第9話 コクハク
気まずい空気になってしまった。
いや、俺が須本さんに対して一方的に気まずさを感じているだけかも知らないが、この空間は少し過ごしにくくなってしまった。
「お菓子作ろうと思うんだけど、クッキーとドーナツだったらどっちが良い?」
そんな空気を察してかはわからないが、須本さんからは少し無理してるような雰囲気を感じる。
これも俺の勘違いかもしれないが…
「あー、ゆみちゃんの好きな方でいいよ…」
「そっか〜、わかった!」
パタパタとキッチンへ向かっていく。
「待った。」
「ん?」
いや、俺が待て。
何故急に引き止めた?!
「なに〜?」
理由なんて無い、だって俺自身でもなんで呼び止めたのかわからない。
無意識に須本さんを引き止めていた。
「……」
「恭助、大丈夫?」
何か思いつけ俺、此処で引き止めたそれっぽい理由を!
「…俺も、一緒に作りたいなって。」
「私も作りたい!やろうやろう!」
今の俺は冴えてる。
腕を引っ張られて一緒にキッチンへ。
「結局どっちを作る事にしたんですか?」
「ドーナツ、チョコレートついてる奴を作る予定だよ。でもドライフルーツとかもあるし、アレンジしよう!
作り方なんだけど、まずはーー」
ドーナツの作り方を説明しながら、手際よく薄力粉などの材料を準備していく須本さん、対する俺はボウルを手に持ち立っているだけだ。
「薄力粉とベーキングパウダーをふるいにかけて。」
「はい。」
「終わったらひとまず粉は放置で、他のボウルに卵、グラニュー糖、牛乳を入れてその都度混ぜる。」
「はい。」
「粉を加えてよく混ぜる、切るように混ぜるのがコツだよ。
そしたらラップで包んで冷蔵庫で1時間放置!」
「はい。」
はい…
ドーナツ作りの第一段階は終了。
…なんか自分が情けねぇよ、ドーナツ作りの行動の全てが須本さんの指示で自分じゃなにもできなかった。
「楽しかったねぇ〜。」
「さいですか…」
「なんでもできちゃう完璧な恭助でも少し苦手なことはあるんだね!もっと好きになった、結婚しても役割分担ができるね!」
妄想の中にトリップしていく須本さん。
俺は何もできなかったけど、須本さんが楽しそうならそれでいいか。
トリップした本人は少しカオスな事になっていた。
「えへへ、えへへへへ…」
両手を頬に当てて少し怪しく笑ってる。
流石の俺でも距離を取りたくなるが、そんなことはしない。
素人すぎる知識だが、感覚を失っちゃうなんて莫大なストレスが原因だろうし、須本さんの様子を見る限りでは俺と過ごしていくことで多少はマシになるみたいで離れれば何が起こるかわからない。
自暴自棄になっちゃうかもだし、悪堕ち的なのをするかもしれない。
「…ねぇ、恭助。」
「ん?なんですか?」
トリップから須本さんが帰ってきたと思えば急に真面目な顔で話しかけてきた。
(あぁ、来てしまった。)
なんとなく、そんな感じがした。
そう、この生活が終わる時だ。
「私と一緒に逃げて、共に生きてくれませんか?」
その言葉はまるで告白のようで、須本さんの綺麗な瞳には一切のおふざけもなく、ただ真剣で…
「ごめん…」
そんな視線が俺には怖かった。
「……わ、わかった。」
泣き出しそうな須本さんに罪悪感が湧き出てくる。
「うん、わかってた…
巻き込んで…ごめんね……」
涙が溢れるのを見たのとほぼ同時、俺は意識を失った。
ーーーーー
ピピピ ピピピ
「ん…?」
自宅のベットで目が覚めた。
須本さんと2人きりの生活は夢だったのではないかと思う程、普通に目が覚めた。
「……」
窓から見える外は清々しいほど天気が良いのにも関わらず、俺の気分は最悪だ。
いつものモーニングルーティンをやってみる。
「酷い顔だな…」
神様にもらった超絶イケメンフェイs……何考えてるんだ俺は…
そういう事からはキッパリ卒業したはずなのに、鏡に映る今にも倒れそうな自分の顔を見て、思わず転生したての時の思考が出てきてしまった。
「はぁ…」
髭を剃りリビングへ。
あまり物の無い簡素なリビングにある机の上に見慣れない箱が置いてあった。
大きさはティッシュの箱と同程度、見た目は子供が想像するクリスマスプレゼントのように装飾されていた。
箱を置いたのは須本さんだろうと俺はそこまで警戒せずに箱を開けた。
中には綺麗に包装されたクッキーと、一枚の手紙。
【恭助くんへ】
そう書かれていたが開く気にはなれず机の上に落とすように置いた。
「逃げ、か…」
いつもなら朝食を食べる時間なのだが、今は何もする気が起きない。
椅子に座ってテレビをボーっと眺めている。
『明日の11時から高橋様と須本様の結婚式が行われます。
詳しい情報は公開されていませんが行方不明だった須本祐美加様が無事に保護されてからまだ1日、流石に早いと思うのですが、どう思われますか?』
『そうですね。
恐らくですが、現在日本に居る海外のトップランカー達の予定もあるのでしょう。
日本のみならず海外から見てもトップクラスの能力者の結婚、その場に招待し親睦を深める狙いもあると思われまsーー』
ブツッ
「バイトに行かないと…」
脳がほとんど動いていない。
だけど俺の体は普段と同じような行動をとる。
「……」
机に置かれていたクッキーをなるべく見ないように俺は外へと出た。
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