子は細胞を総動員して未来を描く…

「佐和子さんを説得する自信が持てない…」

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