忘却の陽だまり
白野椿己
忘却の陽だまり
「お前って、本当にヒマワリが好きだよな」
時々ふと、何かを忘れているような感覚になる。
例えばまさに今、彼氏の言葉に返せないでいる事がそうだ。
私は一体いつから、そしてなぜ、ヒマワリが好きなのか分からないでいる。
周りから何度も言われてやっと気付いたほどだ。
好きだ、と強く認識したエピソードは思い当たらない。
それなのに、当たり前のように手に取るヒマワリ柄。
「じゃあどれがいいと思う?」
「んー・・・でもやっぱ、ヒマワリじゃね。なんか似合うんだよな」
「でも実際似合うキャラじゃないっしょ、元気系じゃないし」
「なんつーか、こう、隣にヒマワリがあるのが?良いっていうの?」
「はは、なにそれ」
鞄も、ポーチも、小物も、インテリアも。
所々に散りばめられたレモンイエローが宝物みたいに光っている。
違和感があるはずなのに物凄く馴染んでいて。
記憶の中はいつも、黄色、黄色、黄色。
大学時代、少しだけ仲良くしていた2つ下の女の後輩がいる。
どうやって出会ったのかも、何がきっかけで仲良くなったかも覚えていないけれど。
誕生日プレゼントに貰った彼女からのネックレスは、彼氏から貰ったどのプレゼントよりも気に入っていた。
パッと花開いたヒマワリとましっろな羽根が引っ付いていて、ヒマワリの真ん中にあるスワロスフスキーがほのかにきらめくお洒落なデザインだ。
この彼氏ではとても選べない、だから彼には一度も見せたことがなかった。
「じゃあまた後で」
「おぅ、ケーキ買って帰るな!」
「いらんいらん」
友達と呑みに行く同棲中の彼の背中を見送り、ショップバックを片手に帰宅した。
酔っぱらいの相手は面倒くさいから今日はさっさと寝てしまおう。
一通りのことをすませ、1人で寝るには少し広いベッドに背中からダイブする。
枕元に飾られた1輪のヒマワリ。
ついこの前、後輩から送られてきた誕生日プレゼントだ。
「・・・あれ?」
ベッドから上半身を起こし、ぐいとヒマワリに近付いた。
ほとんど会うこともなければ連絡を取ることもないけれど、毎年彼女は必ずヒマワリの何かをくれる。
ヒマワリが好きなんだねと言われるようになったのは、社会人になって数年たってからだ。
でも彼女は、知り合って最初の誕生日にくれたネックレスからずっとヒマワリのものばかりくれる。
頭の中で、彼女の顔の横にヒマワリが浮かんだ。
「どっちだっけ?貰うようになったほうが先か、それとも私が集め出したのが先か」
集め出したのは大学3年辺りで、彼女と出会ったのは3年の私の誕生日より後だ。
たまたまヒマワリのポーチを持ってる時に何か言われて・・・それが彼氏が出来たって報告した後のはず。
そういえば報告した時、意味がわからない事を言われた気がする。
〇〇はどうしたのかみたいな感じで、理不尽に怒られたような。
でも何を言っていたかは思い出せない。
いつも冷静で表情が変わらないのに、その時は悔しそうに、そして悲しそうにしていた。
確か次に会った時に私がヒマワリのポーチを持っていて、あの子は嬉しそうに笑ってて。
「そもそも私、あの子に自分の誕生日教えたっけ?」
いくつかの空白が確かにあるのに、どうしてか、ほんの少しも思い出せそうになかった。
知ろうとするほどに大事な何かが遠ざかっていく。
そうだ、そもそも彼女の隣が空白で・・・・・・はは、なにそれ。ダメだ頭が回っていない。
どうして今まで気にならなかったのだろう。
次会った時に色々聞こう、そう決めて今日は眠りにつくことにした。
小さい頃から背は高い方で、顔もキツく年齢より上に見られがちだった。
年の離れた親戚従兄弟が多いからか、考え方も行動も年相応じゃないねと言われることも多かった。
