第8話 幼馴染と帰り道

「海月さん、私そろそろお暇しますね。今日は色々、ありがとうございました」

「あら、もう行っちゃうの? もう少しゆっくりしていけばいいのに」


澪ねぇちゃんが荷物をまとめ、立ち上がろうとするのを母さんが引き留めようとする。


「そう言って頂けるのは嬉しいんですが、これからやらないといけない仕事もあるので」

「うーん、お仕事なら仕方ないわねぇ…あ、そういえば澪ちゃんはどこに住んでるの?」


母さんが思い出したように澪ねぇちゃんに聞く。同じ電車に乗っていたってことは、多分近くには住んでる気がする。


「ここからかなり近い場所ですよ。歩いて数分で着くアパートです。今は一人暮らしなので」

「ここから近いアパートってことは……あぁ、あの辺かしらね。すごく近いじゃない!」


澪ねぇちゃんの話を聞いて、母さんが1人で盛り上がっている。この辺の近くのアパートと言えば、1つしかないので、俺もなんとなく想像がつく。


「航、澪ちゃんのことを家まで送ってあげてなさい。昼間だから大丈夫だとは思うけど、万が一ってこともあるかもしれないからね」

「えぇ……」

「航くん、お願い♪」

あぁ……これは逃げらないやつだな……。


「ねぇ、なんで送らないといけないの」

「航くんは、美人で巨乳な幼馴染が悪い人に捕まっちゃってもいいの?」

「………」


自分で美人とか言われるのは心底腹立つけど、実際その通りで何も言い返せないのだから、また腹が立つ。


「まあまあ、航くんは美人の幼馴染のことを守ることが出来るし、私の家も知ることが出来るしで一石二鳥でしょ?」

「それが本当に俺の得になることならね」


澪ねぇちゃんのふざけた言い草に、俺は少し鋭い言葉を返す。実際、俺が澪ねぇちゃんの家を知ったりすることに、何かしらの得があるのだろうか。


「得しかないじゃん!美人な幼馴染の家に侵入して、帰ってきたところをガバって襲うことが出来ちゃうんだよ?!」


うん、それは俺が得するんじゃなくて、澪ねぇちゃんの欲望なんじゃないかな。すごく目がキラキラしてるよ。そんな目で熱弁されても、澪ねぇちゃんの家に侵入したりなんてしないからね?


「……でもこうやって並んで歩くの、結構楽しくない? ほら、高校生カップルの放課後デートみたいな感じで!」

「デッ……?! 何言ってるの澪ねぇちゃん!」

「あ〜! 航くん、顔真っ赤にしちゃって。可愛い〜!」


照れてるんだぁと言いながら頬をつついてくる澪ねぇちゃんの手を払いつつ、俺は不満を顔で表す。けど、それも逆効果なようで、「怒ってる航くんも可愛い〜!」と言いながらケラケラ笑っている。


澪ねぇちゃんのその様子を見て、俺は諦めてため息をく。男子高校生に可愛い要素なんてあるわけないのだが、女の人の言う『可愛い』はよく分からない。


「あ、もう家の前だからここまででいいよ。わざわざありがとうね」

澪ねぇちゃんが足を止め、俺に向かってそう言う。気がつけば、澪ねぇちゃんの住むアパートに着いていたようだ。


「いいよ別に。元はと言えば母さんに頼まれたことだし。澪ねぇちゃんは気にしないで」

「優しいね。そういう所大好きだよ」

「はいはい。そういうのいいから」


澪ねぇちゃんの投げキッスを適当にあしらうと、澪ねぇちゃんは、つれないなぁと嘆きながらアパートの方へ歩いていく。


俺はその背中を見送りながらも、高鳴っている自分の心臓を落ち着かせることに必死だった。

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