第3話:フウマの妹・カナ ~sideララティ
「ところでララティは、なぜ突然ここに来たの?」
「それは……キミがどんな人なのか知りたかったからだ」
ホントでもあり、嘘でもある。
真の目的はコヤツをコロすこと。
「なるほど。でも僕のことなんか知っても、なにも面白くないぞ」
「そうなのか?」
「ああ。俺は魔法学校に通ってる学生だけど、才能がなさ過ぎてさ。このままじゃ将来は魔術師になんてなれない、落ちこぼれ学生なんだ」
「ほぉ……」
確かに、あたしも既に見立てたとおり、コイツの魔力は微々たるものだ。
せめてフウマの魔力が強大なら、『眷属の呪い』を解除する魔法を使えるのに。
「魔法はどれくらい学んでいるんだ?」
もしも学び始めてまだ間もないなら、これから伸びる可能性もなくはない。
「6年……かな」
こりゃダメだぁ。そんなに学んでるのに、この微々たる魔力か?
フウマって魔法の才能ないんだな。
「この国では10歳になったら学校に行き始めるんだ。そして丸7年で卒業。俺は今16歳になったばっかりで、あと1年で卒業」
「なるほど」
6年間学んでこれなら、あと1年で急成長する可能性は限りなくゼロだ。
「あはは。ララティはすごい魔法使いのようだから、わかってるんだろ?」
「なにが?」
「俺に魔法の才能がまったくないってことを」
あたしは何も答えられない。
現実を刃物のように彼の喉元に突きつけるのは気が引ける。
だからと言って、慰めにもならないお世辞を言うのなんて意味がない。
「魔法を学ぶのは一生懸命やってるけど、魔力が低すぎて、まったく役に立たないんだよ。あはは」
ちょっと寂しそうなフウマ。
あれだけ魔法関係の勉強をしているんだ。本当は魔法をちゃんと使いたいに違いない。
「でもまあ俺の夢は『世界一の大魔法使いになる』だ」
は? ちゃんと使うどころか、世界一の魔法使いだと? あはは、アホか。
なかなか身の程知らずなヤツだな。
「あれっ? そう言えば、カナの帰りが遅いな」
「カナ?」
「ああ、俺の妹。魔法学院の1年生。ちょっと遊びに出かけてるんだけど、もう帰ってきてもおかしくない時間なのに」
「ふぅーん。なんかフウマって、妹大好きって顔してるな」
「おう! たった一人の兄妹だし、大好きだよっ!」
「そうか」
あたしには兄がいる。昔、あたしをとても大切にしてくれて、大好きだった兄だ。
そんな兄の面影がフウマに重なって見えて、胸がきゅっと締め付けられた。
フウマが「ちょっと様子を見に行きたい」と言うので、あたしも一緒に家を出た。
そして村を出て、近くの森に入って行く。
森の中を歩くフウマの背中を見て、あたしはいったいどうすべきか葛藤していた。
人間を殺すなんて、元々はやりたくない。
だけどフウマを殺さないと、自分が実質的に死んでしまう。だからやるしかない。
だけど、フウマはいいヤツだ。ホントは殺すなんてしたくない。だけど──
そんなふうに同じことをぐるぐると考えながら、フウマの後をついて歩く。
妹のカナは花が好きで、森に花摘みに行くと言って出かけたらしい。
見通しが悪い森の中なので、フウマが大きな声を出した。
「お~い、カナぁ! どこだぁ~!」
フウマの声が、森の木々に反響する。
なんとなくどんよりと湿った空気。嫌な予感がする。
「あっ、お兄ちゃぁ~ん!」
妹の声が聞こえた。そして手を振って近寄って来る小さな女の子が見えた。あれがフウマの妹か。
フウマもカナの方に向かって駆け寄る。
何ごともなくてよかった。
──と思ったのも束の間。
邪悪な気配が近づくのを感じた。
「ぐぉるるるるるぅっっ!!」
獣の咆哮が響き、少し離れたところにバカでかい狼の姿が現われた。
逆立った毛。あれは魔獣フェンリル。
獲物を見つけた、ぎらついた目をしている。
「フウマ! 危ないっ! カナが狙われてるっ!」
