第4話 いたずらっ子な幼馴染

「久しぶりに会った幼馴染に対して、そんな冷たい態度取らなくてもいいじゃない?」

 日向先生の言葉に、俺は恐る恐る聞き返す。

「気づいてたんですか?」

「当たり前じゃん。妖崎なんて珍しい苗字、なかなかいないわよ」

 呆れたようにそう呟く日向先生。気づけば、日向先生の口調は少し崩れていた。


「じゃあもしかして、俺を学級委員に指名したのも?」

「そ。航くんがなんの委員会にも所属してないことに気が付いたからね。ラッキーと思って指名しちゃった」

 やっぱり。あの時のいたずらっぽい笑みはそういうことだったんだろうな。


「はぁ‥‥わかりました。指名された以上、学級委員としての仕事はちゃんとします。けど」

「けど?」

 俺の言葉に首をかしげる日向先生。

「学校で航くん呼びはやめてください。ほかの生徒に聞かれたらどうするんですか」

 俺がそう言うと、日向先生はポカンとする。「なにがいけないの?」とでも言いたげだ。

‥‥この人、絶対自分の立場を理解してないな。


「僕たちは教師と生徒です。それなのにあらぬ噂でも立ったらどうするんですか」

 続けざまにそう言うと、日向先生は微かに不満を示す。

「え~、別にいいじゃんかよ~。幼馴染なんだしさぁ」

「よくないです。日向先生、年齢的にまだ教師1年目ですよね。最悪の場合、職を失いますよ」

 丁寧かつ強い口調でそう言うと、日向先生は今度はあからさまに不満を示してきた。


「大丈夫。ちゃんとばれないようにはするし。あ、それと」

 日向先生は、何かを思いついたように声をあげる。


「昔みたいに『澪ねぇちゃん』って呼んでもいいんだよ?」

「なっ‥‥!」

 日向先生のとんでもない発言に、俺は自分でも顔が熱を帯びてくるのが分かる。


「アハハ、顔真っ赤にしちゃって。可愛いなぁもう」

 全然変わってないねーとか言いながら、日向先生は俺の頭を撫でてくる。

「やめてください。あと、変わってないのは澪ねぇty‥‥じゃなくて日向先生も一緒です」

 その手を払いつつ、俺はそう言い返す。一瞬、口を滑らせた気もするが、気にしないことにする。


「全然そんなことないよ。私、めっちゃ変わったから!例えばほら!」

 日向先生がそう言った瞬間、突然頭を抱き寄せられる‥‥と同時に顔全体にムギュっと柔らかいものを押し付けられたような感触がする。


「私、めっちゃ胸大きくなったんだよね!」

(ちょ、まっ‥‥息が‥‥!)

 日向先生の言葉が耳に入らないくらい、俺は今の状況に焦っていた。


 日向先生の胸に正面から抱き寄せられているため、顔全体で、日向先生のたわわな胸の感触を堪能できる‥‥‥‥じゃなくて、顔全体が日向先生の大きな胸に包まれている。そのせいで、鼻も口も塞がれているため息ができない。いや、正確には、多少息はできるが、空気を吸うときに、一緒に日向先生の匂いも嗅いでしまうし、無理に息をしようとすると

「んっ、はぁ‥‥航くん、くすぐったいよぉ」

 と、こんな感じで吐息交じりの甘い声を出してくる。


 このせいで、実際には何も悪いことはしていないのに、なんだかイケナイことをしてしまっている気分になるので、俺は満足に息ができない状況に陥っていた。


「どうどう?幼馴染の胸の感触は?私、Fはあるんだよねぇ」

 呑気にそんなことを言いながら、日向先生は抱擁を続けてくる。俺は日向先生の肩であろう部分を叩きながら、必死に抵抗する。


「そんなに肩ばっかり叩いてどうしたの?凝ってないか確かめてるの?」

「ふぃがう!いふぃふぁでふぃない!!(違う!息ができない!)」

 全然やめてくれる気配がないので、ついに声を出してしまう。


「ん?あぁ、ごめんごめん。苦しかったか」

 俺の言葉が通じたのか、手を解き、やっと抱擁から解放してくれた日向先生。


「っぶはぁ。死ぬかと思った‥‥」

「ごめんごめん、ちょっと夢中になっちゃった」

 舌を出し、コテッっと首をかしげ、苦笑を浮かべる日向先生。とても人を殺めそうになった人とは思えないくらいあざとい仕草だ。


「というか、なんで急にこんなことしたんですか。別に口で言うだけでよかったじゃないですか」

「あ、えっとそれは‥‥その」

 俺が聞いたとたん、何故か顔を赤らめてモジモジしだす日向先生。どうしたんだろうか。


「日向先生?」

「いや、そのやっぱり顔を見ながらは恥ずかしいし‥‥」

 く、顔を赤らめながらボソッと呟くその仕草に、不覚にも可愛いと思ってしまった。20代の社会人がそんなことをしたところで、イタイだけなはずなのに、それでもかわいく見えてしまうのは、小さい頃の幼馴染の面影が残っているからだろうか。


「だったらそんなこと最初から言わなければいいのに‥‥」

「だってしょうがないじゃんかよぉ。朝、電車で見かけたときもわざわざ隣に座って、ずっと航くんのこと見てたのに、全然気づいてくれないし‥‥」

「え、あれ澪ねぇちゃんだったの?!」

 あ、やべ‥‥

 俺がそう思った時には既に遅かった。


「あー!今澪ねぇちゃんって言ったー!!」

「いや、今のは昔の癖で‥‥」

 俺が弁明しようとしても、今の日向先生には何も耳に入ってこないらしく、鼻歌を歌い、スキッブしながらその場をクルクル回っている。とても楽しそうだ。


 というか、今朝隣に座っていた人が日向先生だなんて全然思いもしなかった。確かに、わざわざ隣に座らなくても席は空いていたし、視線もずっと感じていたけど、それが日向先生だなんて想像もしていなかった。


(はぁ‥‥今のうちに帰るか‥‥)

 いろいろあり過ぎて疲れた俺は、日向先生がクルクルしている間に足早にその場を去ろうとする。

「あ、航くんストップ」

 が、あっさりと日向先生に見つかり、待ったをかけられる。


「まだ何か用なの?」

「今から航くんの家に行っていい?久しぶりにおばさんたちにも会いたいし」

「は?」


 どうやら、俺の波乱の一日はまだまだ終わりそうにないらしい。

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