第10話:魔法実技の授業

 1年生から7年間にわたり、魔法の知識、スキルを身につけるクバル魔法学院。ここには多くの授業がある。


『魔法記述学』『魔法科学』『魔法史』『魔法戦術』と言った知識から、『魔法実技』『魔法戦闘術』『剣術』など実技を中心とするものまで様々だ。


 ちなみに『魔法記述学』は呪文の言語や文法を学ぶ科目である。

 俺はこういった知識系はそこそこ得意だが、いかんせん実技がヘタレ過ぎる。


 その主な原因は、体内魔力が幼い頃からあまり増えていないことだ。

 これは生まれ持っての才能も関わるから、仕方ない部分も大きい。

 だけど上級生になるほど重要視されるのが実技だ。


 つまり俺は、学年を重ねるごとに、より一層落ちこぼれ度合いが強くなっているのである。とほほ。


 ──で、今はまさに『攻撃魔法実技』の授業中。


 俺たちが今いるのは、校舎の裏手に広がる草原を利用した実技場。


「今日は魔力の一点集中、並びに有効距離延長の実技を行う」


 担当教官が生徒達を前に言った。

 つまり攻撃魔法を相手に照射する際に、威力を高め、より遠くまで魔法を飛ばす訓練だ。


 威力を高めるためには魔力の出力をできるだけ狭める。ホースで水を撒く際に、口を狭めた方が水が勢いよく出るのと同じ理屈。


 そしてより遠くまで魔法を飛ばすには、魔力の出力そのものを高める。ホースの例で言えば、水道から水が出る圧力を高めるのと同じ理屈。


「今日は出席番号で言うと……フウマからだな」

「あ、はい」


 今日は俺が最初の試技者か。

 俺は前に出て、はるか遠方に立っている一本木に向かって、右手を掲げた。


 普通の生徒でも到底届かない距離だ。もしも届いたとしても、目標物として小さすぎてまず当たらない。

 ましてや俺の弱々な魔力だと、半分も届かない。


 でも授業だからやるしかない。俺の中ではまだ得意な部類の火の魔法をやってみる。


「ほらほら、もっと腰をしっかり据えろよ。へっぴり腰になってるぞ~」


 ああっ、くそっ。ツバルのヤツめ。

 茶化すから集中できない。黙っててくれよ。

 でも教官も見てるし、やるしかない。

 

火による攻撃魔法バッケン・グリフ!」


 手のひらから炎が飛び出す。だけど俺の下手くそな魔法では、一点に絞るどころか、広がってしまう。

 結果、全然遠くに飛ばない……と思ったら。


 あれっ?

 いつもより飛距離が伸びて、目標物の手前まで炎が飛んだ。


 おっ、ラッキーだ。今日はなんかいいことありそう。

 ──なんて俺自身は喜んでいたんだけど。


「なにやってんだフウマ。全然ダメじゃないか」


 いちいちこき下ろさないでくれ。

 みんなにとっては全然ダメでも、俺にとっちゃそこそこ良くて喜んでんだよ。レベル低くて悪かったな。


「そうだそうだ」

「全然ダメだ」


 ブゴリとノビーもツバルに媚びるように乗っかってくる。ああ、ムカつく。


「じゃあ次はマリン・モンテカルロ。模範的な技を期待してるぞ」

「はい、わかりました」


 一歩前に出たマリンが斜めに構える。

 俺と同じ標的の一本木に向かって、右手を掲げた。

 

水による攻撃魔法ヴォーゲン・グリフ!」


 マリンの手のひらから一筋の水流が勢いよく放射された。そして一直線に目標の木に向かい、見事命中した。


「うおっ、すげぇ!」


 さすがマリンだ。

 木を倒すほどの勢いはないが、この遠距離で命中させるだけでも驚異的なスキルなのだ。


 周りの生徒たちからも「おおーっ!」と歓声が上がる。


「さすが我が校一の攻撃魔法の使い手だ。すごいな!」

「あらフウマ。褒めてくれてありがとう」

「いや、俺なんかが褒めることすらおこがましいよ」

「そんなことないわ。嬉しいわ」


 俺が上げた声に、マリンがこんなふうに反応してくれるとは、思ってもみなかった。なんせマリンは高嶺の花なんだから。


 ──って、あれっ?


