第5話:三大貴族のお嬢様、マリン

 俺が暮らすのはサークランド王国の中でも王都から遠く離れたクバル領と呼ばれる地。

 昔から魔法が盛んで、魔法使いの育成に熱心な土地柄だ。理由は定かではないが、200~300年前に魔王を倒すような大魔導師がこの地に住んでいたからだと言われている。


 そんな土地柄もあって魔法教育に熱心で、希望さえすれば平民でも、公立のクバル魔法学院に通わせて貰える。

 他の地域からしたら羨ましくて仕方ないであろう制度のおかげで、俺みたいな、親を亡くして貧乏な子供でも学校に通えるのだ。


 クバル魔法学院は街の中心部にある。

 そして俺の住む村は、街から遠く離れた田舎だ。

 だから毎日、たっぷり片道1時間は歩いて通学している。


 貴族の人達は馬車で通うけど、平民の俺は歩くしかない。

 けれど何年も続けてるおかげで、体力はかなりついた。

 うん、そうだよ。前向きに捉えておこう。


 ──ってなことを考えながら郊外の道を学院に向けて歩いていたら、道端に小さな動物が倒れているのに気づいた。


「あれは……」


 黄色い毛並み。尖った鼻。くるんと巻いたふさふさの尻尾。キツネによく似ているが、魔獣『妖狐ようこフックス』の幼体だ。


 実物を見るのは初めてだけど、図鑑で見た通りの姿だから間違いない。


 それにしてもこの前の狼の魔獣フェンリルと言い、このフックスと言い、最近はちょこちょこと魔獣を見かける。

 この地方には、以前はほとんど魔物なんてみかけなかったのになぁ。


「ケガしてるのか?」


 近づいてみると、ソイツは黄色い毛に赤い血が付いてぐったりしていた。

 横には血が付着した石が落ちている。馬車が跳ねた石に直撃されたようだ。可哀そうに。


 妖狐フックスは大人になると恐ろしい魔獣だけど、コイツはまだ子供だ。愛らしい姿をの当たりにしたら放ってはおけない。


「待ってろ」


 幸いすぐ近くに森がある。この森には、薬草となる植物が群生している。

 俺は森に入り、良さそうな草を集めた。


 俺は魔力が弱くて雑魚ざこな分、魔法の勉強はがんばってやってきた。だから魔法薬学も得意分野だ。


「うーん、あまり強力な薬草はないな」


 だけど仕方ない。

 集めた薬草に両手をかざして、少しでも薬効を高めるために治癒魔法を送り込む。


 俺は魔力が弱いから大した効果はないけれど、まあ気は心だ。

 何もしないよりはマシだろう。


 そして薬草を手に、フックスが倒れていた場所に戻る。

 しゃがんでフックスの毛を手で撫でた。


「薬草を塗ってやるからな。少しは治るとおもうからがんばれよ」


 薬草を手ですり潰し、傷に塗ろうとしたその時。

 背後で馬車が近づく音がして、すぐ後ろに停まった。

 振り返ると、赤い髪を左右にツインテールにした女子が馬車から降りてきた。


 俺が通うクバル魔法学院の制服を着た、青い目の美しい少女。姿勢が良くて、気品あふれる立ち居振る舞い。

 あれは──同じ学年のマリン・モンテカルロ。


 3大貴族の一つ、モンテカルロ伯爵家の一人娘。当地の貴族の中でも身分が高い、正真正銘のお嬢様だ。

 俺とは同級生だが、その立場は天と地ほど違う。


「あら。それは、フックスかしら?」

「ああ、そうだよ」

「へぇ、珍しいわね。ケガしてるの?」

「うん。だから薬草で治療しようかと」

「そうなの。邪魔してごめんなさいね」


 普段はほとんど話したことはない高嶺の花。

 学院でもトップクラスに人気で、その美しい容姿や人柄にはファンが多い。


 そんな彼女がなぜ登校中に、馬車を停めてまで声をかけてきたのか。

 気になるところだけど、今は悠長にそんなことを気にしている暇はない。

 とにかくフックスの治療が先決だ。


 俺は手にした薬草をフックスの傷口に当てた。そして手のひらをかざして、再度治癒魔法を送り込む。


傷を治す魔法ウォンデン・ハイレン


 手から白い光が現われ、フックスを包み込む。

 まあ俺の弱い魔法でも、少しは元気になるだろう。


 そう思って見ていたら、突然フックスがしゅっと立ち上がった。

 傷は完全に癒えている。


「ありゃっ?」


 なんだこれ?


