第13話

冷や汗がじんわりと浮いてきて、気持ち悪い。


「ま、まさか…アルセウム家とアンデス家ではありませんよね…?」

「その通りだ。いやぁ、うちの娘にもついにモテ期が来るとわなぁ…はっはっはっ!まあ、私と母さんの娘だからな!仕方ないんだけどなっ!まぁ、うちの娘可愛いから、目がくらむのは、仕方ないが、まぁ、」


うれしそうに、遠足の前日の子どもみたいにわくわくとした様子で、二つの手紙を持っている父の姿に心底、呆れる。

これじゃあ、まるで父に婚約話が来たみたいではないか。


「いやです」

「え?」

「いやです、婚約」

「い、嫌なの…?」

「はい。というか、普通に、常識的に考えて、婚約破棄されて、すぐに婚約を申し込んでくるとかありえませんよね?何を考えているんですか」

「え…あ…そっすね」

「私だって、あんな男からだとしても一応婚約破棄されて、少しは考えているところだってあるんです。いくら金のためだからだとしても噂にほいほい騙されて、婚約破棄したような馬鹿な男だけど、だからといって、そんなすぐに別の男と婚約するような女に私が見えますか?」

「う…ぃ」

「見えますか?」

「… … …だって、」

「なんです?」


父の目が泳いでいる。

さては、私が喜んでオッケーすると思ったのだろう。

家柄に喜ぶような娘ではないことくらいわかるだろうに。


「アルセウムとアンデス家だよ?超名家だよ。どっちと婚約しても人生バラ色だよ?」

「平民の女が、貴族に嫁ぐ苦労話をお父様が知らないはずないですよね?」

「アリシアなら…大丈夫かな…って思ったんだもん」

「だもんじゃありません。私、貴族のそういったごちゃごちゃした人間関係で、悩んだり、苦しんだりしたくないんです。子どもに苦労させる気ですか」

「苦労は、買ってしてでもって…」

「自分で買うならまだしも、押し付けられて買う苦労なんか絶対に嫌です」

「それもそうよねぇ…」


のほほんとした母の声が、どこか憎たらしい。自分は、もう関係ありませんみたいな感じで、にこにこ微笑んでいるのが、また苛立たしい。

婚約話が来たことは、母だって知っているはずだ。それなのに、なぜ止めなかったのだ。


「そういうわけで、まだ誰かと婚約する気はありません。それにまだロミオとの婚約破棄も正式な話として通ったわけではありませんし、下手を打つとこちらが攻撃されることになります。冷静に、まずはロミオとの婚約破棄を進めるべきです」

「あ、うん。ソダネ」


意気消沈としている父には、悪いが、こちらとて体面というものがある。

あの浮気女は、ロミオと早々に婚約をしたようだが、それで私も、なんてすれば、周りの人間がうるさいに決まってる。

特にあの二人を狙っている女性は多いし、こちらはただでさえ、嫌われているというのに、下手に刺激して、蛇を出すのも恐ろしい。

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