第5話

 大自然に囲まれた北アメリカで鮭や鹿を食って、強い奴と喧嘩して、時には恋をして……。そんな人生、いや熊生が続くと思っていたらたったの二日で辿り着いた極東の島国ジャパン。ここの国では人間も生魚を食うらしい。全く気が合いそうじゃねーか。だが流石に長旅でろくに飯も与えられねーと腹も減る。腹が減るとストレスでくたばっちまいそうだ。だから殺られる前に殺る。これ自然界の基本な。

 だから目の前に現れた間抜けな三人——どうでもいいがジャパンの人間ってのは平べったい顔をしてるんだな。顔面をローラーで引き伸ばされる拷問(それをピザ生地にしてピザでも焼こうってか!)でも受けたのかと勘繰った程だ——を早速食っちまおうと思ったはいいがあのコウチョウとやらに差し出されたペーストを迂闊にも口にしたせいで戦闘意欲は削がれてしまった。本当シラけるよな。

 そんなこんなで夜の街を徘徊しているが、何も面白いものが見つからねー。アメリカでは散歩してれば勝手にイベントが発生していたもんだ。陽気なヘラジカのテリー。いつも白目を剥いているイカれた猪のマイケル。こいつは農家から逃げ出した元豚っていう噂だ。

 それに比べてジャパンは退屈だ。でも静かな夜もたまには良いのかもしれねー。なんせ向こうでは常に気を張ってなきゃいけねーからな。今日は星もよく見える。北アメリカの森には敵わねーがな。故郷を思い出し少しセンチメンタルになる。

「何よ。デカいくせして繊細なふりしちゃって」

 北アメリカに置いてきた元ガールフレンドのナンシーはよく俺にそう言った。男ってのは見栄を張ってなんぼなんだ。理想の自分を演出するのに気を張って繊細に生きてなきゃ自我が崩壊しちまう。だから男ってのは存外繊細な生き物なんだぜ。そうナンシーによくよく言って聞かせておけば良かった。あいつ今、他の男に同じことを言ってるぜきっと。そうやって失敗を重ねて俺もあいつも成長していくんだろう。

 だがいくら繊細でもやっぱり刺激は必要だ。だからジャパン行きのチケットをかけた戦いに自ら飛び込み、檻にも迷わず入った。それがこんなセンチメンタルな夜に繋がるとも知らずにな。だがいいさ、俺は自分の選択を後悔はしたくねー。この極東の島国で暴れてやるぜ。

 見ると夜明けの空だ。ちょいと新聞配達の兄ちゃんをからかうつもりで、「ヘイブラザー! 景気はいいかい?」って背中を叩いたつもりが爪が食い込んでしまった。そしたら兄ちゃん大騒ぎ。あっという間に囲まれる俺。Oh shit! おもしれー!

 警察がウーウー、サイレン鳴らしてやって来る。追いつけやしねーがな。猟師がぶっ放す散弾銃を避けて、一人、二人ガブリと味見。So good!

 ナンシー見てるか? 俺はジャパンでこんなにワイルドにやってるぜ。見た目通り、デカい図体揺らして周りは繊細さのかけらもない血の海だ。

 ヘイヘイ! ブラザー、もっと俺を楽しませてくれよ‼︎

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