第21話:二人で逃避行

「どうしたのフー君。誰だかわかったの?」

「あ、うん。ララティだ」


 俺が目配せした視線の先をマリンの目が追う。


「あ。ホントね」


 どうやらマリンにもわかったようだ。


「なぜララティさんがここに? フー君と一緒にいるのが私だってこと、彼女はわかっているのかしら……」

「あ、ごめん。今日俺がマリンと会うことを、ララティに教えちゃったんだ。だからわかってると思う」

「やっぱりフー君とララティさんって仲がいいのね」

「ん……まあ、そうだね」

「そう。フー君って、思ったよりも女の子に対して積極的なのね」


 気のせいか、マリンがちょっとツンとした感じになってる。

 品行方正で生真面目な人だから、異性に積極的な男性にはきっと不快なのだろうな。


 でも実態は、俺がララティに積極的に関わろうとしたわけじゃない。

 それはそうなんだけど、俺はララティと同居してる。もしもそれを知られたら……


 マリンが『フー君の不潔っっっ!!』と叫びながら、俺の頬に強烈なビンタをかます想像が頭に浮かんだ。


 うっわ! 単なる想像だけでもほっぺが痛いぞ、おい。

 ホントに殴られたら死ぬぞ。

 これは、絶対にララティと俺の仲を隠し通さなきゃいけない。


「そ、そんなことないよ。同級生として普通に会話をする程度だよ。たまたまそんな話になっただけで」

「ふぅん……」


 なぜマリンは半目になってるのだ?


「もしかして疑われてる?」

「少しね」


 ヤバ。俺は信頼されていないようだ。

 谷底に突き落とされた気分。


「俺が彼女に積極的に近づいたなんて、絶対にないから。信用してほしい」

「わかったわ。あなたは誠実な人だから信用する」


 よかった。

 谷底から無事生還した気分。


「それにしてもなぜ彼女は私たちを見張ってるのかしら?」

「見張ってるって言うか、マーちゃんの変装がなかなかイケてるから、興味を持ってるんじゃないのかなぁ」

「そうかしら……」


 そう言ったきり、マリンは黙り込んだ。どうしたんだろう。


「ねえフー君。お願いがあるの」

「なに?」

「アイスを食べ終わったら、今から二人で走って逃げましょう」

「え? どういうこと?」


 マリンはニヤリと笑ってる。俺には理解不能。


「せっかく人目を気にしないで、フー君との休日を楽しんでいるのに、知った人に見られているのはイヤだわ。心の底から楽しめない。だから彼女には申し訳ないけど、走って逃げて、彼女を撒くのよ」


 うわ。なんてことを言い出すんだよ。


「真面目で品行方正なマリンが言うセリフとは思えない」

「あら、そうかしら? 普段学校では、立場を意識してるけど、ホントの私はこっちよ」

「なるほど」


 変装をしてまでお出かけをするとか、人目を気にせず行動したいとか。

 確かに素のマリンは、それほど堅物じゃないのだという気がしてきた。

 そんな一面を知ると、彼女が一層魅力的に感じる。


 確かにララティが俺達の様子を覗くなんて、良くないことだ。

 マリンだっていい気はしないのが当然だ。


 だけどララティに『帰ってくれ』と言ったところで、素直に聞き入れるかどうかわからない。

 だったらマリンの言う通り、ここはララティを撒くのも一つの方法か。


「よしわかった。どっちに逃げる?」

「そうね。このままララティと反対側に走って、広場の奥に行くの。そしたら大きな森があるから、森を抜けて適当な方向に出ましょう」

「わかった」


 そんな会話をしているうちに、二人ともアイスを食べ終わった。

 これで逃げる準備は整った。


 ちょうどララティは何かに気を取られているようで、向こう側を向いている。

 こちらから目を離してる今がチャンスだ。


「準備はいいかなマーちゃん」

「ええ。いいわよフー君」

「じゃあ行こうか」

「ええ。行きましょう」


 俺とマリンは、ララティと反対側に向かって突然ダッシュをした。


 円状の階段の反対側では、ララティが焦ってわちゃわちゃしてるのが見える。

 あとで怒るだろうな。でもまあいいや。勝手に覗きに来る方が悪いんだ。


 そんなことを考えながら走る。


 二人で秘密の悪戯をするような仲間意識と高揚感。

 そんな感覚に包まれ、ただ二人一緒に走っているだけなのにやけに楽しい。


「うふふ」


 マリンも楽しそうだ。

 そして俺たちは無事にララティを撒いて、森の中に入って行った。




 枯れ葉をザクザクと踏みしめる音を響かせて、さらに奥に入って行く。

 薄日が差し込むだけのやや暗い森の中で、二人とも息を切らして立ち止まった。


「ここまで来たら大丈夫ね」

「そうだね」


 気がつくと、周りには人けがなかった。


「誰もいないね」

「この森を抜けると街の外に出られるはずよ。私もこんな奥まで来たことないからよくわからないけど。……それにしても静かね」

「静かだね」

「ねえフー君。あなたの夢はなに?」

「え? どうしたの突然」

「こうやって二人で行動してるけど、ふと思ったの。私、フー君のことを何も知らないなぁって」


 そりゃそうだ。俺たちは今年初めて同じクラスになった。それに同じクラスでもあまり話す機会はなかった。


「そうだね。笑われると思うけど、一流の魔法使いになりたい」

「笑わないわよ」

「だけど、自分は落ちこぼれでダメなヤツだからね。叶わぬ夢ってヤツかもしれない」

「そんなことないわ。これからまだまだ伸びる可能性があるし……」


 マリンは優しいな。

 笑わないでいてくれるだけでも嬉しい。


「最近は授業でも結構頑張ってるじゃない」

「まあ、たまたま調子がいいみたいだ」

「たまたまじゃなくて、実力が付いてきてるんじゃないの?」

「違うよ。たまたまだ」


 実力が付いてきている?


 ──俺だってそう信じたい。だけど今まで散々だった俺の魔力が、突然アップするわけはない。変な過信はしてはいけない。


「そうかしら……?」

「そうだよ。マーちゃんが俺を買い被ってくれるのはありがたいけどさ、あはは」


 この森の中なら魔法を発動しても問題ない。

 試しにやってみるか。


「じゃあやって見せようか?」

「ええ。ぜひ」


 少し離れた所に立つ大木に目がけて、魔法を放つ。


火による攻撃魔法バッケン・グリフ!」


 最近の授業で、遠くの木に向けて放った魔法だ。

 授業の時も今までよりは飛距離が伸びたけど、今はさらに伸びた。


 確かにちょっとは俺の魔法も上達してる気がする。

 だけど炎が広がって、勢いは弱い。他の生徒と比べてもまだまだイマイチだ。


「ほらフー君。そこで魔力の拡散をコントロールして、一点集中するのよ」


 マリンは簡単に言うけど、それは彼女がエリートだからできるんだ。落ちこぼれの俺には難しいんだよ。


 そうは思いながらも、意識を手のひらに集中して、魔力の拡散を絞り込んだ。


 ──ドカンっ!


 激しい音が鳴って、狙った大木が真ん中で真っ二つに割れた。上半分がメキメキと音を立てて、今まさに倒れようとしている。


「……え? なんで?」


 わけがわからない。

 きょとんとしてたら、突然大木の方から聞き慣れた声が響いた。


「こらぁ、フウマっ! 危ないだろ! あたしをコロす気か!?」


 真っ赤な顔で仁王立ちしてるララティの姿が見えた。


「なんでララティがここにいるんだ!?」


 充分彼女を置き去りにして逃げてきたのに。

 ──いや、マジでなんで!?

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