第2話:追いかけて来た彼女 ~sideララティ

 全身の感覚を研ぎ澄まし、あたしに眷族けんぞくの呪いをかけた、にっくきヤツの存在を感知する。

 眷属になったせいで『あるじ』の存在は簡単に感知できる。


 街のはずれに小さな農村がある。

 そこにヤツの気配を感じる。


瞬間移動の魔法ヴェーゲン!」


 瞬時にその村の近くに移動した。

 あたしは眷属の呪いにかかっているから、もしアイツに何かを命令されると、逆らうことはできない。

 だからくれぐれも注意して行動しなくちゃいけない。


 そう自分に言い聞かしてから、村に足を踏み入れた。

 質素な木造の家が建ち並んでいる。

 この中にきっとヤツの家があるのだろう。どこだ?


 ヤツの気配を感知しながら、探して歩く。


「ん……ここか」


 周りを畑に囲まれた小さな家の前で立ち止まった。

 この中からヤツの気配を感じる。


「あわわわっ! まっ、魔族だぁ!」


 たまたま通りがかった少年に叫ばれた。

 しまったな。せめてツノを隠しておけばよかったか。

 この姿だとすぐに魔族だと気づかれてしまう。


「た、助けてぇ! 殺さないでぇ!」


 青ざめた顔でブルブル震えてる。

 まだ子供だ。怯えるのも当然か。


「待て少年。あたしは……」


 ──別に殺す気などない。

 そう言おうとした瞬間。


「くおらぁぁぁ! 立ち去れ魔族っ!」


 たまたま通りがかったくわを手にした中年男が、大声を出して襲いかかって来た。

 仕方ない。本意ではないが、痛い目にあってもらうしかないか。

 空気圧を飛ばす魔法を発動しようと、片手を上げたら──


「コバさん待って! そいつは悪いヤツじゃない!」

「……え?」


 家から飛び出してきたヤツ・・が叫んだおかげで、コバと呼ばれた男が鍬を下ろした。


「そいつは俺の知り合いなんだ。ララティだよ」

「なんだフウマの知り合いか。それなら大丈夫だな。悪かったよララティ」

「え、いや。こちらこそ驚かせてすまなかった」

「ララティ。まあウチに入ってよ」

「ん……ああ、わかった」


 コイツの名前はフウマか。

 それにしても世間知らずなヤツだな。

 魔王の娘だと明かしたあたしを、疑いもせずに家の中に招き入れるとは。


 魔族は冷酷で残忍で人を殺すことなんてなんとも思っていない。

 普通の人間はそう思っている。なのにコイツは──


「なあララティ」


 家に入って、リビングでフウマが話しかけてきた。


「なんだ?」

「キミはマジ魔族なのか?」

「そうだ」

「そっか……じゃあさ」


 だから何だと言うのだ。

 だったらあたしを殺すと言うのか?


 いくら無益な殺し合いは嫌いなあたしでも、命を狙われるとなると話は別だ。

 返り討ちに合わせてくれるわ!


「魔族ってお茶飲む?」

「……は?」


 こやつはナニを言ってるんだ?


「いや、俺さ。魔族が何を飲むのか、全然知らないから」

「飲むぞ。普通に人間が飲み食いする物は、たいがい大丈夫だ。人間も魔族も大して変わらない」

「そうなんだ。じゃあお茶を入れるから、そこの椅子に座って待ってて」

「えっと……なんで? あたしは魔族だぞ? なんで『熱烈歓迎』みたいなことをされてるのだ?」

「だってせっかく来てくれたんだから、お茶くらい出すのが礼儀でしょ。魔族とか人間とか関係なしに」


 うう……調子狂うヤツだな。


 やはりフウマは、魔族が人間社会では恐れられている存在だと知らないようだ。

 無知にもほどがあるぞ。コイツ、悪いヤツに騙されないか心配になってきた。

(って、殺すつもりでやってきたあたしが言うことではないが。)


 とりあえず、フウマが勧めてくれた椅子にかけて待つことにした。


 こぢんまりとした部屋の中を見回す。

 壁際には木製の本棚がずらりと並んでいる。


 質素な家に不釣り合いなくらい、多くの本が並んでいる。

 かなりの勉強家と見えるな。


 棚に並ぶ本の背表紙を見ると、その多くが魔法に関するものだ。

 魔法学。魔法の歴史。魔法薬学。黒魔法のすべて。白魔法のすべて。

 何冊か手に取ってみたら、どれもがかなり読み込まれている。


「……ん? これは」


 目についた一冊。『これで完璧マスター・魔族について』。

 パラパラとめくってみると、そこには魔族についての知識が羅列されていた。


 いわく、魔族は残忍で冷酷である。

 いわく、魔族は強大な魔力を有している。

 いわく、魔族が口にする言葉は信頼ができず嘘が多い。

 いわく、魔族は魔獣を操り、人間を攻撃する。

 いわく……同じようなことがたくさん書かれてるから以下略。


 ふむ。この本も相当読み込まれているな。

 つまりフウマは魔族の恐ろしさを知らずに、あたしを家に招き入れたわけではない。

 知ったうえで、それでもなおかつ、警戒することもなく家に入れたのだ。


 ──なぜだ?


「ララティお待たせ。お茶どうぞ」


 テーブルの上にことりと食器が置かれる音がした。

 振り返るとフウマが笑顔であたしを見ていた。


「なあ、貴様」

「フウマ」

「ん?」

「俺の名前はフウマ。貴様じゃなくて」

「あ、ああ、すまん。なあフウマ」

「なに?」

「あたしが怖くないのか?」

「えっと……」


 フウマは少しだけ考え込む素ぶりを見せた。

 しかしニコリと笑みを浮かべる。


「最初はめっちゃ怖かったけどな。今は別に」

「あたしがキミを殺そうとしてるとか、疑わないのか?」

「うん、疑わない」

「なぜだ?」

「なぜって、ララティっていいヤツだと思うから」

「は?」


 あたしの人生の中でも、人間と関わった経験はそう多くはない。

 だけども今まで人間に『いいヤツ』だなんて言われたことはない。魔族に向かってそんなことを言う人間は、まあ普通じゃない。


「なんでそう思う?」

「だって今も俺が『俺の名前は貴様じゃなくてフウマだ』って言ったら、素直に謝ったじゃん。そんなのいいヤツに決まってるだろ」

「くっ……」


 なんだこれは?

 なんだか、からかわかれてるようで、素直に喜べない。殴ってやりたい。

 だけど顔が熱くなって、胸がドキドキしてるのはなぜなのだ?


「ま……まあな」


 魔族は全員が残忍で冷酷非道だと人間は思っているが、実は魔族の中にもほんの少数派ながら、穏健派がいる。人間との共存を模索している勢力もある。


「でもまあララティって、怒らせるとめっちゃ怖そうだけどな」

「……はぁぁぁっ?」


 さっきは褒めといて落とすか!?

 こいつムカつく!


「うわっ、ごめん!」


 あたしは、もの凄い形相をしていたんだろう。

 あまりにビビるフウマを見たら、少し悲しくなってしまった。


「いや、いいよ。そんなにビビるなフウマ」


 あたしは穏健派だ。理由もなく人間を殺したりはしない。


 だけど……今回は事情が違う。

 フウマを殺さなければ、30日後にはあたしの自我が無くなってしまう。

 つまり実質的に、あたしが死んでしまうのだ。


 だからフウマには大変申し訳ないけれども。

 あたしは、

 キミを、

 殺さないといけないのだ。



= 魔王の娘、ララティ・アインハルト・ルードリヒ。自我じが亡失ぼうしつまで30日 =

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