第17話:お礼をしたいマリン

 翌朝。いつものようにララティがまだ朝食を取っている間に、俺は家を出た。

 歩いて学院に向かう。


 丘を越え、山道を歩き、郊外の道を学院まで1時間。毎日の通学路だ。

 俺の歩く横を貴族の同級生が乗った馬車が何台も通り過ぎる。

 しかし歩いている俺を気にかける者など誰もいない。


 ──はずだったが、なぜか一台の立派な馬車が、俺の横を通り過ぎてすぐに止まった。

 中から降りてきたのは、女子の制服に身を包んだマリン。


「おはようフウマ。また私の馬車に乗って行かない?」

「ダメだよ」

「なぜ?」

「平民の俺が貴族の馬車に乗せてもらうなんておかしい」

「それ、この前も言ったわよね?」

「うん、言ったね」

「でも結局乗ってくれたじゃない」

「いや、あれは……」


 俺が困ってると、マリンはプッと笑った。


「ごめんなさい。フウマを困らせたいわけじゃないの。とにかくこの前のお礼もしたいし、乗って行ってよ」

「んんん……わかった。じゃあこの前のお礼は、これで終わりってことで。それでいいなら乗せてもらうよ」

「ええ、わかったわ」


 マリンは律儀だから、こうでも言わないと、お礼をしたいと言い続けるだろう。

 馬車に乗せてもらうことで、そのお礼としてくれるなら、まあそれもいいよな。


 そう考えて馬車に乗り込んだ。

 マリンと並んで座席に座る。


「ねえフウマ。この前のお礼がしたいから、今度お食事でもいかがかしら?」

「……は?」


 隣に座ったマリンが真顔で言うもんだから、俺は思わずぽかんとしてしまった。

 ついさっきの『お礼はこれで終わり』ってセリフはどこいった?


「ねえマリン。俺、どうやら耳の調子が悪いらしい」

「どうしたの? それは心配ね」

「まるでマリンがお礼をしたがっているようなセリフが聞こえたんだよ」

「まるで、じゃなくて。私はフウマにお礼をしたがってるわよ。だから安心して。フウマの耳は調子悪くないから」

「だってこの前のお礼は、今こうやって馬車に乗せてもらって終わり。さっきそう言ったよね」

「あら? そんなこと、言ったかしら?」


 いたずらっぽく、ニヤリと笑うマリン。

 品行方正でいつも真面目なのに、こんな顔もするんだ。

 大人っぽく整った顔のマリンが見せる子供っぽさ。可愛くてズルい。


「言ったよ。もしかしたらマリンって忘れっぽいのかな?」

「あら失礼ね。私は物覚えがいいわよ」

「じゃあなぜ、ついさっき言ったことを翻すんだろう?」

「それはね……」


 彫りの深い整った顔で、またニヤリと笑みを浮かべるマリン。


「私のフウマにお礼をしたい気持ちが大きすぎて、やっぱり諦めきれないからなの」

「ううう……」


 どこまでもまっすぐな視線で、どこまでもまっすぐに気持ちを伝えるマリン。

 そしてキリッと整った美人。


 みんなから人気があるのも納得いくよな。

 そして何より、こんなふうに言われたら断りにくい。


「気持ちはすごくありがたい。マリンがとても素敵な人だって実感したよ」

「じゃあお食事をご一緒するのはOKかしら?」

「でもやっぱりダメだ。マリンと俺では身分が違いすぎて、デートの真似ごとなんてしたらキミが後ろ指差されるよ。俺だってキミのファンから恨みを買う」

「うーん……私が後ろ指なんてどうでもいいけど、フウマに迷惑をかけるのは本意ではないわ」


 よかった。ようやく諦めてくれたか。


「じゃあ、こうしましょう。私は当日、変装してくるわ。マリン・モンテカルロだと気づかれないように、カジュアルな格好でメガネもかけてくる。それならいいでしょ?」

「そ、そこまでして?」

「ええ、そうよ。だって私、どうしてもフウマにお礼をしたいんですもの」


 アカン。そんな素敵な笑顔でそんな素敵なセリフを言われたら。


「うん。わかった」


 これ以上断わり続けたら、かえって失礼だという思いもあって、とうとう承諾した。してしまった。

 そして次の休日に、一緒に出かける約束をした。


「よかった。うふふ」


 それにしても。

 大貴族なのに俺みたいな平民に対してもきっちりお礼をしてくれるし、マリンって本当に人格者だな。


「ところでフウマ。あの『魔力暴走事故』なんだけど。原因はなんだと思う?」

「俺にはさっぱりわからないよ。あれだけ大勢の魔法が一斉に乱れたってことは、かなり強力な力が働いたってことだよね?」

「そうね。それが誰のせいなのか、はたまた何かレアな自然現象なのか、わからないけど」


 だよなぁ。俺は結構魔法のことは熱心に勉強してるけど、あんな現象は聞いたことがない。


「ブラック先生が、このことは後は自分が調べるから、みんなはあまり気にするなって言ったんだよね?」

「そうなの。でもそこが気になるの」

「と言うと?」

「こんなことが起きたのは前代未聞なのに、どうやらブラック先生は、おおごとにはしたくないみたいなの」

「つまり何か秘があると?」

「そうね。それが何なのかは、わからないけど」

「まぁ、俺たち生徒がどうのこうの言っても仕方がないんだし。先生達に任せようよ」

「そうね。せっかくフウマと楽しいお出かけ……いえ、フウマにお礼をする機会を得たんだもの。そのことに頭を使うことにするわ」


 マリンって心配性なのか好奇心旺盛なのか。

 あまりなんでも首を突っ込んで、危険な目に合わなきゃいいけど……


 マリンはこの学院でもトップクラスに優秀な生徒だ。

 そんなエリートに向かって、落ちこぼれの俺が偉そうに言うことじゃないけどな、あはは。


***


 学院に着いて教室に入り、しばらくしたらララティが登校してきた。

 教室に入って来て、俺の近くを通る。

 すれ違いざまに、怪訝な顔で俺を覗き込んだ。

 なぜか怖い目つきで睨まれてる。怖い。


「どうした?」

「フウマから女の匂いがする」

「へ?」


 いきなり訳のわからないことを言わないでほしい。

 しかもそんな言い方だと、俺がまるで女遊びをしてるようじゃないか。心外だ。


「この匂いはマリンだな」


 いやご名答。なんでそこまでわかるの?

 キミは犬かよ?


「ああ。今朝、マリンの馬車に乗せてもらって学校に来たからな。彼女の香水の移り香だろう」


 周りに聞かれると、変にやっかみを受けても困る。

 だからララティの耳元に口を近づけて、小声で話した。


「ふひゃん!」


 ララティがいきなり変な声を出したから、教室にいた他の生徒が一斉にこちらを見た。


「く、くすぐったいだろ! 急に何をするのだフウマ!」


 俺の息が耳にかかったせいか。


「あ、ごめん」

「まあ、いい。今後気をつけろ」

「うん」


 周りの目を気にしてか、ララティはすぐに許してくれた。

 でもよっぽどくすぐったかったのか、顔が上気してるし、ちょっと涙目になっている。


 気が強い女の子のこんな表情って色っぽい……


 いやいや!

 もしも本人に知られたら、思いっきり怒られそうなことを考えてしまった。

 ヤバい。変なことを考えないように気をつけよう。



= 魔王の娘、ララティ・アインハルト・ルードリヒ。自我じが亡失ぼうしつまで19日 =

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