いわゆる姉御系で、中学からは周りからクールな姉ギャルだと思われていたらしい。
実際、危なっかしい人の世話をするのが好きだった。
弟妹っぽい人とか不器用そうな人は助けたくなってしまうし、彼氏もドジでおバカで不憫なところが可愛いと思っている。
真っ黒な天然パーマの髪を未だに気にしているのも微笑ましい。
1番好きなところは、優しいところだけど。
大学3年の時に告白されて付き合い始めて7年、来月その彼と結婚する。
・・・それにしても私、本当に何を忘れているんだろう。
ふと、後輩が楽しそうに何かの話をしている場面を思い出す。
彼女が口にしたノイズがかった単語は、言葉にならないまま消えていった。
なんとなくのモヤモヤはずっと晴れないまま、休日に大きな公園のベンチに座ってぼーっと景色を眺めていた。
視界の端に映る、太陽に反射してキラキラと光る小さな金髪。
瞳の色が明るいし、外国人の子供かな、可愛い。
あんなに小さくて短い足でよく歩くなぁなんて思って見ていると、案の定ズベッと転んでしまった。
すぐに大人が駆け寄ってきて子どもを起こすと、その子は大きくて真ん丸な目をきゅっと細めてキャッキャと笑った。
天使が居たらあんな感じなんだろうな。
微笑ましくてしばらく見ていると、私の座るベンチの前までよたよた歩いてきて、またすっ転んだ。
「大丈夫?」
「ん、だじょーぶ!」
ニコっと笑う子どもに安心し、ポンポンと砂を払ってから顔を見ると困ったような表情を浮かべていた。
「どこか痛い?」
「ちわう、いたいのはおねちゃでそ」
「え?」
「おねちゃ、いたいのいたいの、とでけー!」
小さな両手が私の右手を握ると、すりすりと撫でてから体いっぱいに広げてなにかを飛ばした。
もしかして私は変な顔でもしていたのだろうか。
怪我なんて勿論していない、ただ悩んで、モヤモヤしていただけ。
「いたいのとんでった?」
「・・・・・・うん、ありがとう」
優しい子だ。
その子はまたニコっと笑うと、手を振ってから砂場へと走っていって子犬と遊び始めた。
太陽に照らされて、まるでヒマワリみたいな子だな。
そう、金髪なところもドジなところも天使みたいに可愛いところも、優しいところもきっと。
ヒマワリみたいなアイツにそっくりで。
「・・・そんな特徴の知り合いなんていたっけ」
『 』
誰かに呼ばれた気がして弾かれたように顔を上げる。
でも、どこにも私を呼んだであろう人物は見当たらない。
今、どんな言葉が聞こえた気がしたかも分からないのに、胸の奥がじんわりと暖かくなる。
そして少しだけ、ギュッと胸が締めつけられた。
まるで愛しい何かに触れたような。
知らない誰かの笑顔がフラッシュバックした、気がした。
視線を手元に落とす。
鞄に描かれたヒマワリ畑がドロリと溶けて霞んでいく。
そして溶けた思い出は、頬を伝って地面へと消えていった。
視界に突然、真っ白な羽根。
小さな小さな手が1枚の羽根を私に差し出していた。
「おねちゃ、げんきだしてー」
「ありがとう、元気出たよ」
さっきの子は私が羽根を受け取るのを見て、満足げにニンマリと笑った。
白い羽根だなんて、ますます天使みたいだ。
そういえば、ネックレスもヒマワリの傍らに真っ白い羽根があった。
ヒマワリと同じくらいご縁があるのかな。
羽根は家に持ち帰って、きれいに洗ってヒマワリの隣に飾ることにした。
また誰かの声が聞こえた気がした。
私は、ヒマワリみたいな〇〇が好き、だった・・・のかもしれない。
忘却の陽だまり 白野椿己 @Tsubaki_kuran0
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