第31話

「あ」


大通りは、さすが名門貴族が通う学校があるからか、有名なブランドのブティックや大きな本屋、文具店が並んでいた。ショーウィンドウから覗く店内は、どこもきらびやかだ。

ここは、大きな店が集中しているから、地元の人だけではなく、ほかの町に住んでいる人も遊びに来ると聞いていたが、さすがに休日だからか、とても混んでいる。

私は、その人ごみに少し疲れてしまって、ほんの少し遠くに足を運んでみた。


そこは、店主が趣味でやっているのかな、と思ってしまうほど、外観は、小さなお店だった。

どうやら本屋らしいそこは、窓から覗いただけでも、すごい数の本が並んでいた。私は、思わず店内に入るため、ドアを開けた。小さく扉に取り付けられた鈴が「カラン」と音を立てる。その音が鳴っても、店内からは人の気配がしない。


「失礼しまーす…」


お店に入るのに、なに言ってんだと思ってしまうが、こういう小さな個人店に入ったことがないから、緊張してしまうのだ。

店主の姿は見当たらない上に、客は私一人のようだ。

一応、外には「オープン」と書かれている札がかかっているから、開店しているのは、間違いないはず。

しかし、窓から覗いただけでも、すごいと思ったその店内は、実際に中に入ると、本当にすごかった。小さな店内には、ごくわずかな通路がある以外、すべて本棚で埋まっている。まさしく本の道といってもいい。小さな一人掛けのソファがちょこんと角に置いてある以外は、本で埋め尽くされている。

天井まで届くほどの高さの本棚が、店内の壁側を埋め尽くし、真ん中には、肩ほどの高さの本棚が置いてある。表紙が見えるようにして、置いてあるのは、新刊ではないので、店主のおすすめの本だろうか。

そわそわと、店内を見渡す。


今日の買い物は、ペン一つと予定していなかったから、持ち合わせがあまりない。

本との出会いは、一期一会。

きちんとお金を持ってくるべきだった。

…とはいえ、さすがに寮生活の身。それほどの本を買ったとしても置いておく場所はない。

この小さな宝箱のような、魅力的な本屋との出会いだけでも、今日は町に出てよかったと思う。本との出会いは、本屋との出会いだ。


そして、ぼんやりと本棚を見ていると、一つの推理小説を見つけた。

店主の手書きであろうPOPがくっついている。

POPなんて、珍しい…。「とっても面白い。古典だからと侮るなかれ。読んで損はない」と書かれている。


推理小説か…。

そういえば、近頃は、ろくに本も読んでいなかったな、と思い出す。

最後に読んだのは、いつだったかしら。普段は、勉強ばかりで、全然読んでいなかったし、これを機に、また読書を趣味にしてもいい。あの学校にいても気が滅入ることばかりだし。

本の世界に没頭するくらいしか、現実から逃げる手段がない。

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