第8話 しわくちゃの紙と君の声


スマホを持ってリビングに行くと、お父さんもお母さんももういない。当たり前だ、起きたらなんと10時を過ぎてしまっていた。



疲れていたのか、本当に体調不良だったのか。それとも両方か。


「どれでもいいか・・・・」


机の上にはお母さんからの手紙とお粥と薬と、何故かお菓子がたくさん。


(お粥温めてから食べて、薬飲みなさい・・・って)


「相変わらず独特な字だな」


作ってくれたお粥を鍋で温めなおしながら、つけたテレビの音をBGMがわりにスマホをタップしたけど誰からの連絡もない。こうたくんにも返してないし、きりゅうくんにも返信はしてないから無音のままだ。



「あっつ・・・」


猫舌だから冬が近付くとだいたい温度設定を間違えていつも舌をヒリヒリさせる。今回は出来上がったお粥をうちわで扇いで少し冷ましてから何度も確認して口に入れた。


少し熱かったけど舌は無事で、食べ終わってからすぐに薬を飲んだ。別に頭が痛いわけでもないし、咳もないからズル休みしてるみたいではあるけど仕方がない。


ソファに深く腰掛けて少しだけテレビを眺めていると目の前のテーブルに置いたスマホの画面が光った。


何も考えずにタップするとそこに表示されていたのはお父さんの文字。


「・・・え・・・・なんで」


【体調は大丈夫か。今日はお母さんよりも先に帰るから何か食べたい物あったら夕方までに連絡くれ】


「・・・・」


昨日の夜ご飯の時、そんなに僕の様子はおかしく見えたのだろうか。今までにこんなことがなかったから余計に心配しているのかもしれない。


(けど、・・・あんなに普段話さないお父さんからこんな連絡が来るなんて)


なんとなく気まずい。男の子を好きだと知ったらお父さんもお母さんも僕のことをきっと変な目で見てくるだろう。


万が一口では『大丈夫よ』なんて言ってきても心の何処かで異常だと思われるに違いない。



【大丈夫。今さっき起きてお粥食べた。薬も飲んだよ。食べたい物は特にないかな】


「・・・・・」


送信ボタンをタップしてまた深く腰掛けて上を向いた。


両親との会話は、こうたくんと同じで、必要以上にしようとするとボロが出そうで恐ろしい。そんなことしたら行動がおかしくなるし、会話するたびに探りを入れられるような気分になるかもしれない。



自分の視線に合わせるようにスマホを持ち上げてタップした画面の先はこうたくんから貰った連絡先。それを指でなぞってから、またタップして彼のメッセージで止まっている僕等のやり取りをボーッとしながら読み返していた。



「・・・・勉強しよ」


熱ははからず、テレビを消してからお母さんが置いてくれたお菓子を何個かつかんで部屋に戻った。


「はぁ~・・・体熱い」


少しふらつきながら勉強道具を取り出そうとしてカバンを机の上に置き、中からごそごそあれやこれや引っ張り出していると、それにつられて1枚の紙切れがスローモーションのようにゆっくりと床に落ちていく。


「・・・・」



そこで一瞬自分の動きが止まった。


ゆっくり椅子から立ち上がりしゃがみこんで拾い上げたその紙は中身を見なくても何かなんて簡単に分かる。


帰る時に無理矢理色々詰め込んたから、四つ折りで中に先にいれていた紙はしわくちゃになっていたようだ。



手でつかんでそのシワを伸ばすように広げると、シャープペンで書かれていたから折り目のとこの文字が少し薄くなっている。



「・・・・」


机の上に置かれた時計の針の音が微かに耳に入ってくるこの部屋はとても静かだ。家には僕以外誰も居ないから部屋のドアをノックされることもない。



静けさしかないこの無機質な部屋のど真ん中で、僕はこうたくんがくれた手書きの手紙についたシワを何も考えずに、ただ呆然としばらく伸ばしていた。




「・・・・返事」



なるべくこうたくんと接する時はマイナスな態度を取りたくないし、嬉しいという気持ちがちゃんと伝わるようにしたいと思ってこの半年過ごしてきたのに、自分でそれを台無しにしてしまおうとしている。



(僕はバカか・・・・・・)



唇を噛み締めてポケットにしまい込んでいたスマホを取り出した。


【返事遅くなってごめんなさい。イルミネーション綺麗ですよね。今年のクリスマスは僕も外に出て見てみます】



「・・・・・今何時だろう」


何回か打ち直したメッセージを送信する前に時間を確かめたけど、ただのメッセージだから別に気にする必要はない。それでも、もしこうたくんが音を切り忘れていて、それが授業中になってしまったら迷惑がかかる。


(もう・・・お昼になる)


朝ごはんを食べて、ボーッとして部屋に戻ってきてカバンをごそごそしていたら時間はあっという間に過ぎていたらしい、この時間なら送っても大丈夫だと思い送信ボタンを押した。



「お昼食べようかな」


送ったあとすぐにスマホから目を離してポケットへ。


いつまでも床に座りこんでるわけにはいかないと思い立ち上がったその瞬間、自分のズボンから入れて間もないスマホが振動していることに気付いた。


「・・・・・え」


お母さんだろうか。


起きてるのかと、お粥食べたのかの確認電話かもしれないと思い慌ててスマホをポケットからまた引っ張ると画面には別の人の名前が表示されていた。


「・・・え、え?・・・え、なんで」


まさかのこうたくんだった。


「ど、どうしよう、え、やだ、鳴ってる・・・鳴り続けてるんだけど」


とっとと取れば鳴り止むのに、いきなりかかってきたこうたくんからの電話にただパニックに陥っている僕は、「あぁ、もう」と不安定な声を出しながら、人差し指で話すのマークを上にスライドさせた。



「・・・・も、もしもし」

「もしもし、かずき?」

「・・・・は、はい」


メッセージのやり取りだけでも一苦労なのに、電話なんてハードルの高い連絡方法を事前連絡もなしにやってのけるこうたくんは絶対人見知りなんかじゃないと思う。


バッキバキに固まった僕の体は声にまで響いてしまった。



「電話のほうが早いと思ったんだけど、今喋れる?」

「・・・はい」

「体調悪いのに、ごめんな、手短に話すわ」


(こうたくんの声が・・・・耳の近くで聞こえる)


「あのさ、俺がノート取ってるから今日の授業の分はそれ写せばいいよ。あと、なんか宿題とか言って先生がプリント色々出してきたけど」

「・・・・・は、はい」

「かずきの家ってどこ?」

「・・・へ?」

「届けるわ、午後の分も多分あるからそれ含めて全部持っていく」

「・・・え、え?」

「用件はそれだけ。もしかして寝てた?後でいいから場所送っといて、部活終わったらそのまま家に行くから。じゃあな、ゆっくり休めよ」



プーっプーっプーっ


「・・・・・」


返事を返す前に切られてしまった。耳に当てているスマホからはこうたくんの声はもうしなくて通話が遮断された音しか聞こえてこない。


(あ、嵐のような・・・)


「え、・・・・ちょっと待って、こうたくんが、家に」



電話で言われたことを思い出そうとしたけどとりあえずこうたくんが家に来るということしか頭に残ってなくて、後はパニックという文字が僕の脳内を占めていた。


部屋の中をうろちょろしながら、こうたくんとのやり取りを開いて「な、なんだっけ」と焦って、「そうだ、家の場所」と思い出す。


自分の家の場所を間違えのないように打ち込もうと慎重に文字を選んでいると、何故か先にこうたくんからメッセージが来た。



【ごめんな、いきなり電話して】



電話で話していた声色と全く違うトーンで来たメッセージに焦っていた気持ちが少しフリーズする。


「・・・・・・」


途中まで打ち込んでいた文字を一旦消した僕は先に彼に返事をした。



【かけてきてくれて嬉しかったです。ありがとう】



自分が書いたメッセージを見てそのまま送信を押すと、既読がすぐについたのも確認して、天を仰いだ。



本当はもっと違うことを書きたかった。


「はぁ・・・・」


ため息をついて、自分の家の場所をまた最初から打ち込み直してそれを送った僕は顔を洗いに洗面所に行こうと部屋のドアノブに手をかけた。




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