狼の魔獣が身体の大きさに似合わない俊敏さで走り、カナに迫る。ドズン、ドズンという足音が響く。
「カナっ!」
フウマはカナの前に立ち、両手を広げた。
大型獣フェンリルからの攻撃を、たかが人間の肉体で止められるわけがない。
しかもフウマの持つ魔力は弱すぎる。対抗できる魔法も持っていないはずだ。
このままではフウマはフェンリルの鋭い歯の餌食だ。
「逃げろ、フウマ」
そう叫びかけて、あたしはぐっと言葉を飲み込んだ。
──このままフウマが死んだら、あたしは『眷属の呪い』から解放される。
そんな考えが頭をよぎる。
しかし身体を張ってカナを守ろうとするフウマの後ろ姿を見て、ふと懐かしい記憶が甦る。
あたしは子供の頃、弱くて何度も身の危険に晒される経験をした。その度に兄が身体を張って、あたしを助けてくれた。
大好きだった兄とフウマの後ろ姿が重なる。
カナの怯える姿と、あたし自身が重なる。
狼の魔獣が二人に迫る。
ダメだ。カナちゃんのためにも、フウマを死なせるわけにはいかない。
バカみたいに素直にあたしを信頼してくれて、歓迎してくれたいいヤツ。
彼を死なせるわけにいかない。
さっきまで彼を殺そうと考えていたことがまるで嘘のように、あたしは何も考えずに右手を前に掲げていた。
「我が
右手から凄まじい勢いの炎が放たれ、波状になってフェンリルを囲む。
「ぐぉぉぉぉーんんんっっ!」
フェンリルは激しい咆哮を上げて、炎に包まれて消滅した。
危機が去って、カナを抱きかかえたフウマがあたしの所に戻って来た。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
妹ちゃんがあたしに抱きついてきた。
ん……なんかこういうのっていいな。
「すごいなララティ! 助けてくれて本当にありがとう!」
泣きそうな顔のフウマ。
彼の役に立てたって思うと嬉しくて、胸がきゅんとした。
いや、これはきっと『眷属の呪い』のせいだ。
「それにしても俺って情けない。ホントなら自分の力で妹を守らなきゃいけないのに」
「まあ、仕方ないだろ。あの大きさのフェンリルなら、かなりの魔法の使い手じゃなきゃ、人間なんて相手にならん」
「そうだよな。だからこそ……俺は妹を守れる人間になるためにも、世界一の魔法使いになりたいんだ」
──あ。さっきは身の程知らずなヤツだなんて、バカにしてしまったけど。
妹のためだと?
くっ……あたしの前でそんなことを言うなんて、ズルいぞフウマ。
フウマがキラキラ輝いて見える。胸の奥が甘酸っぱくなる。
なんなのだ、この感覚は?
今まで経験したことのない感覚。
やはりこれは、眷属の呪いの副作用に違いない。
「あんな恐ろしい魔獣が現れるなんて。この辺りは割と平和だったのに、なにか良からぬことが起きる予兆なのかな」
フウマがブツブツとつぶやいてる。
そうか。もしかしたら、アイツらが行動を始めたのかもしれない。
そんなことを考えていたら、フウマの身体から、今まで感じなかった魔力を感じた、
「……ん?」
「え? ララティどうしたの?」
「いや……なんでもない」
本当は、なんでもなくはない。
さっきあたしが放った膨大な量の魔力が、なぜかフウマの身体の中に少し取り込まれているようだ。
フウマはまったく気がついていない様子だけど。
これはいったい、どういうことだ?
「じゃあララティ。家に帰ろう。お礼に食事を作るよ」
「わーい、お姉ちゃんと一緒にご飯だぁ!」
嬉しそうにあたしの手を引っ張るカナに気を取られて、フウマがあたしの魔力を取り込んだことについて考えることは一旦やめにした。
= 魔王の娘、ララティ・アインハルト・ルードリヒ。
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