第36話 幼馴染と観覧車

「結構暗くなってきたなぁ」


 日暮の言葉につられて空を見上げると、綺麗なオレンジ色に染まり始めていた。スマホの時計を見ると、時刻はもうそろそろ18時になろうかというところ。合流してから、いろいろなところを回ったりしていたから、気づかない間にこんな時間になっていたようだ。


「それじゃあ最後は、定番の観覧車乗ろ!」


 暁の提案に、みんな頷き、全員で観覧車乗り場へと向かう。


 もう夕方だが、観覧車乗り場には列が並んでいる。よく見てみると、そのほとんどがカップルで、どうやら俺たちと同じように、最後に観覧車に乗ろうとしているらしい。

 ‥‥暁と日暮は付き合いだしたからいいとして、俺と澪ねぇちゃんは別にそういう関係ではない。だから、なんとなくここに並ぶのは憚れるのだが‥‥。


「どうかしたの? 航くん。私の顔に何か付いてる?」

「いや、なんでもない」


 ふと隣に立つ澪ねぇちゃんを見ると、それに気づいた澪ねぇちゃんがこちらを向く。周りの人から見て、俺たちの関係はどんな風に映っているのだろうか。幼馴染だったり、担任の先生と生徒という関係もぱっと見ではわからないだろう。やっぱり、カップルに見えたりするのだろうか‥‥。


「次のお客様、どうぞー」

「ほら、先お前たち行って来いよ」


 考え事をしている間に、俺たちの順番が回ってきていたらしく、後ろにいた日暮に促され、俺と澪ねぇちゃんは、ゴンドラへと乗り込む。当然のように、二つに分かれるんだな‥‥まぁ、わかってたことだけど。


「いってらっしゃいませー」


 係員さんに扉を閉められ、ゴンドラはゆっくりと上昇を始める。


「あっという間の一日だったねぇ」


 しばらくの沈黙の後、澪ねぇちゃんが、ゴンドラの窓から外を眺めながら、ぼそっと呟く。


「そうだね。いつもより一日が早く感じたよ」

「航くんは、今日は楽しかった?」

「うん。澪ねぇちゃんは?」

「私も楽しかったよ」

「そっか」


 そうして再び沈黙が訪れる。澪ねぇちゃんは相変わらず窓の外を眺めていて、差し込む夕日が、澪ねぇちゃんの横顔を照らしている。


「久しぶりにこういうところに来たから、柄にもなくはしゃいじゃったなぁ」


 しみじみとした様子でそう呟く澪ねぇちゃん。逆光になっているせいで、澪ねぇちゃんの表情は読み取れないが、どことなく寂しさを帯びているような気がする。


「澪ねぇちゃんは、いつも子供みたいにはしゃいでるよ」

「むぅ。そんなことないもん。ちゃんと大人らしくしてるもん」


 暗くなってしまった雰囲気を晴らそうと、俺はわざと冗談で返す。すると澪ねぇちゃんは、こちらに顔を向け、わざとらしく頬を膨らませてみせる。そういうところが子供っぽいんだよなぁ。


「――――でもほんと、今日はみんなと一緒に来れてよかったなぁ」


 膨らませていた頬を元に戻し、椅子に背中を預けてぐでーっとだらける澪ねぇちゃん。


「満足そうで何よりだよ」

「んー、それはそうなんだけど、私的にはちょっと物足りないかなぁ」


 澪ねぇちゃんの言葉に、俺は首を傾げる。かなり楽しんでいたように見えたが、一体何が物足りないというのだろうか。


「ねぇ航くん。本当に私と一緒になる気はないの? 結婚とまではいかなくても、付き合ったりとかも」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


 澪ねぇちゃんが、上体を起こして、俺に迫ってくる。山藍摺色の綺麗な瞳が目の前にある。差していた夕日も、気づけば沈んでいて、逆光が差さなくなっている。そのせいで、澪ねぇちゃんの表情がはっきりとわかる。澪ねぇちゃんは、いつになく真面目な表情をしていた。


「何度も言ってるけど、俺と澪ねぇちゃんは教師と生徒だから―――」

「じゃあそれがなかったら? 関係がどうとかじゃなくて、私は航くんの気持ちが知りたいの」


 俺の声に被せるようにして、澪ねぇちゃんは迫ってくる。適当な誤魔化しで許される雰囲気ではない。


「‥‥澪ねぇちゃんは綺麗だし、可愛いし、確かに付き合ったりしたら、絶対楽しいのは想像できる。俺が昔言った結婚のことも、覚えてくれていたのは純粋に嬉しかったよ。でm―――んっ?!」


 俺が言い終わらないうちに、唇に柔らかい感触が押し付けられる。一瞬、何が起こったのかわからなかったが、目と鼻の先にある澪ねぇちゃんの綺麗な肌を見て、俺はキスされていることに気付く。


(なん‥‥‥‥で‥‥‥‥)


 頭の中が真っ白になっていく感覚がする。ただただ、驚きと困惑と、そしてとで、何も考えられなくなっていく。


「んっ‥‥ぷはぁ‥‥。うん、今日はこれで満足」


 どれくらい経っただろうか。一瞬にも感じられたし、1分くらい続いていたような気もする、キスの時間は、澪ねぇちゃんが唇を離したことで終わりを告げる。


「またいつか、航くんの方から愛の言葉が聞ける日を楽しみに待っているよ」


 そう言って笑う澪ねぇちゃんの顔は、今までのどの笑顔よりも輝いて見えた。

 なぜだろうか。もう、夕日は差し込んでいないというのに‥‥。

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