第15話:誘うマリン
「フウマは頭がいいからわかってると思うの。ツバルはああいう人だけど、この地を統治するクバル家の次男。だから彼に大きなケガをさせるのは、いくら三大貴族の家系の私でもマズい。そう思ったんじゃない?」
そう言ってマリンはニコリと微笑んだ。
「ん……まあね」
さすがマリンこそ頭がいい。俺が思っていたことを簡単に見抜かれていた。
今回のは何人もの生徒の魔法が暴走したし、原因不明の事故だ。
だからマリンはなんら責任を問われないかもしれない。
けれどもあの状況の中、そこまで考える余裕はなかった。
マリンが悪い立場になるとマズい。ただそれだけが頭に浮かんで、咄嗟に取った行動だった。
「やっぱり。……ありがとうフウマ」
はにかんだような表情のマリン。
普段はキリっとした美人が急に見せるそんな姿はあまりに可愛くて、ズルい。
「えっと……普通は授業中の対戦は、お互いに防御魔法を発動してる。だから大ケガすることはない。だけど今回は彼が無防備だったんで、これはヤバいと思ってね」
「あなたってホントに良い人ね。自分がケガをしてまで他人を守るなんて」
「いや、俺がもっと防御魔法の能力が高けりゃ、ケガなんかしなかった。俺の魔法が雑魚なせいだよ」
「ねえフウマ」
「ん? なに?」
「自分の能力を雑魚だなんて卑下しないで。あなたの魔法の力はまだこれから伸びるわよ。ほら、実際に今日の突風魔法は、今までより強かったじゃない。コツをつかんだのかな」
マリンの青い瞳はとても美しい。その瞳の奥には優しい慈しみの色が見える。
だから俺は正直に言えなかった。
今日のあの魔法は、たまたま運が良かっただけだってことを。
「ねえお礼をさせてもらいたいんだけど」
「お礼って?」
「休みの日にでも、食事にご一緒いただけないかしら?」
「一緒に食事?」
「ええ、そうよ」
「それはダメだよ」
「私とお出かけするのはイヤ? こう言ってはなんだけど、私とデートしたい殿方はたくさんいるわ。だけど今まですべて断って来たのよ。だからちょっとくらいは喜んでもらえるかと思ったのだけれど」
「イヤだなんてことはない。マリンとプライベートで食事に行くなんて、とんでもない名誉なことだってわかってる。だけど、だからこそ一緒に食事に行けない」
「だからそれはなぜなの?」
「俺みたいな平民が貴族のお嬢様と食事に行くなんて、許されるはずがないよ。俺は皆から恨まれ、キミの格も下げてしまう」
マリンがお礼をしたいと言ってくれることも、食事に誘ってくれることもそれは嬉しい。
だけど俺とマリンは不釣り合いすぎる。
「いいじゃない。私の格が下がるなんて、全然ないから安心して。だからぜひお食事に行きましょう」
こんな素敵な女性に熱心に誘われたら、さすがに断りにくい。
そこまで言ってくれるなら、承諾すべきなのか……?
なんて悩んでいたら、突然怒ったような女性の声が聞こえた。
「おいフウマ。そこの女と食事に行くだと?」
隣のベッドを囲うカーテンが突然シャっと開いて、なんとララティが現われた。
なんかすっごい不機嫌な顔してる。眉間に皺を寄せてマリンを睨んでる。
あ、そうだ。ララティは腹痛で体調が優れないって、医務室で休んでたんだった。
カーテンに仕切られた隣のベッドに寝てたんだ。
不機嫌そうに見えるのは、まだ体調が悪いからか。
「ララティ。まだ体調悪いなら、もうしばらくゆっくり寝ていた方がいいよ」
「いや大丈夫だ。お
「なに言ってんだ。過信するな。顏と声を聞けば、ララティはまだ体調が優れないってわかるよ」
「そんなことない」
「そんなことあるさ。だからそこのベッドで、もうしばらく寝ていなさい」
「はい。わかりました」
俺の言葉にララティは急に素直になって、隣のベッドに寝転ぶと、仕切りカーテンをシャっと閉めた。
うん、やっぱ体調が悪かったんだな。無理せずゆっくり休んでくれ。
俺とララティをぽかんと眺めていたマリンが、ふと我に返った。
「じゃあフウマ。来週の日曜日はどうかしら?」
熱心に誘ってくれるのは嬉しいが。
「ごめん。魅力的なお誘いではありけど、やっぱり俺にはもったいなさすぎてダメだよ」
「んんん……わかったわ。これ以上無理を言ったら、フウマを困らせてしまうみたいね。だからわかった。また気が変わったら、ぜひ食事をご一緒してね」
「そうだね。わかった」
俺がそう返したら、マリンはニコリと微笑みを返してから「じゃあ教室に戻るわ」と言って、医務室から去って行った。
急に医務室内がシンとする。
まだ少し身体が重い。もう少し休んでから教室に戻ることにしよう。
そう思って、ベッドにごろんと仰向けに寝転んだ。
「なあフウマ」
カーテンが閉まったままの隣のベッドから声が聞こえた。
「ん。なんだララティ」
「よく断ったな。よくやった」
「は? なにが?」
なんでマリンの誘いを断ったことで、ララティに褒められるんだ?
まったく
「二人で食事に行くなんてもってのほかだ。断るべきだったのだ。それをちゃんと断わったから、よくやったと言ってる」
「意味わからん」
「べ、別に意味なんてわからなくていい」
それだけ言うとララティは黙り込んだ。
医務室に、またシンと無言が訪れた。
──いや。
カーテンの向こうから、「むふふ」というララティの笑い声がかすかに聞こえた。
なにがそんなに嬉しいんだ?
やっぱり意味わからん。
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