第20話:青の広場とアイス

 マリンが支払いを終えて、レストランを出た。


「ご馳走様でした。ホント美味しかったよ。ありがとう」

「お口に合ったようでよかった」

「色々街歩きって、どこに行くの?」

「そうねぇ、どこに行こうかしら」


 あごに人差し指を当てて、マリンはとてもワクワクした顔をしている。


「なんだか楽しそうだね」

「ええ、楽しいわよ。とっても」

「俺は田舎暮らしだから、普段街を歩く機会が少ないけどさ。マーちゃんにとっちゃ、街で遊ぶなんていつものことでしょ?」

「いつもは周りの目もあるからね。モンテカルロ家の者として、相応しい場所で相応しいことしかできないの」

「そうなんだ」

「うん。親からも常に人目を気にしなさいって言われてるし、自由に楽しむなんてことはできないわ。だけど今日の私はね、自由よ」

「なるほど」


 大貴族の娘なんて、何一つ不自由なことなんてないと思ってた。だけどそんなことはなくて、色々と不自由を抱えてるんだな。


「それに、いつもはフー君はいないからね」

「……え? どういうこと?」

「今日のお出かけがいつもより楽しいのは、フー君のおかげってことよ」

「いや、俺なんて面白いギャグ言うわけでもないし、つまらないでしょ」

「楽しいって、ギャグだけじゃないでしょ?」

「そりゃそうだけど……いや、そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう」


 うっわ、めっちゃ照れるな。


「……で、どこ行く?」

「そうね。青の広場に行かない?」


 青の広場はこの街で一番広い広場で、樹木への飾りつけや、種々の建造物が全て青色を基調にデザインされている。

 それがお洒落で、観光地としても賑わってるし、家族やカップルにも人気のスポットだ。


「うん、いいよ」


 レンガ舗装の道を歩いて、青の広場に向かう。

 青の広場の中心には、すり鉢状に円形の階段と言うか、段差がついている場所がある。

 その段差には多くの人が腰掛けて、ひと休みしたりおしゃべりに興じたりしてる。


 俺たちはそのすり鉢状の一番上の段から、広場を見下ろした。


「あ、フー君。あれ食べない?」


 マリンが指差す先には、ワゴンによる移動式のアイスクリームショップがあった。

 青の広場のアイスショップは有名で、観光名所の一つとすら言える。だけど──


「アイスクリームなんて高価なもの、俺は食べたことがない」

「実は私も、あのお店のは食べたことないの」

「へえ、そうなんだ」

「外で食べるなんて、はしたないからダメだって、子供の頃から買ってもらえなかったのよ」

「へぇ、そうなんだ」

「私の両親はかなり厳しいのよ」


 なるほど。だからマリンも品行方正で真面目に育ってるわけか。

 とは言え、厳しすぎるのは自由がなくてかわいそうだな。


「じゃあ私たち、初めて同士ね」

「いや、言い方……」


 なんとなく恥ずかしい気がするのはなぜだ?


「じゃあ買いにいきましょう!」


 マリンが満面の笑みを笑みを見せた。

 ──かと思ったら、突然、下に見える広場に向かって駆け出した。円形の段差を軽やかに駆け降りて行く。


「ちょっと待ってよ! 走ると危ないって!」


 万が一マリンがつまずいて落下したらえらいことになる。俺は全力で階段を走って、マリンの横に並んだ。

 毎日長距離を歩いて通学し、休みの日には農作業をしてるから、体力には自信がある。


「あっ……」


 ちょうど俺が横に並んだタイミングで、マリンは段差に足を取られてぐらついた。


「大丈夫!?」


 咄嗟にマリンの方に片手を伸ばした。

 そこにぶら下げるようにしがみつくマリン。

 倒れずに済んで良かった。


「ごめんフー君。早くアイスを食べたくて、焦っちゃった」


 えへ、と言いながら、拳で自分の頭を小突こづくマリン。

 なにこの可愛い生き物は。


 普段のマリンはいつも真面目でキリリとしている。

 だからつまずいてコケるなんてこともないし、頭を自分で可愛く小突こづくなんて姿も絶対に見れない。


 ……え? 今日はマリンの萌え姿を見ることのできる特別な日ですか?

 何かの祝日ですか?


 そんなことを考えてしまうくらい、レアな姿を見てしまった。

 なんだかドキドキする。


「焦らなくていいよ。アイスショップは逃げないから」

「そうじゃないのよ。楽しくて、ついはしゃいじゃったの。ごめんなさいね」

「そんなに楽しい?」

「ええ、とっても。誰の目も気にしないで楽しめるって、こんなに素敵なことなのね」


 そっか。俺だってアイスを食べられるのもワクワクするし、こんなマリンを見るのも楽しい。

 今日はホントに、いい休日になった。


「ありがとう。じゃあアイス買いに行きましょう」


 今度はマリンも慎重に階段を降りていく。

 そして無事にアイスショップのワゴンの前にたどり着いた。


 アイス代もマリンが出してくれようとしたけど、さすがに奢ってもらってばかりは申し訳ない。

 結構高くて痛手だが、ここは俺がお金を払った。


 そして買ったアイスを手に、広場の周りを円形に囲む階段の途中に、二人並んで腰掛ける。


「うーん、美味しいっ!」


 アイスを舐めるマリンの舌。艶々したピンク色の唇から、チロチロとのぞく舌が色っぽい。


「こうやって外で座ってアイスを舐めるなんて、普段ならぜぇーったいにできないわ」


 それにしても今日のマリンは、いつもよりもかなり子供っぽい。楽しそうだ。

 なんて眺めてたら、マリンとふと目が合った。


「じっと私を見てどうしたの? もしかして惚れた?」

「あ、いや! ご、ごめん! そんなつもりじゃ……」

「うふふ、冗談よ。でもホントにじっと見てたでしょ。どうしたの?」


 冗談か。俺が変な目で見てると誤解されのかって、マジ焦ったぞ。

 心臓が爆発しかけたじゃないか。


「いや、いつものマリン……」

「マーちゃんでしょ?」

「あ、いつものマーちゃんと違うなと思ってさ。楽しそうだしはしゃいでるし。いつもはもっと落ち着いてるから」


 やっぱりまだマーちゃん呼びは続いてるのか。

 大人っぽいマリンが子供みたいな呼ばれ方を望むなんて、女心って不思議だ。


「さっきも言ったけど、そんな楽しそうな姿を見れて嬉しいよ」

「嬉しい?」

「だって俺と一緒にいて、つまらなさそうだったら悲しいじゃん」

「それはそうね。じゃあ安心して。めちゃくちゃ楽しいから」


 ホントに楽しそうに言ってくれるな。

 俺に気を使ってくれてる部分もあるのだろうけど、それでも嬉しい。


 その時、ふと背後が気になって振り返った。


「ん? どうしたのフー君」

「なんとなく誰か見られてるような気がしてさ」

「え? 誰? 怪しい人?」


 ──あ。


 広場をぐるりと取り囲む階段の、広場を挟んで反対側。かなり距離はあるが、そこに座ってこちらをじぃーっと見つめる人影を見つけた。


 黒い布を頭に被って変装してるけど。身体つきや雰囲気から俺にはわかる。


 ヤツは──ララティだ。


 アイツ……な、なにやってんだよぉ!

 なぜここにいるんだ?

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