第8話

「アーサー!その女は、悪い虫だと言ったでしょう!」

「…ミアには関係ないよ」

「な、」


大好きな幼馴染から、拒否されたのが、よほどのショックだったのか目を見開いて、アーサーを凝視している。


ミア・ウェンストン。

この学園のカーストでも最上位のご令嬢である。

気に食わない人間がいれば、男子でも女子でも容赦なく権力と暴力で、殴ってくる要注意人物である。

貴族社会で、彼女の父親は、色々なところに伝手があるそうで、逆らえる人間は限られている。そのせいで、彼女に逆らうことはやめろと、両親から直々に言われている生徒もいるそうだ。

なんという階級社会。

絶対王政といっても過言ではないほど、この学園には権力や階級による差別が行われている。


「私、ミアさんに席を譲るわ」

「ううん。ここにいて」

「いやいや。私よりミアさんのほうが貴方の隣にふさわしいわ」

「僕は君がいい」


いや。あなたは良くても私が嫌なのよ。


「あ…アーサー」


ミア嬢が、アーサーを見つめる。

目には、うっすらと涙が浮かんでいる。

まるで、子犬のごとき可愛らしさだが、騙されてはいけない。

この子は、情け容赦ない苛めっこであり、なんなら、いじめられた子は彼女に恨みを持っている人間だって少なくない。

最近では、彼女のせいで退学をすることになった生徒の両親からも恨まれているという噂を聞く。

ミア嬢は、確かに容姿だけであるならば、天使と紛うほどの可愛らしさだが、中身にはヘドロが詰まっている。


「ウェンストンさん。何をぼんやり突っ立ているのです。席につきなさい。とっくに鐘は鳴っておりますよ」

「…はい」


先生が来て、ミア嬢を睨んだ。

ミア嬢は、アーサーの隣に座れなかったことが、よほど不服らしい。顔にデカデカと「私は、不機嫌です」と書いてある。なぜか、席に座る前に睨みつけられたが、私は何もしていない。


「では、教科書を開いて。114ページ…」


貴族というのは、大変だな。

付き合う人間や関係性で、ほかの生徒から睨まれることが多い。

学校は人間社会の縮図とはよくいったものだ。人間社会の悪い部分を、煮詰めて、腹と頭を痛めるシチューを毎日無理やり食わされている気分になる。


階級が上だとか、下だとかそんなに関係があるのかしら。

今もびくびくとミア嬢の隣に座る令嬢が、おびえている。

権力や階級がそんなに大事?


…父は、私に何も言ってこない。

父の仕事に支障が出るのであれば、私だって、いくらでも頭を下げる。

成り上がりだとか、一代貴族だとか、みんな否定的な意味で言ってくるけど、私はそうは思わない。


父は、ずっと頑張ってきた。

その結果が今なのだ。

だから、父がほかの生徒の両親みたいに「決して口答えをするな」「頭を上げるな」といったならば、私もそうしていただろう。

頭を下げて、自身の何が落ちるわけではない。それで、家族を守れるなら、いくらでも下げて見せる。


でも、父は何も言わなかった。

家族の誰もが、私の好きなようにしていいと言った。

だから、私は好きなようにする。

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