第32話

そこまで、店主が進めるのであれば、よほど面白いに違いない、と読んでみれば、まぁ面白い面白い。文字がするすると頭に入ってきて、ページがどんどん進む。

一見、主人公とは全く関係ない殺人事件が、実は、主人公を中心にして起こっていたというありきたりな展開だったが、出てくる登場人物の掛け合い、主人公の心理描写、くどくもないが、大雑把でもない情景描写の匙加減。

そして、息つく暇もないほど、どんどん進んでいくストーリーのテンポの良さ。

店内の時計の鐘の音で、ようやく現実に戻ってくることができたほど、久しぶりに本の世界にのめりこんでいた。


「その本は、面白かったかな?」

「わっ!」


慌てて、後ろを振り返ってみると、店主らしき男性がニコニコと笑いながら、こちらを見ている。

柔和な雰囲気を持つ中年の男性だった。

普通、本が汚れたりするから、立ち読みなんてしてほしくないだろうに、そんなことを感じさせない、むしろ見守っているような感じだ。


「あ。とても、面白かったです」

「それは、よかった。それ、僕のお気に入りなんだ」

「そうなんですね…私、久しぶりに本の世界に入り込むことができました」

「おや。それはおめでとう。…そして、残念だ」

「残念?」

「君は、本の面白さを知ると同時に、知ることになってしまったからだよ」

「何をですか?」


ずいぶんともったいぶった言い方だな。

さすが、本の店主(勝手にそう思っているが、もしかするとただのバイトかもしれない…まぁ、この年齢で本屋のバイトというのも珍しいが)。本当に小説に出てくるような登場人物みたいなことを言う。

こんなこと言う人、現実でもそうそういない。


「この店内を見渡して、どう思った?」

「?すごいな…って。本がいっぱいだなって…?すみません。ありきたりな感想で」

「謝ることはない。事実、その通り。ここにある本はね、僕が今まで読んできた本たちだ」

「この量を、おひとりで、ですか!?」

「うん」


こともなげに言うが、この天井まで届く高さの本棚に詰め込まれた本だけでもすごい数なのに、この店内いっぱいに詰め込まれた本を全部読んだ!?

どれだけのペースで読めば、これだけ読めるのだろう。想像がつかない。

この人は、本当に本が好きなんだな。お店を開くくらいには。


「すごい量だろ?このお店は、僕の人生の一部が切り取られているんだ」

「はぁ…確かにすごいです」

「だけど、これだけ読んでも、この世界にはまだまだたくさんの本が詰め込まれている」

「確かに…大きな本屋は、この規模ではないですからね」

「そう!その通りなんだよ。しょせん、人が一人読める量なんて、たかが知れている。どれだけの天才であろうと、世界中の本を読むことは不可能だ。だから、君も知っただろう?たとえ、君が死ぬまで、本を読み続けたとしても、面白い本、人生を変えるほどの本を読みつくすことはできない絶望を」


絶望って…、大げさな人だな。

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