第5話 幼馴染と家庭訪問(?)

「懐かしいなぁこの感じ」

 俺の家の前へとやってきた澪ねぇちゃんは、過去の思い出に耽るように、そう呟いている。その横で、俺はげんなりとしていた。

 というのも、ここに来るまでの間、澪ねぇちゃんのスキンシップが激しく、しきりに手を繋いだり、腕を組もうとしてきた。澪ねぇちゃん曰く、「幼馴染なんだからいいじゃない」とのことらしいが、頼むからもっと自分の立場をわきまえてくれ‥‥。


 あと、なぜ澪ねぇちゃんと呼んでいるのかについてだが、澪ねぇちゃんが「昔のように呼びなさい!担任命令!!」と理不尽すぎることを言ってきたので、「学校外だけなら」という条件のもと、昔のように澪ねぇちゃんと呼んでいる。


「さっそくお邪魔しちゃっていいかな?」

「どうぞ」

 子どものように目をキラキラさせた澪ねぇちゃんは、俺が言うが早いか、遠慮なしにドアを開けて家へと入っていく。


「お邪魔しまーす!」

「お帰りなさ‥‥って澪ちゃん!?久しぶりね~」

 家にいた俺の母さんは、澪ねぇちゃんの姿を見た瞬間、目を丸くして驚いている。そういえば、今日は入学式で、俺の母さんも来てたんだから、そりゃ家にいるよな。先に一言言っておくべきだったか。


海月みづきさん、お久しぶりです。航くんと偶然お会いしたので、どうせならとご挨拶に来ちゃいました」

「あら、そうなの~?でも、澪ちゃん、かなり遠くにひっこしてたわよね?いつの間にこっちに戻ってきたの?」

「あぁ、それなんだけど。実は――――」

 そんな話は聞いてないのだけど‥‥と考え込む母さんに俺は、今日あったできごとを、母さんに説明する。ちなみに、海月というのは、俺の母さんの名前だ。


「――――というわけで、俺の担任の先生が澪ねぇちゃんになったんだ」

「あらあら、そうなのね~。こんな偶然あるのかしら~。もしかして運命だったりしちゃう?」

「母さん‥‥」

 女子高生のような盛り上がり方をする母さんに、俺はジト目を向ける。普通に考えたら、40代後半の母親が、女子高生みたいなノリで話していたところで、見るに堪えないだけなのだが、年齢を感じさせないくらい若く見えるので、少しくらいなら大目に見れてしまう。

 それでも、意味の分からないことを言っていることに、変わりはないのだが。


「あ、もしかして澪ちゃんが来たのって、結婚の挨拶だったりするのかしら?それなら全然ウェルカムよ~」

「母さん!!」

「海月さん‥‥実はそうなんですよ。私と航くんの再会って、やっぱり運命的な何かだと思うんですよね。なのでもう、運命にしたがって結婚しちゃおうと思ってるんです!」

「澪ねぇちゃん?!」


 母さんだけじゃなくて、澪ねぇちゃんまで変なことを言い出す。教師と生徒が結婚とか、冗談じゃない。そんなことしたら、俺も澪ねぇちゃんもお先真っ暗になってしまう。


「母さんも澪ねぇちゃんも変なこと言わないでくれ。それに、澪ねぇちゃん、美人だし、彼氏の一人や二人いるんじゃないの」

 俺がそう言うと、何故か澪ねぇちゃんは、頬を膨らませる。

「彼氏なんていませーん。作ったこともありませーん」

「え、そうなの?!」


 今、彼氏がいないだけでも驚きだが、いたことがないというのは、もっと驚きだ。朝の電車内や、クラスの雰囲気でわかる通り、澪ねぇちゃんはかなりの美人だ。そうなれば、引く手あまたのはずなのに。


「あー!その反応、絶対私との約束覚えてないんだぁ!」

「や、やくそく?」

 俺の反応を見て、余計に頬をふくらませる澪ねぇちゃん。なんだろう、口いっぱいに食べ物を含んだリスみたいだ。


「ふーんだ!どうせ航くんにとっては、簡単に忘れちゃうような、どうでもいい約束だったんだ。もう知らないもんねー!」

「えぇ‥‥」

 そんなに大事な約束だったなら、忘れることはないと思うんだけど‥‥

 どれだけ頭を悩ませても、俺の頭には澪ねぇちゃんの言う『約束』が思い出せない。


「航、あなた本当に覚えてないの?澪ちゃんが引っ越す時にあなたから言い出した約束よ?」


 ん?澪ねぇちゃんが引っ越す時‥‥?


 母さんのその言葉に俺は、1つだけ心当たりがあった。けどあれは、俺自身も子どもの戯言ざれごとだと思って今まで気にしてこなかったんだけど‥‥。


「もしかして‥‥『つぎにあったときは、けっこんしよう!』って言ったやつ‥‥?」

「そう!それだよ!私、その言葉を信じて、ずっっっっと彼氏も作らず、また会う時を待ってたんだよ!!なのに‥‥なのに航くんは、そんな大事なことも忘れちゃってたんだ~!!」

 そう言ってうっうっと泣き出す澪ねぇちゃんを、母さんがヨシヨシって言いながら撫で始める。


 ‥‥ああいうのって、普通は言われた側が子どもの戯言だと思って、気にしないものじゃないの‥‥?

 それを信じて、今まで彼氏を一人も作ってこなかったって‥‥澪ねぇちゃんって、もしかしてめちゃくちゃピュアなのかな。


「別に忘れてたとかじゃなくて‥‥子どもの戯言だし、澪ねぇちゃんも忘れてるだろうなって、全然気にしてなかったんだけど」

「航くんは‥‥私のこと嫌い‥‥?」

「いや‥‥別に嫌いではないけどさ」


 俺が視線を逸らしながらそう言うと、澪ねぇちゃんは、さっきまで泣いてたのがウソのように素早い仕草で俺に近づき、両膝を立てて、俺の手を握り、俺のことを見上げてくる。


「じゃあ結婚しよう!今すぐ!」

「なんでだよ!」

 澪ねぇちゃんのプロポーズ(?)に俺は、思わず大きな声でツッコむ。


 てか、澪ねぇちゃん、全然瞳が潤んでないな‥‥ウソ泣きだったのかよ。


 俺が澪ねぇちゃんのプロポーズ(?)を断ると、澪ねぇちゃんはまたうっうっと言って泣き出すし、母さんはその様子を見て、クスクスと笑っている。


(あー、もう。なにこのカオス‥‥)

 俺はこれからの高校生活に不安しか感じなくなっていた。





 あ、あと澪ねぇちゃん。今度はウソ泣きなのバレてるからね。さっきからこっちをチラチラ見てくるのやめなさい。

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