第2話・死して異世界転生希望者の屍拾う者なし

 ◇◇◇◇◇◇


 駅を出たオレは、意駅前通りを歩いていた。

「イテテテッ、ひどい目にあった、あいつら異世界転生希望者をなんだと思っているんだ……こうなったら、普通に高い建物の屋上から、飛び降りて異世界転生するか」


 オレが見上げた先には、手頃な高さのビルがあった。

「よし、この一階が店舗テナントの、住宅ビルの屋上から飛び降りよう」

 オレはエレベーター を使って、建物の屋上に出た。

「見晴らしいいビルだな、柵があるけれどサクッと乗り越えれば」

 オレは、屋上にある柵に手をかける。その瞬間、体にビリッと電流が流れた。

「危ねぇ電柵じゃねぇか、カラスとかハトの防鳥で電気流れているのか?」


 オレから離れた背後から、中年男性の声が聞こえてきた。

「いいや、あんたみたいな異世界転生希望で飛び降りる、ヤツを防ぐためだよ」

 屋上に繋がるエレベーター横にある、階段の扉が開いていて。

 ボストンバックを持った中年男性が立っていた。

 中年男性がオレに言った。

「わたしは、このビルのオーナーなんだがね……困るんだよね、このビルから飛び降りて異世界転生すると。ただでさえ、ここは転落異世界転生の聖地化しているから。だから、あなたみたいな人間のクズには……この鉄球が入ったバックで頭をかち割って」


 ビルのオーナーを名乗る中年男性は、いきなりボストンバックを振り回して、オレを襲ってきた。

 間一髪、鉄球が入ったボストンバックを避けるオレ。

 ビルのオーナーがオレに問う。

「なぜ避けた? 屋上から転落して、頭がスイカみたいに割れるのも……鉄球で頭蓋骨を陥没させて脳漿のうしょうをぶちまけるのも同じだろう?」

「ぜんぜん違う」


 舌打ちをするビルのオーナーおっさん。

「チッ、異世界転生希望者というのは往生際が悪い……自分が亡くなった後の葬儀で身内が悲しむとか、親しい知人や親友が涙するとか考えないのか。あっ、異世界転生希望者に親友なんていないか……わたしにはね、一人娘がいたんだよ」


 いきなり、おっさんの身の上話しがはじまった。

「娘は陰キャラでね、いつも表情で暗かった……ある日、このビルの前の道を歩いていたら、屋上から異世界転生希望者が娘の上に落ちてきた……巻き添い異世界転生だ」

「陰キャラ娘も死んで異世界に転生できて良かったじゃないか……オレだったら、人の葬儀に立ち会ったら『故人は異世界に転生できて良かったな』そう言ってやるけれどな」

 おっさんの振り回す、鉄球バックがオレの体をかすめる。

 おっさんの、つまらない話しは続いた。


「娘を失った親の気持ちもわからない、異世界転生希望者め……娘はなぁ、異世界に転生して陽キャラに変貌しちまったんだよ、さらに一緒に転生した男と結婚して、時間の流れが違う異世界で牧場スローライフで、娘が生まれたと異世界から手紙が届いた」

「いいこと、ばかりじゃないか」 

「ふざけるな! あの陰キャラの表情が良かったんだよ、オレの陰キャラ愛娘を返せ!」

「うわーっ、このおっさん、完全にイッちまっている! 目が危ねぇ」

 メチャクチャに鉄球入リのバックを振り回す、イカれたおっさんのいる屋上からオレは逃げ出した。

 

  ◇◇◇◇◇◇


 建物を出て、公園まで歩いてきたオレはタメ息を漏らす。

「異世界転生ってのも、なかなか難しいもんだな」

 そんな呟きをしていたオレに、話しかけてきた人物がいた。

「きゃはははっ、そうだな異世界転生は甘くないよな」

 見るとベンチに、トラ柄の迷彩戦闘服を着て、頭に角を生やして金棒を持ったコスプレ女がいた。

 鬼のコスプレ女が言った。

「今、アタイのコトを鬼娘のコスプレしている、変な女だと思っただろう。アタイは神仏から派遣された転生の鬼女神だ」

「転生の鬼女神? 神仏から派遣?」


 ベンチから立ち上がった鬼女神は、金棒を担いでオレに近づいてきて言った。

「困るんだよなぁ、おまえみたいな思いつきだけで異世界転生しようとするヤツ……仏界の方で決められた、まだ輪廻転生回数が残っているうちに。異世界転生なんてされると……仏さまは、温和な方だけど。内心は微笑みながら怒っているぞ」


