第10話 どくはく

チリリン


バイト先である喫茶店に入る。


何処かフワフワしていたせいか普段歩いていたら道なのに初めて歩くような不思議な感覚だった。


「いらっしゃ…お前か。」

「……」

「まぁ、なんだ。

取り敢えずそこに座れ、何か作ってやる。」


1発殴られる覚悟をしていたのに、店長は俺の姿を見て目を見開いて困った様子で頭を掻いていた。


「「……」」


店長が料理する音以外が聞こえない、無言の時間が過ぎる。


「ほら食え、サンドイッチだ。」

「ありがとうございます。」


食パンにレタスとハム、マヨネーズと塩で味付けされた極々普通のサンドイッチ。

普通すぎて店で食べる程ではない、店長の微妙過ぎるサンドイッチ。


「何があったのかは聞かねぇ、そんなもんはニュースを見ればなんとなく察せれるからな。

だがまぁ、俺からはなんも言わねえけどお前の独り言ぐらいは聞いてやるし、聞かれれば答えてやるよ。」


不器用な優しさだ。

サンドイッチを1度置いて店長に向かって独り言のように話していく。


「店長が初めて会った俺は大学生のときだったから知らないと思うんだけど、それより前の俺ってこの世界が漫画みたいに見えてたんだ。

この世界に生きる人がキャラクター、俺は主人公、みたいな感じで色々と好き勝手やってた。」


転生の部分は流石に言えないけど、ここまでの事を人に話すのは初めてだ。


「あの時は俺の行動が善側だと思っていたけど、とあるキッカケで目が覚めた。

この世界は現実で、この世界に居るのは生きた人だって事に気付いたんですよ。」


そう気づいたら関わり方が分からなくなった。

そもそも自分がどんな感じだったのかすら分からない、あの日から俺は元の自分を探して交友関係もかなり変わった。


「なんというか、人が何を考えてるのかわからなくなっちゃったんです。

その前はこう思ってるだろ!って決めつけてたせい、生きている人がどう思ってるかなんて現実では分からない。」


あー、何を言いたいんだ俺は…


「須本さんもそうです。

行動や言動では俺の事を好いていましたが、様子が少しおかしかった。

感情や感覚がないみたいな事も言っていて…」


ダメだ頭がこんがらがって来た。

自分自身の振り返りに近い思考ならできるのに、須本さんについて考えようとすると思考が支離滅裂になる。


「えっと、つまりは…」


今の須本さんの状態に罪悪感を感じていたのか?


いや、それはおかしい。

人として見ていなかった時の事ならともかく、あの状態と俺が罪悪感を感じるところに関連性が無い。


1番似ているのは罪悪感なのだが少し違う気もする。


ならこれはなんだ?


「俺は須本さんに対して、大きな感情を持っていて…

それが、分からない…」

「お前な。」


質問したわけでは無かったが店長が反応した。

1人で考えても判明しないことだけはわかる、店長がこれから言うことで判明するかもしれない。


僅かに期待のこもった視線を向けた。


「お前はさ罪悪感まみれだったんだよ。」

「ぇ…?」

「俺の店にバイトとして応募してきて、面接で見た時はびっくりしたよ。クソイケメン野郎がめっちゃ罪悪感を抱え込んでるってな、それを感じ取って俺はお前を雇ったんだ。」


俺の本心を見抜いていたのか、まさか店長にそこまで人を観察する力があるとは…


「この店で雇ってから俺はお前の罪悪感まみれの感情以外、殆ど見たことがない。

だがな、ゆみちゃん関係のニュースが流れる時には、かなりの高確率で罪悪感以外の感情が見えた。」


それは店長は知っているんだろうか。


「知りたいか?」

「はい…」

「俺も知らん。」

「は?」


一気に気が抜けた。

やっぱり店長は店長だった。


「1つだけ言えるとすれば、マイナスな感情じゃない事は確かだ。

お前なんかキャラクター云々言ってたが、須本さんはどんな役割だったんだろうな。」


役割…

盲点だった、思い出したくない記憶として封印していたから気づかなかっただけで、俺が須本さんにだけ別の感情を抱く理由はそこにあるのかもしれない。


「おっ、良い顔になって来たじゃねぇか。」

「ありがとう店長、大切な事に気づける気がする。」

「まっ、今日は暇だしバイト入らなくても良いからゆっくりしていけや。」

「いつも暇じゃん。」

「言ったなこの厨二病野郎が!」


少しだが余裕ができた。


目を瞑り椅子に寄りかかりながら過去を思い出していく。

俺が転生し、須本さんと初めて会った日のことを。



ーーーーー


「全く手こずらせやがって。」

「まぁまぁ、お気持ちはわかりますが無事に見つかったのですから…」

「チッ、あーってるよ。

やっと手に入ったんだからな。」


ホテルの最上階、そこを歩く日本ランキング1位の高橋とスーツを着た老人。


「爺さんには感謝してるぜ、何かあれば俺に言ってくれなんでも解決してやる。」

「ほっほ、それはありがたいですね。

そのお願いの使い所はしっかりと考えなくては。」

「そんなこと言うなよ。

俺を雑に扱った女を手に入れられるんだ、一度とは言わず頻度さえ考えてくれりゃ何度でも叶えてやる。」

「それはそれは、ありがとうございます。」


この2人を端的に表すならば、強力な武力と強大な権力といえる。

そして話の内容からもわかるように、お互いがお互いを利用する良い関係を築いている。


「それでは私はここで。」

「あぁ、健康には気をつけろよ。」


2人がわかれ高橋が厳重に施錠された扉を開けた。


「よぉ、相変わらず外面との違いがやばいな。」

「………」


中には冷たい表情の須本が部屋に入って来た高橋を睨むように見ていた。


「それにしても明日の結婚式、楽しみだな。」

「………」

「お前も好きな人とやらに寝てる隙をついて公園に捨てられたんだろ?未練は無くなっただろうしよかったな。」

「………」

「チッ、いつまでその態度で居られるかな。」


何も話さない須本にイラついたのか扉を勢いよく閉めた。




「バカなんだな、ほんと…」


部屋に冷え切った声が響いた。

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