第25話 幼馴染とハプニング

「ふぅー、満足満足」

「それはよかった」


 俺の服の買い物を済ませ、お店を後にする。外はもうすっかり暗くなっており、チラリと時計を見やれば、既に18時を越え、短針が6を指そうとしている。春になったとはいえ、日没の時間はまだまだ早いような気がする。


「そろそろ帰ろうか~。雫さんにも申し訳ないし」

「あー‥‥それもそう‥‥だね‥‥」


 俺は、ちょっとしたことを思いだし、冷や汗を浮かべる。

 朝、家を出るときに母親に「別に今日は帰ってこなくてもいいからね」と、ニコニコしながら言われたのだが、そんなことにならなくて助かった。いやまぁ、澪ねぇちゃんに同じことを言われたところで、全力で拒否するのだが。


「どうしたの? なんか歯切れ悪くない? もしかして、デートが終わっちゃうのが寂しい?」

「別にそんなのじゃない。というかデートじゃないでしょ」

「いーや、男女が二人で休日におでかけなんてデートに決まってるね」


 揶揄ってくる澪ねぇちゃんを適当にあしらいつつ、俺たちは駅へと歩みを進める。休日の夕方だから、会社員などの姿はほとんどないが、学生や家族連れが多いため、駅に近づくにつれて、人の数がどんどんと増えていく。


「あちゃ、そういえばこの時間は人が多くなっちゃうんだった。これ、電車に乗れても席に座ることはできなさそうだね」

「まぁ仕方のないことだしいいんじゃないかな。俺もそこまでは気にしないよ」


 行きと同じで1時間程度かかるが、その間に席が空いたりするかもしれないし、もし1時間立ちっぱなしになっても、そこまで苦痛にはならない。


「もうすぐ電車来るみたいだし、ちょっと急ごっか」

「わかった」


 そう言って俺と澪ねぇちゃんは少し駆け足で駅へと向かう。そして、少し込み合っている人ごみの中を縫うようにして、改札を通る。


「うげー、やっぱり人がいっぱいいるねー」

「そうだね。この感じだと、椅子には座れなさそうだね」


 ホームへと昇ってくると、俺たちと同じように電車を待っている人の姿がたくさん見える。それを見た澪ねぇちゃんは露骨に嫌そうにしているが、こればっかりは仕方のないことだろう。澪ねぇちゃんもそれを分かっているみたいで、大人しく列に並んでいる。



「満員とまではいかないけど、やっぱり電車の中はきついね」


 ホームに来た電車に乗り込んだ俺たちは、案の定、吊革につかまらざるを得ない状況になっていた。電車の中はそこそこ人がおり、満員電車とまではいかなくても、身動きが取りづらいことには変わりなかった。


「澪ねぇちゃん、先に謝っとく。もし急ブレーキとかで体勢崩したりしたらごめんね」

「へーきへーき。そんなこといちいち気にしなくていいよ」


 俺は、目の前の澪ねぇちゃんにそう告げる。今、俺たちは澪ねぇちゃんが出入り口付近に立ち、そのすぐ近くに俺が立っている状態だ。そのせいで、もし俺が体勢を崩してしまったら、澪ねぇちゃんに覆いかぶさることになってしまうかもしれない。そうならないように極力気を付けるつもりだが、万が一のために、澪ねぇちゃんには先に謝っておくことにした。


「急ブレーキなんてめったにないから、そんなに気にしなくていいよ」

(あ、やばい‥‥!)


 澪ねぇちゃんがそう言ったタイミングで、俺は後ろから別の乗客にぶつかられる。そのせいで、思わずバランスを崩してしまい、前側に倒れこみそうになる。


(どこか‥‥手を‥‥!)


 俺は倒れないように咄嗟に手を伸ばす。


「ふぇっ?!」

「あ、やべ! ごめん!」


 俺は倒れないようにとついた手をすぐさま離す。


「ばか‥‥航くんのえっち‥‥」


 上目遣いでそう言ってくる澪ねぇちゃんに俺は、微かな罪悪感と、多大な幸福感を感じていた。


 一瞬だったが、間違いなく言えるのは、とても柔らかかったということだ。

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