 ドンッと、地面に金棒の先を打ちつけて鬼女神が言った。

「仏さまは笑顔で『そんなに異世界転生がしたいのなら、自業苦じごくに堕として気が遠くなるほどの時間の責め苦を味あわせて差し上げましょう……自業苦も異世界ですから……おほほほほっ』と言って。神さまが『いやいや、ファンタジー系の異世界と捺落迦ナラカは違うから、どうせなら苦しみ深い異世界に転生させてやろう……ひひひひっ』と、いうワケでおまえの転生担当にアタイが任命されたから、長いつき合いになるからよろしくな」


「はぁ、よろしく……長いつき合いということは、オレの彼女になるのか? おい、鬼の女神オレの肩を揉め」

 鬼女神は、引き攣った笑みを浮かべながら。オレに向かって金棒を振り下ろした。

 金棒は転倒したオレの開脚した、股間近くの地面をえぐる。

「このまま、ぶっ転がして転生させるぞ……まっ、鬼の金棒で撲殺されたら行くのは、ファンタジー異世界じゃなくて、あの世だけれどな……早く笑える死に方をしろ、異世界に導いてやる」

「笑える死に方じゃないとダメなのか?」

「最近は、異世界転生希望者のクズも多くてな……よっぽどの死に方をしないと、良い異世界に転生できない」


 単に死ねば簡単に異世界転生できると考えていたオレは、鬼女神の言葉に愕然とした。

 今は異世界転生も、そんなシステムになっているのか。

「ちなみに、どんな笑える死に方で転生したヤツがいるんだ?」


「そうだな、最近だとプールやバスタブいっぱいに満たした、ゼリーや豆腐の中で溺死したヤツとか。マーライオンの口から出ている水を直接口に受けて腹を膨らませて死んだヤツとか。巨大化した裸女の尻に押し潰されて死んだヤツもいたな……そうそう、自分の体の破裂急所を、一指押しで探して見事にヒットして体を破裂させたヤツもいた」


 オレは、異世界転生のハードルの高さに少し腰が引けた。

 鬼女神が金棒で自分の肩をトントンしながら、オレに聞いてきた。

「どうだ、ここまでの話しを聞いて、異世界転生を諦める気になったか?」

「誰が! 初志貫徹、諦めたらそこで異世界転生への道は終わりだ」

「そうか……だったら、アタイにおまえが持っているスマホを貸せ」

「スマホ、壊したりしないか? その金棒で叩き壊すとか……スマホはオレの最強アイテムだ。スマホ一番、命は二番」


「心配するな金棒で叩き壊したりはしないから。すぐ返すから鬼の言葉を信じろ」

 オレからスマホを受け取った鬼女神は、なにやらスマホ操作をしていた。

 作業をしている鬼女神にオレは訊ねてみた。

「名前なんて言うんだ、鬼女神じゃ呼びにくい」

「〝シュラ〟鬼姫きひめ シュラだ」

「いい名だな」


「そりゃどうも、ほれ終わったぞ……身内以外のどうでもいい、薄っぺらな関係の知人とか。おまえが勝手に親友だと思っているヤツのデータ全部、スマホから消去してやったからな」

 受け取ったスマホを確認して、ワナワナと震えるオレ。

「なんてこと、するんだ!」

「異世界転生するヤツに、親友なんて一人もいないだろうが」


 シュラは冷たい目でオレを眺めながら、言葉を続けた。

「どうせ、異世界にスマホ持っていけないんだから別にいいだろう。薄っぺらいネット知人のデータ消去しても関係ないだろが……それとも、おまえの異世界転生の決意は、こんなコトで揺らぐ程度の決意なのか!」

「うう……異世界転生するのも楽じゃないな」


「それじゃあ、せいぜい笑える死に方をしろよ……その時に現れて異世界に導いてやるから、葛道 海星」

 そう言い残してシュラは去っていった。

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