熊大作戦

カフェオレ

第1話

「はい静かに、帰りの会を始めるぞ」

 M市立第一小学校三年三組の教壇に立ち声をかけると、生徒達は居住いを正した。

 皆教師に従う良い子達ばかりだ。だが今日の振り返りやら明日の目当てなどを話し終えると、さすがに行儀良くしていた生徒達もそわそわとし始める。早く帰って遊びたいのだろう。

 しかし、そうはいかない。

「よし、じゃあ帰りのあいさつを、と言いたいところだが」

「起立!」と元気よく号令をかけようとした日直の男子生徒がきょとんとした表情をする。

「先生からもう一つ話があります」

 えーなになにー、とうきうきした様子で女子生徒が尋ねた。

「これからしばらく放課後の外遊びを禁止します。皆家の中で過ごすように」

 ええー! とどよめく教室。最近の子供は室内でぬくぬくとゲームに明け暮れるものだと思っていたので少し意外に感じた。しかしこんな反応どうってことない、想定内だ。

「えー、先生なんでですか?」

 先程の女子生徒が手を挙げて尋ねる。俺は教卓に両手を突き、自分の発言を強調するためいくらか前のめりになった。

「小学校の周辺で熊が出ました」


 *


「ええー! 熊が出たんですか⁉︎」

 職員室で三年四組の担任、馬場先生は素っ頓狂な声を上げた。

「まさか! 嘘ですよ、嘘」

 馬場先生の愛らしい間抜け面が可笑しくて俺は盛大に笑い声を上げた。

「相手は温室栽培のガキ共です。熊が出たと言えば怯えて家にこもってますよ」

「あー、そうかもー」

 帰りの会で俺が言った熊の出現情報は真っ赤な嘘だ。

 世知辛いもので最近、地域住民から外で遊んでいる子供達の声や物音がうるさいとの苦情が相次いでいる。教員は皆、その対策について頭を悩ませていた。

「うちのクラスの子達が周りのクラスに言う。すると噂はどんどん伝播して皆、外では遊ばなくなります。その場凌ぎでもしないよりマシでしょう。今日明日の苦情電話が減るならいいじゃないですか」

「そうですねー、地域住民から苦情が入ったなんて言ったら今度は保護者の方からクレームが来ますもんねー。そんなの知らないわよって。熊のせいにしちゃえばいいんですねー、さすが佐伯先生!」

 そう言いながら馬場先生は小さく拍手した。若い女性から称賛され俺は少し舞い上がってしまう。

 我ながらお粗末な考えだとは思ったが、そうそう問題にもなるまい。この時はそう楽観していた。

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