第7話
「もう熊はこりごりです」
馬場先生は机に突っ伏していた。
あれから一週間が経った。俺と馬場先生は気落ちしていた。まさかグリズリーがあんなに暴れ回るとは。
「実害も出てしまいました。しかしここで全てを公表し、辞職するというのは無責任というものです」
校長はそう言って以前と変わらず校長としての業務を全うしている。
「私なんだか罪悪感」
馬場先生が顔を上げる。目の下には隈ができている。
「寝不足なんですね」
「はいー」
「とにかくもう熊は忘れましょう。これからの課題は」
その時だった。机の内線電話が鳴った。事務室からの電話だ。ぎょっとして我々は顔を見合わせた。
「苦情ももうこりごりです」
泣きそうな顔になりながらも馬場先生は電話に出た。電話口では気丈に振る舞う姿が痛々しい。これも俺がつまらない嘘を吐いたせいなのだろう。
電話の内容は子供の遊ぶ音がうるさいとか、そんなところだろう。グリズリーが駆除されて外遊びも解禁になった。そしてまた例の地域住民の怒りも解禁になったのだ。
*
「ああ、佐伯先生」
クラスの帰りの会に向かっていると校長先生に呼び止められた。どうやら俺を探していたのだろう。ようやく見つけたようだ。
「どうも」
「いや、大変でしたね。私がやりすぎたばっかりに」
校長は恐縮しながらも、愛想よく言った。
「いえ僕は大丈夫ですが、馬場先生の方が辛そうなのでぜひ彼女も労ってあげて下さい」
「そりゃもちろんです。とにかく二人にはご迷惑をおかけしました」
それでは、と言い去ろうとする俺を校長は呼び止めた。
「佐伯先生、そのですね。また苦情電話が増えましたよね?」
「増えましたね」
俺は相当怪訝な顔をしていたのだろう。校長は低姿勢になる。
「あのですね。なんというか生徒に今一度、外遊びの禁止を……いや禁止というより自粛というか……その……お願いしますね!」
最後は開き直ったように強引に話を終わらせた。
「じゃあ佐伯先生お願いしますよ! いい案が思いついたら私はいつでもなんでもお手伝いしますので、なんせ私には強力なコネクションがありますから!」
そう言うと校長はスタコラサッサと行ってしまった。
*
「はい静かに、帰りの会を始めるぞ」
M市立第一小学校三年三組の教壇に立ち声をかけると、生徒達は居住いを正した。
熊の出没情報はデマじゃないかと俺を疑っていたこいつらも、実際にグリズリーが出たのだから態度を改めた。皆、良い子に戻った。
「よし、じゃあ帰りのあいさつを、と言いたいところだが」
「起立!」と元気よく号令をかけようとした日直の男子生徒がきょとんとした表情をする。
「先生からもう一つ話があります」
えーなになにー、とうきうきした様子で女子生徒が尋ねた。
「これからしばらく放課後の外遊びを禁止します。皆家の中で過ごすように」
ええー! とどよめく教室。あれ? デジャヴかな?
「えー、先生なんでですか?」
先程の女子生徒が手を挙げて尋ねる。
「実は最近……」
地域住民からつまらん苦情が入った。そう言おうとした矢先、
「私はいつでもなんでもお手伝いしますので」
校長の言葉が甦る。そして閃く。天啓。
「さすが佐伯先生!」
馬場先生が手を叩いて称賛を述べるのが容易に想像できる。これならいけるぞ。なんせ校長には強力なコネクションがあるんだからな。
俺は教卓に両手を突き、自分の発言を強調するためいくらか前のめりになった。
「小学校の周辺でワニが出ました」
熊大作戦 カフェオレ @cafe443
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます