第6話 ワーオ…

少しだけセンチな気分になりながら須本さんが帰ってくるのを待つ。

切れた探知用の糸を再び通そうとしたが、隙間が一切無くて外に出すことは出来なかった。


「〜〜〜♪」


今は暇つぶしに軽くオペラを歌っている。

リズムはそこそこ、うろ覚え、昔なんとなくカッコいいなって練習した名残りだ。


昔は満月の夜によく歌って調子に乗っていたが、今では絶対に他の人には聴かせないと心に決めている。

流石に恥ずいんだわ。


ガチャ!


「…!」


ガチャ ガチャ


須本さんが戻ってきたんだろう、勢いよく鍵が開いていく音が聞こえる。


バン!


「ただいま!」

「ワーオ…」


ボロボロの服を着た血塗れの須本さんが、笑顔でなんでもないように入ってきた。

一瞬怪我をしているかと心配したが回復系の能力者だと思い出し、須本さんに付いている血は返り血だと気づいた。


殺ってきたのか…


流石の俺でも人に手を出したことは無い、まぁしばらく再起不能にしたことはあるが…


「うぇ〜、気持ち悪いぃ…」


血塗れのパーカーを脱ぎ捨てた。


「お風呂入るけど、一緒にどう?」

「遠慮しておくよ。」


急に何を言い出すんだ。

玄関を閉めて、脱ぎ捨てたパーカーを持ち他の扉へと近づいていく。


「よいしょっ。」

「…!」


その扉の前で服を脱ぎ始めた。


ふん!

手のひらを目に押し当てる。


「ん?何してるの?」

「いや、少し眼にホコリが入ってしまってね。」

「そっかー。」


無駄に高性能な体が須本さんが服を脱いでいく音を拾ってくる。

意識しないようにすればするほど意識してしまい、気配で須本さんの体がわかってしまう。


あああぁぁぁぁぁ!!


「少し待ってて。」

「あ、はい…」


手と頭を自分の糸で縛り付ける。

気配の方はもうどうしようもない、うちに秘めた欲が気配を察知してしまいシャワーを浴びてる須本さんの姿が完璧にわかってしまった。


「つらたん…」


とてつもない罪悪感、これほど今世の体のスペックを恨んだことは無い。


てか、どうして俺に見られるところで服を脱いでるんだ。おかしいだろ。


「〜〜♪」


バカな、さっきまで聞こえなかったはずのシャワー音と歌声だと…

須本さんに集中していた気配察知を少しずらし確認すると扉が僅かに開いている事に気づく、シャワーの勢いで開いたのか僅かに水が漏れていた。


…もしかしなくても、わざとでは?


チラチラと扉に視線を向けているのを察知すれば、そう思ってしまうのも仕方がない。


【恭助よ。】


この声は…!


昔によく聞こえていたイマジナリー神様、俺が迷った時に現れて欲のまま動けと言ってくる厄介な声。

つまりは俺の欲望、本当にカス。


【男だろう?あれだけアピールされて黙っているのか?】


しかもこの声は答えを出すまで止まらない。


【おそらく受け入れてくれるぞ?】


すぅー…


結構です!!


【そうか…】


あぁ、本当に危なかった。

心とは違うが意思表示をするだけで消えてくれるのは助かる…


「良いお湯だったー!」

「それは良かっ、たあああぁぁぁぁ!!」


服ぐらい着ろや!

シャワーの音が止まり中に入ってきたのを感じ、手を外したのが間違いだった。


なんと須本さんは体を拭きながら出てきたのだ。


「大丈夫?!治そうか?」

「心配するなら服を着てくれ…」


勢いよく目に手を当てたせいで出血している。

欠損でもなければ直ぐに治るし俺自身は気にはしていないが、心配そうに駆け寄ってくるのはわかる。


「で、でも…」

「この程度、怪我のうちにも入らないから早く服を着てくれ。」

「うん、わかった…!」


布擦れる音が聞こえる。

ちゃんと服を着てくれるみたいだ。


「服着たよ!治すから早く傷見せて、お願い…」

「あ、あぁお願いする。」


須本さんの手が近づくのと同時、ドクドクと波打つように溢れていた血が止まり痛みも引いていく。


「もう目を開けても大丈夫だよ。」

「ありがとうございます。」


ゆっくりと目を開けると、涙目の須本さんの顔が直ぐそこにあった。


「…!」


なんと言葉を掛ければいいか迷っていたら、上に乗るように抱きついてきた。


グァァァァ!違う意味で目がァァァァァ!


ただでさえ綺麗な顔が更に近づいてきて、目と脳に大きなダメージを負った。


「急にこんな事して、ビックリした…」

「す、すいませんでした…」

「怖かった、恭助が私のことを見てくれなくなるのが本当に怖かった…

怖かったよぉぉぉ…」


泣いている。

俺に見てもらえないのが怖いと泣いている…


「ごめん…」


俺からの本心、邪魔な手錠型の紐を切り須本さんを抱きしめる。


「本当にごめん。」


泣いているとわかっているのに何も聞こえない、俺が聞きたくなくて拒否しているみたいだ。

不思議だ、生きる人をキャラとして見ることは辞めていた筈なのに今の俺はどこか一歩離れてこの部屋を見ている気がする。


抱きしめたまま2人で倒れるように横になり、目を閉じる。

少し、精神的に疲れてしまった。


「ーーー、ーーーーー。」


何か言っているのはわかる。

でも内容がわからず、ただ抱きしめる腕の力を強くして誤魔化した。






俺にとって大きな選択を迫られる日が近づいて来ているのを感じる。

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