第9話 幼馴染と登校

 入学式の翌日、朗らかに晴れ渡る空と燦々と輝く太陽が俺を爽やかな気分にさせてくれる‥‥はずだった。


「澪ねぇちゃん、なんでいるの?」

「やっほー航くん。いやー偶然ってあるものだねぇ」

「偶然なわけないよね?」


 俺が家を出て歩き出すや否や、確実に出待ちしていたであろう澪ねぇちゃんを発見する。本人は偶然を装っているが、澪ねぇちゃんは壁に寄りかかってスマホを眺めていたし、何より澪ねぇちゃんの家は俺の家と最寄り駅の間にある。だから、こっち側に来ることはまずありえないのだ。


「いーじゃんかよ。美人な幼馴染が一緒に学校に行こうって言ってるんだよ?萌えないわけないよね?」

「燃えるよ。主に澪ねぇちゃんが」


 澪ねぇちゃんには危機感というものが存在しないのだろうか。教師と生徒が一緒に登校することなんてまずない。それに見つかったら一発でアウトだ。何を言われるかわからない。俺は、ただ好奇の目に晒されるだけかもしれないが、澪ねぇちゃんは別だ。最悪の場合職を失うこともあるだろう。


「ちぇー。航くんけち!一緒に登校くらいしてくれてもいいじゃん!」

「何を言おうがダメなものはダメです」

「むぅー。じゃあ一緒に電車乗るだけ!それだけならいいでしょ!」

「あー、もうわかったよ。電車だけね」


 何を言っても退いてくれそうにないので、俺は渋々了解する。


 いや、上っ面はそう見せているだけで、いろいろなリスクがある中、澪ねぇちゃんのお願いを承諾してしまうのは、澪ねぇちゃんが幼馴染だからだろう。それに、まだ社会人1年目の澪ねぇちゃんは、まだまだ幼く見える。それゆえに、多少甘やかしてしまうのだ。


「ほらほら。そうと決まれば早く駅に行くよ!電車に乗り遅れちゃうよ! あ、それはそれでありかも?二人でサボっちゃう?」

「サボらないから。早く行くよ」


 いたずらっぽく微笑みながら俺に問いかけてくる澪ねぇちゃんは、明るい太陽に照らされ、余計に輝いて見えた。


「ねぇ駅に着くの早くない?私たち、さっき電車に乗ったばかりだよね? なのに、もう学校の最寄り駅に着こうとしてるんだけど!? もしかして時間が早く進んでる?!」

「澪ねぇちゃん落ち着いて。既に電車に乗ってから30分は経ってるし、何もおかしくないよ。昨日と同じだ」


 隣に座る澪ねぇちゃんが、ひそひそと俺に耳打ちをしてくる。どうやらもう学校の最寄り駅に着くという事実を受け入れたくないようだ。そう言われも、俺からしてみれば受け入れてもらうしかないのだが‥‥。


「ほら着いたよ。早く降りよう。ほかの人の迷惑になっちゃう」

「うぅぅ、神様~。今だけ時間を止めてください~!」


 わけのわからないお願いをしている澪ねぇちゃんを連れて、俺は乗降口へと向かう。全く、本当に教師なのかわからなくなってきたよ。これじゃあ、ただの我儘な子供だ。


「約束通り、ここからは別々で学校に向かおう。誰かに見られても困るし」

「う~、わかったよ‥‥けど、また一緒に登校してね」

「考えとくよ」


 澪ねぇちゃんの言葉に、俺は曖昧な返事をする。けど、内心ではもう答えなんて決まっていた。


「うん!楽しみにしてるから!それじゃあね!」


 澪ねぇちゃんにもそれが分かったのか、さっきまでとは打って変わって笑顔で手を振りながら離れていく。


「勝てないなぁ‥‥」


 俺は澪ねぇちゃんを見送りながら、ボソッと呟いた。

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