第56話 幼馴染と同棲16

「ふんふふ~ん」


 さっきまでとは打って変わって、鼻歌を歌い、スキップのような軽やかな足取りの澪ねぇちゃん。拗ねてしまっているよりマシではあるのだが、普段より視線を集めてしまうのが少しネックだ。

 澪ねぇちゃんのような美人がほぼスキップしている状態で歩いていたら、その姿は、まるで、お花畑を舞う妖精のような状態だ。そのせいで、段々と駅に近づいて、人が増えるのに伴って、集める視線も多くなる。それだけ画になるのだから。


(早いところ紅葉たちと合流したいな)

 少し焦りを感じながら、俺は既に待ち合わせ場所にいるであろう友人たちの姿を探す。とにかく今は、ささっと電車に乗って、この場から離れたい。これだけ視線を集めてたら、同じ学校の人の目につくかもしれないし。


「澪ちゃーん! こっちこっちー!」

「あ、若葉ちゃんだ!」


 遠くから知った声が聞こえ、その声の方を向くと、暁がこちらに手を振りながら、澪ねぇちゃんの名前を呼んでいる。暁の隣には少しにやけた表情の紅葉もいる。


「よっ。なんだかすごいことになってんな」

「お前も分かるか?」

「あぁ、そりゃあな。日向先生が視線集めまくってたから、簡単に見つけられたよ」

「そこは澪ねぇちゃんに感謝だな」


 少し駆け足で紅葉たちのもとへ向かい、挨拶もほどほどに紅葉とそんな会話をする。どうやら、紅葉も澪ねぇちゃんが、周りの視線を集めていたことには気づいていたらしく、俺に労いの言葉をかけてくる。


「若葉ちゃん、今日も可愛いねー! ほんと美少女!」

「澪ちゃんもだよ! 美人なお姉さんって憧れる!」


 お互いの手を握って、友達のようにキャッキャと盛り上がる澪ねぇちゃんと暁。そういえば、普段は澪ねぇちゃんを見てるからあまり意識したことなかったけど、暁も負けず劣らず整った顔してるんだよなぁ。澪ねぇちゃんと違って、美人というよりは、美少女って感じだけど。

 それが顕著に表れてるのは、やっぱり二人の服装か。


 澪ねぇちゃんが、パステルグリーンのアンサンブルニットに白のレーススカート、その上から黒のジャケットを肩にかけている。

 それに対し、暁は白のシャツワンピース、グレーのロゴスウェットにスニーカーと、カジュアルなコーデになっている。

 どちらもタイプは違うが、元の容姿と抜群の服装センスで、自分たちの良さを最大限に引き出しているように見える。


「いやはや、可愛い女の子二人がイチャイチャしている様子を間近で見るのは、目の保養になりますなぁ‥‥」

「紅葉、なんかキャラ変わった? まぁ、その意見には同意するけど‥‥」

「たーだーし、その綺麗な雰囲気を邪魔する害虫は、駆除しないとだめだよなー航?」

「うん‥‥ん?」


 急に不穏な雰囲気を纏った紅葉は、スタスタとどこかへ歩いていく。一体どうしたというのだろうか。


「待てよ紅葉!」


 俺も慌てて後を追うが、紅葉はニコニコとした表情を浮かべたまま、雰囲気は変わらない。なんかこの感じ、澪ねぇちゃんが怒ったときに似てるな‥‥。


「はーい、そこのお兄さんたちー? さっき無断で撮った写真、君たちのスマホの中から完全に削除してくれるかな?」


 急に立ち止まった紅葉は、ベンチに座っている大学生くらいの男二人に、謎の口調で詰めよる。


「な、なんだお前急に。別に俺たちは写真なんて撮ってないぞ」

「嘘は感心しないねー。さっきあそこの女の子二人、勝手に撮っただろ? 正直に話してくれたら、写真を削除するだけで許してやるぜ?」


 男の一人が反論するが、紅葉は聞く耳を持たない。どうやら、この二人が澪ねぇちゃんと暁の写真を勝手に撮ったと思っている様子。俺、全然気づかなかったけど、ほんとなのかそれ‥‥?


「あのさ、濡れ衣着せるのやめてくれるか? こいつが言うように、俺たち別に写真なんて撮ってないんだわ」

「そうだそうだ。勝手なこと言ってくんなよ」

「だったらスマホ見せろよ。撮ってないんだったらフォルダくらい見せれるだろ?」


 二人の男が、イライラした様子で立ち上がるが、紅葉は怯むどころか、さらに食ってかかる。


「なんでどこのだれかも知らねー奴に、俺たちのスマホ見せないといけねぇんだよ!」

「お前らが写真撮ってないって言うから、それを確認するために見せろって言ってんだよ。脳みそ詰まってねーのかお前ら」

「てめぇ、舐めた口きくのもいい加減にしろよ!」


 ついに堪忍袋の緒が切れた男の一人が紅葉に殴りかかる。が、紅葉はそれを当たり前のように右手で掴んで止める。


「なっ?!」

「はーい、先に手出しちゃったねー。俺が手出しても文句言うなよー」


 そう言って紅葉は、綺麗な動作で、殴りかかってきた男を背負い投げする。


「がはっ‥‥!」


 投げ飛ばされた男は、そのまま気絶してしまう。まぁ、コンクリートにたたきつけられてるし、そりゃそうか。


「さて、お前はどうする? ここでスマホからお前たちの撮った写真を消すか、俺に投げ飛ばされるか、どっちがいい?」

「す‥‥すいませんでした!」


 そう言って残った男は、紅葉に頭を下げながらスマホを差し出してくる。それを受け取った紅葉は、慣れた手つきで、男のスマホを操作し、フォルダを開く。


「ほらな、やっぱり。見てみろよ航」


 そう言って映し出された写真を俺に見せてくる紅葉。俺がスマホを見ると、そこには澪ねぇちゃんと暁の写真が写っていた。紅葉の言ったことは本当だったのか‥‥。


「ったく、困るんだよなぁこういうことされると。ちゃんとごみ箱からも削除して復元不可能にしておかないとな‥‥っと、こいつのスマホもか」


 そう言って、気絶した男のポケットからもスマホを取り出し、同じ要領で、写真を削除していく。


「二度とこんなことすんじゃねーぞ。最悪警察沙汰だからな」

「はいぃ! すいませんでしたぁ!」


 紅葉がスマホを返すと、男は気絶した人を置いて行って、スタコラと逃げていった。


「お前、危ないだろ」

「だいじょうーぶ。俺、こういう時のためにある程度は闘えるようにしてるからさ」


 俺がため息をつきながらそう言うと、紅葉は冗談めかしてそう返してくる。まぁ、さっきの背負い投げを見たところ、素人とかではなさそうだったが、それでも危ないものに変わりはないからなぁ。


「さぁ、やることはやったし、俺たちの可愛い彼女たちのもとへ帰ろうぜ」

「別に俺は付き合ってはないんだけどな」


 俺の答えに呆れたようなため息をつきながら、澪ねぇちゃんたちのもとへと帰っていく紅葉。


「あ、二人とも! どこ行ってたの! 電車来ちゃうよー」

「わりぃわりぃ。ちょっとごみ掃除してたんだよ」


 あれをごみ掃除って言うのか‥‥いやまぁ、なんとなく間違ってはないかもしれないけどさ。

 なんか、紅葉の新しい一面を知れたって感じだな。

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