第35話 幼馴染とコーヒーカップ

「さてと、お腹もいっぱいになったし、次はどうしようか」


 満足げな顔を浮かべる澪ねぇちゃんは、もう既に、ご飯からアトラクションへと気持ちが切り替わっている様子。なんというか、切り替えの速度が速すぎないかな?


「えっと、今ご飯食べたばっかりだし、ジェットコースターみたいな激しい奴じゃなくて、ちょっとゆったりしたものの方がいいんじゃないかな?」


 澪ねぇちゃんの切り替えに戸惑いつつも、俺はそういった提案をしてみる。と言っても、ゆったりとしたアトラクションって何があるかな‥‥。


「確かにそうだね。うーん、どんなのがいいかな‥‥あ、あれとかどう?」


 少し考え込む素振そぶりを見せた後、澪ねぇちゃんが指をさしたのはコーヒーカップだ。


 コーヒーカップとは、その名の通り、コーヒーカップ状の乗り物に乗り、音楽に合わせて乗り物が回転するというもの。確かに、そんなに動きの激しい乗り物でもないし、丁度いいかもしれない。


「わかった。じゃああれにしよう」


 ただまぁ、この乗り物に対して、1つだけ懸念点をあげるとすれば――――


「もっともっと回してー!」


 ――乗り物の中心にあるハンドルを回すことで、コーヒーカップの回る速度がとんでもなく速くなることだ。さっきまでの「ゆったりとした」という考えはどこへやら、澪ねぇちゃんは、子どもみたいに無邪気な顔をして、ハンドルを回し続けている。俺も無理やり手伝わされているが、ほとんど澪ねぇちゃんが一人でやっている。なのに、ほかの人たちに比べて圧倒的に回るスピードが速い‥‥気がする。どんどんカップが回転するから、周りのことなんて全然わからない。なんとなく、そんな気がするってだけだ。


「ううぅ、目が回る‥‥」

「そりゃ、あれだけ回してたらそうなるよ」


 コーヒーカップが終わった後、澪ねぇちゃんは千鳥足で歩いていた。どうやらさっきので目が回り、まともに歩けないらしい。時間が経てば治まるだろうけど、いったん休憩を挟むことにする。カップのハンドルを回せばこうなることは分かってただろうに‥‥この人、見た目だけ大人で、心は高校生くらいのままだな。


「おーい! 澪ちゃん! 妖崎くん!」


 近くのベンチに腰掛けて休んでいると、後ろから聞きなじみのある声が聞こえてくる。


「よっ。さっきは悪かったな」

「日暮たちか。よくここがわかったな」


 振り返ると、案の定、日暮と暁の二人が並んで立っていて、俺は今いる場所を教えたわけでもないのに、二人と合流したことに驚く。


「たまたま通りがかっただけだよ。さっきコーヒーカップに乗ってたでしょ? その時に近くを通って、妖崎くんたちのこと見つけたんだ」

「なるほどな。それにしても、よく俺たちだってわかったな」

「そりゃ、1つだけあり得ないくらいの速度で回ってたからな。誰だろって思ってみてみたら、これまたびっくり。よく知った顔だったぜ」


 どうやら、俺の懸念は外れていなかったらしく、周りから見ても俺たちのカップの回る速度は、速かったようだ。


「澪ちゃん。自分で回したのに自分で目回してるじゃん! かわいい~」

「日向先生、実は俺たちと同い年くらいなんじゃ‥‥」


 目を回してダウンしている澪ねぇちゃんを見て、暁は大爆笑、日暮は神妙な顔つきでそんなことを言っている。やめとけ日暮。それ以上言ってはいけない。


「あぁ‥‥若葉ちゃんに日暮くんかなぁ‥‥? 今、ちょーっとだけ目が回ってるから、すこーし待ってくれるかなぁ?」

「澪ねぇちゃん。ちょっとじゃなくて、がっつり目回してるでしょ。今さら強がらないで」


 なんとか見栄を張ろうとする澪ねぇちゃんにツッコみを入れておく。そんな様子を見て、日暮と暁は苦笑を浮かべる。これはもう、担任の先生としての威厳はなくなっちゃったかな‥‥。

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