第8話 かふぇおれ
とりあえず、ハートストローが刺さったカフェオレは放置して朝ご飯のみを食べた。
須本さんは早く飲みたそうにしていたけど、楽しみは最後まで取っておくべき、と説得したら折れた。
かなりの効果があったみたいで俺の数倍早く朝ご飯を食べ終えて、怪しく笑っている。
「じゃあ、いくよ?
せーので飲むよ?いいよね?」
「あ、うん。もちろん…」
心なしか息が荒い須本さんを見て、ぶっちゃけ待たせた事を後悔している。
「せーの!」
うん、普通のカフェオレだ。
極力カフェオレの味に集中して、めっちゃ近い位置に居る須本さんの事を考えないようにする。
「夢が叶った…
けど、これは恥ずかしいぃぃ!」
過去に俺のバイトしてるお店でもノリで頼んだカップルが居て顔真っ赤にしてたけど、周りに人がいなかったらこういう反応になるんだろうなぁ…
なんて、冷静に考えている俺も顔は間違いなく真っ赤。
「あと4回ぐらい、かな?」
「普通に飲みません?」
「いや、せーので飲むの!
ほら、せーの!」
タイミングが合わなかったら何をされるかわからない、無茶なタイミングにも全力で合わせる。
薄らと目を開けて共に飲んでいる須本さんを見る。
(なるほど、これが俗に言うキス顔…)
目を閉じた須本さんの顔が真っ赤なキス顔を見て、恥ずかしさは一周まわって何処かへと飛んでいった。
男が一皮剥けるというのは、こういう事を言うのかもしれない。
「き…」
き?
「キャァァ!もう無理ぃぃ!!」
その体勢を暫く続けたあと、須本さんが急に勢いよく立ち上がるとそのまま走って15個の鍵が閉まっていた扉を壊して外に出ていった。
「……ズズズ。」
そして残されたカフェオレを飲み干す俺。
「ふっ、勝ったな。」
一体なんの勝負をしていたのか自分でもわからない、ただなんとなく勝った気がした。
「片付けるか。」
朝食の入っていた食器を洗っていく。
棚に洗い終わった食器を入れるついでに冷蔵庫を開けてみたら、上の冷蔵と真ん中の冷凍は普通だったのに1番下には大量のカフェオレが入っていた。
「…見なかった事にしよう。」
大量のカフェオレは今回のハートストロー飲みに使う予定なのだろう。
キッチンから離れ、これからどうしようか考えながら壊れたドアへと近づく。
「寒っ。」
一瞬しか見えなかった外を見てみる。
見た感じは少し古いビルといった見た目、この部屋だけ新しく作られたみたいに部屋と外の雰囲気が違う。
「さてと…」
糸を伸ばして探索。
この先は長い廊下で上に上がる階段、そして同じぐらいの長い廊下でまた上に上がる階段。
此処はどんだけ地下なんだ、という感想と同時にどうやって此処を手に入れた又は作ったのか疑問が浮かぶ。
売買などの方法で買ったとしたら隠密には向かないし、須本さんが作った説が濃厚?
回復系の能力者ってそんなこともできるのかヤッベェな。(錯乱)
「ァァァァァ…」
探知させている糸がとんでもない速度で走ってくる須本さんを検知、叫びながら走ってきているみたいだ。
てか早すぎじゃね?!
「ァァァ!
…ふぅ、やっと落ち着いた。」
あっという間に俺の目の前まで走ってきて深呼吸している。須本さんの脚からメキ、バキ、と鈍い音が聞こえるのは何故だろうか。
「急に走り出しちゃってごめんね、ちょっと夢が叶ったのが嬉しくて発狂しちゃった。」
「大丈夫だけど…」
「ん?あぁ脚の事?」
俺が鈍い音が止まらない脚を見ている視線に気づいたのか音についての説明を始めた。
「人が無意識に決めてる限界があるのって知ってる?」
「限界…」
少し難しい専門的な話が始まりそうな雰囲気を感じる…
「そう、怪我をしそうな時に咄嗟に体が動くことがあるでしょ?その行動は人が無意識に怪我を避けようとしてるんだ。それは普段の行動にも影響してるの。」
いつの間にか取り出した眼鏡をつけて説明を続ける須本さん、先生っぽさが凄いな。
「えっと…そうだな、走るっていう行動を想像してみて?
全力で走り続けるのって、普通は疲労とか脚の痛みで途中で中断させられるのが殆どだけど、仮にその状態で走り続けたとしても速度は落ち続けちゃう。
でも疲労と脚の痛みの事を一切考えずに走り続けたら、自分で考えて出せる最高のスピードで走り続けられるの。」
つまり、疲労や脚の痛みは人が無意識下で限界だと決めた場所のボーダーってことか?
どちらかを抱えた時点で確かにパフォーマンスは落ちる。
「それが人の限界、でも私の場合はそれ以上、人の体が出せる最高のスペックを出し続けてるの。
さっきと違って伝えにくいんだけど、例えば壁を自分で殴ろうとしたとしよう、痛いのはわかってるから、体は怪我をしたくない一心で無意識で力を抑える。
それが私の場合だと体が壊れても治せちゃう、だから意識して体を壊す攻撃を繰り返した。
そんな行動を繰り返してたからか限界のボーダーが壊れちゃったんだ。」
無意識で抑えられていた人の力が解放されているってことか、それで須本さんが走ろうと考えれば意識しなくても脚を壊しながら出せる最高速度で走れるのか!
いや……待てよ、それはつまり………
「痛みを感じていない…?」
「お、気付いてくれたね!
そうなの、私は恭助以外にやられた事は何も感じないの。」
「……」
本当に待ってくれ、どうして回復系の能力者で国に保護されていたはずの須本さんがそんな風に…
「痛みだけじゃないよ、触られてもわからない、味もわからない、匂いもわからない、暑いのも、寒いのも、楽しいのも、苦しいのも、辛いのも…
恭助が関わってないと、一部を除いてな〜んにも感じなくなっちゃったの。」
「……」
何も声が出ない俺とは対照的に須本さんはどんどん言葉を吐き出していく。
「あっ、でもね不快感だけはハッキリわかっちゃうの。
私が治療すれば感謝してくる、私が助ければ感謝してくる、本当に本当に気持ち悪かった。」
そのように話す須本さんに俺は何も出来なかった。
ただ目の前に立って理不尽な目にあった須本さんを見つめるだけだったんだ…
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