「あら、すごいわね。あなたフウマ君よね」

「……え?」


 顔のすぐ近くでマリンの声が聞こえて横を見ると、目の前に綺麗な顔があってびっくりした。


「ふわぅっ……」

「あらごめんなさい。驚かせた?」


 どうやら彼女も、興味深くフックスを覗き込んでいたらしい。


「いや、大丈夫だ。変な声を出して悪かった」


 大丈夫だって答えたけど、ホントはドキドキしすぎて、心臓が口から飛び出そうだ。

 あんな美人を間近に見たのは初めてだし、すごくいい匂いがしたんだから。


「いいえ。びっくりさせた私のせいよ」


 三大貴族の一つ、モンテカルロ家のご令嬢。

 しかも超成績優秀で、将来は間違いなく大魔術師になるであろうと期待されている。

 才色兼備という言葉は、まさに彼女のためにあるのだろう。


 そんな、いつもは遠目に見るだけの高嶺の花を、初めてこうやって近くで接してみて気づいたことがある。


 ──この人、すごくいい人だ。


 貴族の多くは平民を見下げる態度を取る。

 まあそれは身分の差だから仕方ないと思うけど、モンテカルロさんからはそんな態度は微塵も感じない。


「フウマ君って、失礼ながら魔法実技の成績はあまり良くなかったわよね」


 真摯な態度だから、こんなことを言われても、まったくバカにされた感じがない。


「いや。あまりどころか、超落ちこぼれだよ」


 俺は魔法が好きだし、勉強は熱心にやってきた。だから知識はあるし技術的なこともそこそこだ。だけど魔法量が圧倒的に足らな過ぎて、学院での成績は完全な落ちこぼれ。

 他の生徒には「頭でっかちの落ちこぼれ」なんて呼ぶやつもいる。


「あら。えらく謙虚なのね」

「謙虚なんかじゃないよ。事実だよ」

「確かに、成績は良くなかったと記憶してるわ。だけど今の治癒魔法は、素晴らしかったじゃない。もしかして学校では実力を隠してるの?」

「そんなことないよ。さっきのはたまたま薬草が良かったんだよ」

「そうかなぁ……?」

「そうだよ」


 マジで謙遜してなんかないよ。俺の魔力は雑魚なんだから、薬草のおかげに決まってる。


「まあいいわ。ところでフウマ君って優しいのね」

「え? 別に優しくなんかないぞ」

「だって道端に倒れている魔獣をわざわざ助けるなんて」

「わざわざって言うか……なんとなく見過ごせなかっただけだよ」

「ねえフウマ君。知ってる?」

「何を?」

「そう言うのを、世間では『優しい人』って言うのよ」

「そんなことないって。買い被りすぎだ」

「ううん。『薬草を塗ってやるからな。少しは治るとおもうからがんばれよ』。こんなことを動物に語れる男。なかなかいないわよ」

「くっ……」


 臭いセリフを聞かれてた!

 一言一句、再現しないでくれ!

 めっちゃ恥ずっ!!

 顔が熱い。


「ふふふ。可愛い」

「へ?」


 うわっ、なんだこれ。さらに恥ずかしい。


「からかうなら、さっさと行ってくれ」

「あ、ごめんなさい。決してからかうつもりじゃなかったの」


 マリンは眉をハの字にして、申し訳なさそうにしてる。本当にからかうつもりはなかったようだ。


「まあ、いいよ。でも早く学校に行かなきゃ遅刻しちゃうぞ」

「そうね。あなたもね」

「俺は大丈夫だ。どっちみち落ちこぼれだ。だけどモンテカルロさんみたいな優等生は遅刻しちゃダメだ」

「マリン」

「え?」

「モンテカルロさんなんて堅苦しい呼び方はやめて。マリンでいいから。その代わり私もフウマと呼ばせてもらうわね」


 マリン・モンテカルロは素晴らしい人格者だと、学校でも評判だ。

 人を身分で分け隔てしない。誰にでも優しい。フレンドリーで親しみやすい。

 その上とても美しくスタイルも抜群。メリハリがついた、と言うのか。胸は大きく腰は細く、そう言った体型だ。


 だから我が学院でも屈指の人気女子なのだ。


 でも正直に言うと、人格者だなんてホントかよと疑ってた部分もあった。

 だけど噂通りの素晴らしい人だった。


「ありがとう。でも遅刻はダメだから、マリンは早く行きなよ」

「そうね。じゃあフウマも私の馬車に乗ってよ」

「は?」


 なんか今日の俺。『は?』とか『え?』とか『へ?』とか。

 びっくり声が多すぎるな。それだけマリンには驚かされている。


「いやいやいや、それはないでしょ。平民の俺が貴族の馬車に乗せてもらうなんて」

「だから、そんな遠慮はいいから。遅刻はダメでしょ。だから早く乗って!」


 いきなり手首をグイっとつかまれて、馬車に連れ込まれた……いや、乗せてもらった。

 そしてそのまま魔法学院まで行ったのだけれど。


 学校でも評判の貴族令嬢に馬車に乗せてもらって、平民の俺が登校するなんて。

 そりゃもう嫉妬の嵐が吹きすさぶに決まってる。だから気が気でない状態で馬車に揺られている俺だった。


「うふふ」


 そんな俺を、なぜかマリンは楽しそうに見ていた。


 ちなみに彼女が馬車を停めたのは、倒れた魔獣を俺が介抱してるのに気づいて、気になったかららしい。

 そんなことをする者はなかなかいないからだそうだ。


 だからと言ってそんなことでわざわざ登校途中の馬車を停めるなんて。


「ねえフウマ。初めて気づいたけど、あなたってとても興味深い人よね」


 そして俺のような平凡すぎる男にそんなことを言うなんて。


 ──なんとまあ、好奇心旺盛なお嬢様だこと。



= 魔王の娘、ララティ・アインハルト・ルードリヒ。自我じが亡失ぼうしつまで26日 =

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