第2話
「なあ、熊見た?」
「いや、まだ見てない。でもしばらく外で遊ぶのはやめた方がいいかもな」
「マジかよ。せっかくUFOの目撃情報があったのに探しに行けねーじゃん」
翌日の帰りの会。生徒達はまだ熊の存在に危機感を抱いているようだ。噂はうまく伝わったようで昨日は外で遊ぶ生徒も少なかったようだ。苦情の電話も鳴っていない。
「佐伯先生ー、うちの子達も全然外で遊んでないんですよ。やっぱり熊の効果すごいですねー」
今日も職員室で馬場先生は陽気に言う。
「ええ。お陰で授業の準備に集中出来るでしょ?」
「うん、本当ー。私、生徒達に熊が出たら死んだフリしないさいねって言っておきましたよ」
「馬場先生、それは間違った対処法なんですよ。教師が嘘教えちゃいけません」
どの口が言っているのか、と自嘲的になった。
「ええー! そうなんだぁ。じゃあ生きてるフリ?」
馬場先生は首を傾げて可笑しなことを言う。
「なんですかそりゃ」
賑やかな雰囲気だが、こんな平和も長くは続かなかった。翌日からこの様相は一変するのであった。
*
「なあおい、本当に熊なんているのかよ」
「あ、うちの母ちゃんも言ってた。そんな話聞いてないって」
「昨日、散歩してみたけど熊なんていなかったよ」
あちこちの教室から生徒達の話し声が聞こえる。それが俺を非難しているようでズキズキと胸に突き刺さるようだった。
熊なんていなかった? ああ、そうさ。だって嘘なんだからな。
自分の蒔いた種と思いながらも俺は苛立っていた。保護者から説明を求められたらどうする? 適当に誤魔化してもまた苦情電話の対応だぞ?
そんな焦りが伝わったのか帰りの会では、生徒達の視線が容赦なくこちらに飛んでくる。
「——ということで今日の放課後も外で遊ぶのは禁止です」
教壇でそう言うと、どこからか「ちっ」と舌打ちする音が聞こえた。見ると坊主の丸々太った男子生徒、木村がこちらを軽蔑するような目で見ていた。
「先生質問ー」
「はい、どうぞ」
「本当に熊出たんですか?」
やはりそう来たか。これはクラス全体、いや生徒全体を代表した質問だろう。
「ああ、だから外で遊ぶのは——」
「じゃあさー、早く猟師にでも頼んで駆除してもらってよー。いつまで家の中で遊べばいいんですかー? ていうか登下校時は熊は出ないんですかー?」
憎たらしい。教師を舐め腐った態度だ。
「その辺については追々」
「え、なんで?」
「大人にも事情があります。木村くんもういいよね?」
「じゃあ先生、僕からも」
木村の隣の高橋という男子生徒が勝手に喋り始めた。
「うちの両親がそんな話は聞いてないって言ってます。熊の目撃情報の信憑性が低いので詳しい説明を。それと」
「おい、貴様!」
優等生タイプの生徒だ。賢ぶった話し方が気に入らず思わずブチギレてしまった。
「誰が喋っていいと言った! 手を挙げろ!」
教室が静まり返る。
高橋は一瞬萎縮したが手を挙げた。
「高橋! どうした⁉︎」
「質問があります」
「質問は受け付けん‼︎ これにて帰りの会は終わりだ!」
そう檄を飛ばし教壇から降りた。全く、黙って言うことを聞いている奴らだと思っていたのに。
「あーあ、俺らが熊に殺されてもいいってか」
背後で木村がねちっこく呟いた。
「おい黙れクソガキ! 熊に襲われる前に俺がお前をぶち殺してやろうか! とにかく外遊びは認めん! ゲーセンでもいいから室内にいろ‼︎」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます