第7話 落とし穴



(・・・・思い出の場所?)



僕はそれを見て一瞬で気が付いて愕然とした。

昔女の子と一緒にデートした場所なのかもしれないと。


わざわざ聞かなくても良かった。なんでこんなことに考えが及ばなかったのだろう。聞けば聞くほど、知れば知るほど人の本音が見えてくるのに、嬉しくて舞い上がって踏み込んだ先には所詮落とし穴しかないようなものだ。



そもそもこうたくんは普通の子だ。僕みたいに同性を好きになったりしないし、今は友達のほうが楽しいとは言っていたけど彼も年頃の高校生だから、好みの女の子がいれば気持ちは変わるはず。



【そうなんですね】


素っ気ない気もするけど、何も返さないよりはましだと思って一言だけ返しておいた。


机にスマホを入れて前を向いて黒板と先生に頑張って集中する。それでも、左手に持ったシャープペンに力が入って書き始めようとすると何回か折ってしまった。



「・・・・・」


こうたくんは僕が送った文字を読んだのだろうか、スマホを少し眺めてからまた何かを打ち込んで、ポケットにしまっていた。


(隣だから、前向いてると微妙に視界に入る・・・)


何を打っていたのか見るのが怖くて結局放課後まで僕はスマホは見ることができなかった。もしかしたら違う人に向けてのメッセージだったかもしれない。


それでも勇気が出なくて、最後の授業が終わったらカバンに無理矢理全部詰め込んで僕は逃げるようにして教室を出ていった。



「・・・あぁ、ダメだ・・」


やっぱり調子に乗りすぎるのは良くない。


家に帰るまでの道のりで反省してまた明日から抑えて今までどおりに普通にしようと思った僕は夜ご飯をお父さんとお母さんと食べてから、久しぶりにボーッと何もせずにゆっくりつかったお風呂で泣いた。




この気持ちがただの純粋な好きという気持ちであればどんなに楽なんだろう。


こうたくんとの接点が皆無で、ただ遠くから見てるだけの関係性ならどんだけ楽なんだろう。


同じクラスになって、隣になって、握手して、久しぶりに会えたあの時の衝撃なんていらなかったかもしれない。同じ学校だったという事実だけで喜んでいれば良かった。


僕は自分から落とし穴にハマりにいっていたのかもしれない。



「・・・・っ」


お湯の中から手を出すとチャポンと音がして、流れてくる涙を手で拭えばその僅かな動きで水面が波打つ。片手だけだけど涙なのかお湯の水滴なのか分からなくなるから結局両手で顔を覆って涙を視界からどけようとしたけど、余計に水面が波打って、せっかくためたお湯が少しこぼれてしまった。



たかがこんなことでここまで落ち込むなら、こうたくんに本当に彼女が出来た時とか僕はいったいどうなるんだろう。


いや、違う。僕の気持ちがバレて、気持ち悪いと避けられたらどうなるんだろうのほうが正しい。



お風呂から上がって鏡を見ると赤くなって少し腫れた自分の目元と目が合う。


「酷い顔・・・・」


いいや、と思ってリビングに行って冷蔵庫からお茶を取り出してコップに入れていると、後ろからお母さんが来た。


「あんた何かあったの?ご飯食べてる時テレビも見ずに何も喋んないでボーッとしてたけど」

「・・・・・え?」

「え?じゃないわよ、なんか顔赤かったし、もしかして熱ある?」


(・・・そんなふうに見られてた?)


「いや、大丈夫。考え事してただけ」

「そうなの?ちょっとこっち向きなさいよ」

「え、いや・・・だから」

「いいから・・・・・なにあんた、目腫れてるわよ」


無理矢理お母さんのほうに向かされた僕は泣き腫らした目元を最初に見られて『しまった』と思った。


バレたら恥ずかしいし、理由なんて聞かれたら困る。

こうたくんにもバレたらまずいけど、親にバレたらもっとまずい。


(帰るとこ・・・なくなる)


「やっぱり体調悪いの?」

「は?」

「ん~夜寝る時ちゃんと毛布かけてる?あんた蹴飛ばす癖があるから、昔はこの季節によく熱出して風邪引いてたのよね」

「・・・・・」

「ほら、とりあえず熱はかりなさいよ。これ」

「・・・・あ、はい」



よくわかんないけど思わぬ方向でお母さんは勘違いをしてくれた。これなら風呂で泣いたのもバレない。



ピッピッピッピッ、ピッピッピッピッ


「かして、見せなさい」

「はい・・・」


自分で確認する前にせっかちなお母さんに促されて脇から取り出した体温計をそのまま渡した。


「・・・・あんた明日学校休みなさい。熱あるわ。38度」

「え?」

「え?じゃないわよ。学校の先生には連絡入れとくから明日は家で大人しくしときなさい。どうせ金曜日なんだし、そのまま土日に入ればいいでしょ」

「・・・・・お、お風呂につかったせいじゃ」

「あんたバカなの?お風呂につかって熱が出るなら皆発熱し放題じゃないの。そういうことはいいから、早く薬飲んでベッドで寝なさい。必要なものは後で部屋に持っていくから」

「・・・・分かった」



軽く貶されてリビングからトボトボと歩きながら自分の部屋に戻った。


ベッドにダイブして少しホッとしたのもつかの間、急に静かになった空間でスマホが気になって落ち着かない。まだ自分が最後にこうたくんに素っ気無く返事をしてから僕はメッセージを確認してない。


「・・・・・多分何も来てない」


僕のあの返しでラリーが続くとは思えない。


「でも、きりゅうくんからは来てるかも・・・一応見ようかな」


土曜日は体調も戻ってるだろうから何も考えずにきりゅうくんに付き添えばいいやと、自分の不純な理由は破棄した。



起き上がってベッドから降りるという無駄な動作を繰り返してカバンから取り出したスマホの画面を上に向けるとチカチカと光って何か通知がありますよと教えてくれている。


でも電源ボタンを押して画面を明るくしないとその通知が誰からかわからないから、すぐに押さずにベッドに潜り込んだ。


「・・・・どうしよう」


怖い。知るのが怖い。


あの時こうたくんが僕に返事をしてくれていたのなら、その内容を知るのが怖い。


もし違う誰かへのメッセージで、結局こうたくんからは僕宛に何も返事がないと知るのも怖い。というか返事が来ないようにあれを送ったから別に返事なんてなくたってなんとも思う必要もないのだけど、どうしても矛盾してるこの感情に振り回される僕は変な期待を捨てきれない。



「・・・はぁ・・・・・やだ」


考えた挙げ句どちらにせよ明日は休むから落ち込んで寝れなくてもいいやと、震える手で電源ボタンを押して画面を明るくした。



画面には新着のお知らせが4件。


1件はお母さんから。


【お弁当箱出しといてよ】


「・・・・分かってるから毎回言わなくてもいいと思うんだけど」


2件はきりゅうくんからで、ありがとうの文字と、場所と時間の連絡だった。




(最後の1件・・・・)


「・・・・・」



あの時打っていたのは僕に向けてだったのかもしれないし、違う時間に送ってくれたのかもしれない。でも、僕にこうたくんからのメッセージが届いてるのは確かだった。


「・・・っ」


心苦しくてまた泣きそうになった。震える口元を抑えてから画面に触れてこうたくんのメッセージを開くと見えたのは少し長い文。



【うん。クリスマスだったからイルミネーション凄かったけど、1人だったから周りカップルだらけで少し居心地悪かった】


「・・・・ひ、1人?」


全く想像してなかった内容に心臓の鼓動が今になってドクドクと音を立てて鳴って、また違う意味で息がしづらくなる。


「・・・でも、1人でってなんでだろ・・・返事したほうがいいかな」


そもそもなんで熱が出たのか謎だけど、この息のしづらさは熱のせいではない。



「・・・・いいや、これで」


一旦決めたことをまた簡単に変えるのもよろしくない。こうたくんにも悪いし、必要最低限の連絡だけで僕は満足しなければいけないから、スマホの画面と部屋の電気を暗くして眠りについた。



途中お母さんが部屋をノックしたらしいけど、僕は夢の中だったから気付いていない。朝になってお母さんからの置き手紙で知らされた。


「・・・・はぁ」





僕は結局昨日の夜、こうたくんに何も返さなかった。



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