第4話

「校長先生これは……」

 二日後の深夜。校長に呼び出され俺と馬場先生は第一小学校の校庭に来ていた。校長の姿は探すまでもなかった。いやそれ以上に目を引くものが彼の隣には置かれていた。

 大きな立方体の鉄格子。その中では獰猛な猛獣が鋭い牙を見せて唸っている。今にも檻を破りこちらに襲い掛らんとしているようだ。

「凄いでしょ! グリズリーですよ」

 校長に懐中電灯で照らされたグリズリーの茶色い毛並みとその巨大に圧倒され、俺達はしばらく声が出せなかった。

「校長先生、これどうしたんですか?」

 馬場先生が恐る恐る聞く。

「北アメリカから個人輸入しました」

 あっけらかんと答える校長。グリズリーを個人輸入なんて出来るのだろうか? 俺は疑問を口に出すと校長は、

「私のコネクションを使えば、二日でグリズリーを日本に連れてくるなんて簡単なことですよ」

 と不敵に笑った。

「さあ佐伯先生、準備はいいですか?」

「は?」

 校長は威勢よく聞いてきた。

「何の準備です?」

「決まっているでしょう、こいつを街に放すんですよ! あなた嘘吐きになりたくないんでしょう?」

 何ということだ! 嘘から出た実とは言うがまさかこんな殺戮兵器のような熊を放つだなんて!

「待ってください! こいつはグリズリーでしょ? 日本にこんなのいませんよ。ヒグマとかツキノワグマとかでいいんじゃないですか?」

 というよりまず、熊を街に放つなんて発想自体おかしい。何かしらに抵触するはずだ。

「何言ってるんです! やるときゃ派手にやりましょうよ‼︎」

「そうですよ佐伯先生! 全員地獄に道連れです!」

 ダメだ。こいつら狂っている。

「とは言うものの」

 校長は一旦落ち着くと懐から何かタッパーのようなものを取り出した。

「このまま檻から出しては我々が危険です。そこでこいつを」

 校長はタッパーの蓋を開ける。中身は茶色っぽいペースト状のものが入っている。校長はスプーンでペーストを掬い取る。

「ほれ食え食え」

 鉄格子の間からスプーンを差し込むとグリズリーはスプーンごとそれを丸呑みにした。するとどうしたことか、グリズリーはすっかり大人しくなってしまった。

 我々か呆気に取られていると校長はニヤニヤしながら、これですか? とタッパーを指差した。

「こいつは摩訶不思議なペーストでね、なんと熊が言うことを聞くようになるんですよ」

「ええー! 凄ーい!」

 馬場先生は小さく拍手する。

「これも私のコネクションの一つですよ。ほらこれが調合法です。特別に見せてあげますよ」

 馬場先生は校長から一枚の紙を受け取ると、それを懐中電灯で照らした。

「えーなになに。以下の材料をミキサーにかけるだけで短時間ではありますが、熊を自在に操ることが出来ます。あなたも素敵なクマライフを! ですって! 凄ーい!

 ええと、その材料は、


 胡桃

 マヨネーズ

 大根

 イカ

 さくらんぼ

 クコの実

 仙台牛


 へー、そうなんだぁ。知らなかったぁ」

 それが本当ならとんでもない大発明だ。しかし自在に操るは言い過ぎだろう。

「じゃあいよいよ、こいつを街に放ちますよ! ほら出てこい」

 そう言うと校長は檻の鍵を外した。少し身構えたが襲っては来ないようだ。グリズリーはのそのそのと檻から出て来た。

「いいか? 夜明けまでじっとしているんだぞ。新聞配達員とか牛乳配達員とかがお前を目撃する。街が騒ぎになって猟師やら警察、もしかしたら自衛隊も出動するかもしれん。お前も命は惜しいだろう? だから誰も傷付けるなよ。そうなら生捕りで済むかもしれん。いいな?」

「はい」

 グリズリーはそう返事すると、夜の闇へと消えていった。

「明日が楽しみですね。さてこの檻はどうしましょう」

「というより、こんなのどうやってここまで運んだんです?」

「コネクションです」

 コネクション。便利な言葉だ。じゃあそのコネクションとやらで檻も処分すればいいだろうに。

「あ、校長先生ラッキー! 明日は金属ゴミの日です」

 馬場先生はガッツポーズを決め、嬉しそうに言った。

「ほう。ではこれは近所のゴミ捨て場にでも捨てておきます。お二人ともお疲れ様でした。明日は見ものですぞ。なので今夜はゆっくり休んでください」

 そう言うと校長はスタスタと去って行った。

 馬場先生は楽しみですねー、とそわそわしている。まるで祭りでも始まるようだ。全く、嫌な予感しかしない。

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