第37話 幼馴染と覚悟
「お疲れさまでしたー」
ゴンドラが乗降口まで降りてきたところで、係員さんに扉を開けてもらい、ゴンドラから降りる。頂上で澪ねぇちゃんにキスされてからは、お互いほとんど口を開くことはなく、今も無言が続いている。
「とりあえず、若葉ちゃんたちのこと待とうか」
「あ、うん‥‥」
澪ねぇちゃんに言われ、俺たちは、後からゴンドラへと乗り込んだであろう日暮たちを待とうと、出口の近くに並んで立つ。
『私は航くんの気持ちが知りたいの』
『またいつか、航くんの方から愛の言葉が聞ける日を楽しみに待っているよ』
俺は頭の中で、さっき澪ねぇちゃんに言われたことを思い返す。今までも分かっていたことだが、澪ねぇちゃんはかなり本気で俺とのことを考えてくれている。なんでそこまで本気になってくれるのかはわからないが、大切に思われていることは間違いない。俺が幼い時の小さな口約束も覚えてくれていた。だからこそ、澪ねぇちゃんの気持ちに答えたいとは思う。
(けど、俺と澪ねぇちゃんは先生と生徒だ。本人たちが良くても、周りの人たちがどう思うか‥‥)
全員が日暮たちのように理解を示してくれるとも限らない。少なからず、俺たちの関係を否定する人もいるだろう。澪ねぇちゃんに関しては、職を失う可能性だってある。
(いや‥‥これも、ただ俺が逃げてるだけか)
俺は内心で自嘲する。結局は、俺が「先生と生徒」という関係を免罪符に、澪ねぇちゃんの気持ちから逃げてるだけだ。もちろん、この気持ちも嘘ではないが、そんなことよりも、澪ねぇちゃんが、俺のことを想ってくれていることを嬉しく思う気持ちの方が、断然強い。さっき、澪ねぇちゃんに無理やりキスされた時も、俺はやめることはせず、自分から澪ねぇちゃんの唇を受け入れた。それが、なによりの証拠だ。
(俺の気持ちを知りたい‥‥か。そんなの、とっくに気づいてるくせに)
隣に立つ澪ねぇちゃんの方をチラリとみると、澪ねぇちゃんもこっちを見ていたようで、バチッと目が合う。すると、澪ねぇちゃんはニコッと微笑んでくれる。その笑顔がまた綺麗で、さっきのキスの感覚を思い出し、俺に劣情を抱かせるが、俺はそれをぐっとこらえる。
俺のせいで、澪ねぇちゃんとの関係を引き延ばしにしているというのに、ここで手を出すのは、澪ねぇちゃんにも失礼だ。
「あ、二人ともいた!」
幸か不幸か、観覧車から降りてきた暁たちに声をかけられる。
「わりぃ。二人とも、待たせたな」
「気にしないで大丈夫よ。それよりも、暗くなってきてるし、帰りましょうか」
澪ねぇちゃんが先導して、俺たちは出口へと向かう。来た時と同じように、澪ねぇちゃんと暁が前を歩き、その後ろを俺と日暮が歩く。
「日向先生となんかあったか?」
「え?」
突然日暮にそんなことを聞かれ、俺は思わず身構える。もしかして、さっき、ゴンドラでキスしたことがバレたのだろうか?
「特に理由はないけどよ、日向先生の顔がさっきよりも明るい気がすんだよなぁ。なんというか、プレゼントをもらった子供みたいな感じで」
前を歩く澪ねぇちゃんたちを見ながら、日暮はそう呟く。
ったく‥‥自分のことになると疎いくせに、俺たちのことには嗅覚が働くみたいだ
「さぁな。俺にはよく分からん」
俺はそう言って、適当に誤魔化す。日暮もそれ以上は何も聞いてこず、前で楽しそうに話している暁を眺めている。
「日暮、口元がにやついてるぞ。気持ち悪いからやめとけ」
「うるせ」
そうして、冗談を言いながらも、俺は前を歩く澪ねぇちゃんのことを眺める。
今はまだ、俺の気持ちを伝えるには早すぎる。いつか、俺が教師と生徒という関係の垣根を超えて、澪ねぇちゃんと一緒にいる覚悟が決まった時、その時に俺の気持ちを澪ねぇちゃんに伝えよう。いつまでも澪ねぇちゃんが待ってくれるとは限らないし、なるべく早く。
「お前もにやついてるじゃねーか」
「うるせーよ」
揶揄ってくる日暮の脇腹を肘で小突く。おそらく、これから日暮や暁のことを頼ることが多くなる。
「だから、今日だけはそれで許してやる。次はないからな‥‥紅葉」
~第一章完~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます