第9話:フックスがやって来た

***


 いつもの下校路を1時間歩いて、家に着いた。

 玄関先でララティが迎えてくれた。

 もう制服から普段着に着替えている。


「お帰りフウマ」

「ただいま。…って、あれっ? もう帰ってたの? 早いな」


 ララティは担任のローゼリア・ギュアンテ先生から話があると職員室に呼ばれていた。

 だから俺が先に帰ったはずなのに、もうララティが帰宅していて驚いた。


「うん。瞬間移動魔法を使ったからね」


 ──ズルい。俺なんて1時間も歩いて帰ってきてるのに。


 でもまあそれが、魔法力の違いのせいだ。

 羨ましいなら、俺も魔法を使いこなせよって話だ。

 そしてそれができない劣等生は、コツコツと努力をするしかないんだ。


「そっか。ところでララティ、突然キミが転入生としてやって来るなんてびっくりしたよ。なんであんなことしたの?」

「なんでって……ずっと家にいるのが退屈だったから。それにフウマが昼間、どんな生活をしてるのか知りたかったし。あたしがフウマの学校に入るとか、ダメだったか?」


 いや、ダメってわけじゃないけどな。

 でもそれならそれで、事前に俺に言ってほしかった。びっくりするじゃないか。


 それに『いったいどうやって転入を実現したんだ』とか、色々と言いたいことはあったんだけど。


 実際にララティの顔を見たら、何も言えなくなった。

 だってさっきの言葉を聞いたら、きっとこの子は寂しかったんだろうなって思ったから。

 そんな彼女の気持ちに気づいてあげられなかった自分に腹が立ったから。


「そういうことなら了解だ。キミができるだけ早く学院に馴染めるよう、俺も協力するよ」

「フウマはマリンって女と仲が良いのか?」

「は? なんだよ突然」

「質問に答えろ。仲が良いのか?」

「いや別に。今までろくに話したこともないよ。実際、今日初めて親しく話したって言っても過言じゃない」

「ふーむ……そっか」

「で、それがどうしたんだ?」

「……いや、なんでもない」


 変なヤツだな。なんでマリンのことを気にするんだろ。

 でも今日はマリンと険悪な雰囲気になっていた。あれは困る。クラスメイト同士、仲良くしてもらいたいものだ。


「ララティ。マリンと仲良くやってくれよ」

「はい、わかりました」

「あ、うん。ありがとう。よろしくね」


 ララティはわかってくれたようだ。

 うん、よかったよかった。


 ──その時。

 道路の向こうから、突然小さな動物が駆け寄ってきたのが目に入った。


「あ、あれは……フックス!」


 そう。今朝助けてあげた、黄色い毛並みの可愛い魔獣だった。

 俺の姿を見つけて、一心不乱に駆けてくる。

 そして近くまで来て、俺の胸元にぴょんと飛びついてきた。


「おおぅっ!」


 両手で抱きかかえる。

 モフモフした毛並みがくすぐったくも気持ちいい。


「すっかり元気になったんだな。よかった」


 俺の頬にフックスが顔をスリスリしてくる。可愛い。


「よく俺の家がわかったな。すごいぞ」


 そりゃもう、一生懸命探したんだよ。

 そう言いたげな感じで、フックスがまた顔をスリスリする。


「そうだフックス。お前、行く所がないならウチに来るか? 俺と一緒に暮らそうぜ」


 フックスは嬉しそうに、さらに高速で顔をスリスリ擦りつけてきた。

 これはもう、オーケーってことだよな。


「よし、決まりだ! 今日からお前はウチの家族だ」


 妹のカナも動物が大好きだ。

 さすがに魔獣は間近で見たことはないだろうし、もちろん飼ったことなんてない。

 でもこれだけ可愛いんだ。きっとカナは喜ぶぞ。


「フウマ、それは?」

「今朝道で倒れてるのを介抱してあげたんだ」

妖狐ようこフックスか。魔獣だぞ。飼うだなんて、フウマは怖くないのか?」

「なに言ってんだ。こんなに小さくて可愛いんだぞ。怖いわけがない」

「でもやがては大人になる。魔獣ってのは猛獣だ。魔族は彼らを従わせるすべを持っているからいいが、人間にとっては恐ろしい敵でしかないはずだ。

 普通は魔獣の子供を見つけたら、弱いうちに殺してしまうのが一般的だってフウマの本に書いてあったぞ。だからキミもそんなことはわかってるだろ」

「知ってるさ。だけど今のこいつは人間になんら害を与えていない。将来害を与えるかもしれないってだけで、か弱い存在を殺すなんて俺にはできない」


 ララティが真剣な表情で俺をじっと見つめている。どうしたんだろう。


「フウマ。もしも将来、そのフックスが人間を襲ったらどうするんだ?」

「魔獣も愛情を持って育てたら、心を通わせることができるって本には書いてある。そうなれば人間を襲わずに済むはずだ」

「それでも、もしもコイツが人間を襲ったら? このフックスは人間たちに殺されるだろう。そうなったら人間もコイツも不幸だ」

「そんなことはさせない。俺が命を張って止めるよ。コイツを不幸になんかしない」

「うぅぅ……そっか。わ、わかった」


 ララティはなぜか突然顔を赤らめて、下を向いてしまった。


「まあとにかくララティ、家に入ろうぜ」

「ん……ああ、そうだな」


 俺はフックスを抱えて家に入った。


「ああ~っっっ!! お兄ちゃぁぁぁん! そのもふもふな可愛らしい生き物はなぁにぃ~っ!?」


 俺の胸に抱かれる愛らしい生き物を目ざとく見つけた妹が、目を輝かせて駆け寄ってきた。

 予想通りカナも大喜びだ。よかった。


 ちなみにカナの提案により、この妖狐フックスには『レムン』という可愛い名前が付いた。

 フックスの毛と同じ黄色の果物『レムン』から取った名前だ。


 ううむ、レムンか。うん、めっちゃ可愛い名前じゃないか。気に入った。

 こうしてまた我が家には、新しい家族が増えたのである。


***

<sideララティ>


 夕食後、自分の部屋に戻って、あたしは鏡の中の自分を眺めていた。

 見た目は以前と大して変わらないあたし。


 見た目からして気が強そうだって、昔からよく言われた。

 美人だけど、女の子らしい可愛さが足りないって言われたこともある。


 はぁ? 何言ってんだか。可愛いなんて思ってもらわなくて結構。

 そんなふうに思っていた。


 なのに今、あたしは思っている。

 ──フウマから見て、あたしって可愛いかな?


 なんでそんなふうに思うんだろう。


 確かにあたしは『眷属の呪い』のせいで、フウマの命令には強制的に従ってしまう。

 だけどそれだけじゃなくて、彼の言葉に従う喜びを感じている。


 これっていったいなんなのだ?

 眷属の呪いの、副作用みたいなものか?

 いや、そんな現象は聞いたことがない。違う気がする。


 じゃあなぜ、あたしが他人の命令に従って喜んでいるのだ?

 あたしは自由気ままな魔王の娘だぞ。おかしいではないか。


 ──なんてぐるぐるとフウマのことを考えていたら、ふとさっきの彼を思い出した。


 フウマはフックスを愛情を持って育てるって断言した。

 人間には忌み嫌われる魔獣を、だ。

 なんて優しいヤツなんだろうかと思った。


 しかも、もしもフックスが人間を襲おうとしたらと問うた時のフウマは──


『そんなことはさせない。俺が命を張って止めるよ。コイツを不幸になんかしない』


 ああ、ダメだ。フウマのカッコいいセリフと表情が頭の中に甦った。

 なんて優しくて頼りがいがあって、カッコいいのだ。


 胸がきゅんきゅんする。

 この感情はなんなのだ?


 それから今度は、なぜかマリン・モンテカルロの姿が頭に浮かんだ。

 ムカつく女だ。


 なぜフウマに近づくのだ?

 なぜあたしとフウマが一緒にいるところを邪魔するのだ?


 ……あ、いや。

 なぜ彼女にムカつくのか、それが自分でもわからない。

 でも、とにかくムカつくものはムカつく。


 だけど──フウマからは、彼女と仲良くするようお願いされてしまった。

 眷属の呪いのせいで、素直に『わかりました』と答えてしまったが。


 それだけでなく、マリンと仲良くしなかったらフウマに嫌われてしまう。

 だからがんばって彼女とは仲良くするようにしよう。


 ──そう思った。


 そして今夜もフウマが寝入った後に寝室に忍び込み、あたしの魔力を流し込む実験をしてから眠りについた。



= 魔王の娘、ララティ・アインハルト・ルードリヒ。自我じが亡失ぼうしつまで25日 =

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