 何か視線を感じると思ったら、ツバルに睨まれてる。さらになぜかララティも俺を睨んでる。うわ、こわ。


「ふーむ……」


 ララティは視線を俺から標的の木に移した。


「あたしもやってみていいかな?」


 担当教官に申し出るララティ。

 ちょ、待って。負けず嫌いにも程があるだろ。


「ああ、いいよ。わざわざ申し出るってことは、自信があるのかな?」

「いや別に。そう言うわけじゃないけど……どれくらいやれるのかなって思ったんだ」


 いや、キミは魔族だろ?

 しかも出会った時に見せられた圧倒的な魔力量。

 できるに決まってる。


「やあ、ララティ。なんなら僕がアドバイスしようか?」


 うわ。前髪を掻き上げながら、イケメン男子が要らぬちょっかいかけてきたよ。


「おお、そうか。助かる。まずは見本を見せてくれないか?」


 ……え? ツバルのアドバイス受けるの?

 

「おおっ、さすがララティちゃん! 俺の凄さがわかってるようだね。じゃあ見本を見せてあげるよ」


 ツバルはマリンと同じく水の攻撃魔法を放った。

 放出された水は半分以上が手前に落ちたが、いくらかは木に届いて幹を濡らした。


 マリンには到底及ばないけど、それでもクラスで上位の部類だ。

 性格はいけ好かないが、魔法の実力はやはりそこそこある。


「さあ、ララティちゃんもやってごらん」

「うん。こうか?」


 ララティはなぜか素直にツバルの言うことを聞いて、魔法射出の構えを取った。


「そうだね。いいよ、いいよぉ。片手を目標物に向けて、手のひらに意識を集中するんだ」


 下級生に教えるようなこと言ってるな。

 ララティは童顔だし、きっと魔法のレベルも低いと思い込んでるんだろう。


 しかもララティの手に触れている。

 彼女が怒らないといいんどけど……


「そろそろ魔法を発動していいか?」

「うんいいよぉ。当たらなくても気にしなくていいからね。ほら、長年学院に通っていても全然届かないヤツもいるんだし……」


 あれ、俺のことだよな。

 チラッと横目で俺を見たし。

 いちいち俺をこき下ろすのはやめてくれ。


「ララティちゃん。リラックスし……」


 ──ドカン。


 ツバルの言葉を遮るように激しい音がして、ララティの手のひらから炎が飛び出した。そして炎は一直線に木にぶつかる。

 遠すぎて音は聞こえないが、きっとメキメキと激しい音がしたんだろう。

 それくらいの勢いで木の幹が裂けて、中ほどの高さで木は真っ二つに折れた。


 転入生の実力はどれくらいなのか。

 そんな雰囲気で見物していたみんなが凍りついた。

 教官の先生ですら、信じられないといった顔で言葉を失っている。


 いつもは冷静なマリンですらも、さすがにこれには目を丸くして絶句している。


 そしてさっきまで軽口を叩いていたツバルは、青ざめて固まっている。

 そんな彼の横を、ララティはなにやら呟きながら通り過ぎた。


「世の中には上には上がいる。人をバカにするようなのはやめた方がいいぞ」


 うっわ、なんてこと言うんだよララティ。

 ツバルは領主様の息子だぞ。

 そんなふうにケンカ売ったら、この街では過ごしにくくなるじゃないか。


 ──と言いたいところだけど。


 ララティは俺のためにやってくれたことは明らかだ。


 うーむ、仕方ないヤツだなぁ。もしもツバルがララティに何かしようとするなら、俺は全力で彼女を守るぞ。


 …………なんてカッコいいことを考えた。

 だけど自信はない。とほほ。



= 魔王の娘、ララティ・アインハルト・ルードリヒ。自我じが亡失ぼうしつまで24日 =

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る