第9話 対話
「ふぅ・・・・」
(家に来ると言っても玄関止まりだろうから外用の服を着るのは不自然・・・でもパジャマのままだと恥ずかしすぎる)
顔を洗ってタオルで拭いて化粧水をつけたら乳液もつけた。
「・・・何着ようかな」
空気が乾燥してくると肌もパリパリになる。あんまりしすぎると女の子みたいとか言われるかもしれないけど、こうしないと冬の季節は耐えられない。
こうたくんが来るまでに時間は結構あるから、先にお父さんのほうが帰ってくるかもと思ったけど、なんか『かも』じゃなくて絶対そうなる気がしてならない。
「ん~・・・お昼ご飯食べてから服は決めよう」
鏡を見ながら寝癖のついた髪を手でクシャクシャにしたけど、何にも変わらない。いつも行く美容院で毎回同じ髪型にしてもらってるし、ワックスなんかつけないから何にも面白くない。
(こうたくんは・・・・デートする時とか、自分でうまくセットするんだろうな)
リビングに行き、台所で適当にカップ麺を取り出してお湯を沸かしながら、冷蔵庫から取り出したお茶を飲んだ。
「・・・っていうか普通にもう熱下がってるよね」
お湯が沸いたからすぐにカップにそそいだ。普通なら蓋を閉じて3分だけ待ってから食べるけど、僕は昔から伸びた麺が好きで、だいたい15分くらい待ってから食べるようにしている。
待ってる間は何もすることもなくスマホを取り出してほとんどしたことのないネットサーフィンをしてみた。
「・・・な、なにを見たら」
とかいいながら検索をかけたのは『男同士』の文字。
色々引っかかったけど良くわからない。変なサイトに誘導されても困るから呆気なくあっさりとネットサーフィンは止めた。
スマホを机に置き、15分経って伸び切った麺をそそりながら無音の中で食べたけど、いつも学校で食べてるお昼ご飯の状況と同じだから寂しくはない。
「ごちそうさま」
食べ終わってからは案外時間が過ぎるのが早かった。
部屋に戻って、少しは綺麗に見えるようになった四つ折りの紙を置いた部屋の机に向かって勉強して、本を少し読んで、それから忘れないようにきりゅうくんが言ってきた場所と時間を紙にメモして財布の中へ。
それに加えてこうたくんに会う用の服をクローゼットの中から選んでは着てを繰り返して、力尽きて途中休憩。
「・・・・え、疲れる。服着て脱ぐのってこんなに疲れるんだ」
初めてした行為だったからここまで体力を奪われるとは思わなかった。
「もう・・・このパーカーとスウェットのズボンでいいや」
一番部屋着としては不自然じゃない物を選んだけどどうだろう。そもそもこうたくんはそんなこと気にしてないかもしれない。
(多分・・・いつも気にするのは僕の方)
「ただいま~」
(あ、お父さん・・・)
部屋にいても分かるくらいの大きな声で玄関からお父さんの声が聞こえた。あの声量をお父さんから聞いたのは生まれて初めてだ。
(・・・・ひょっとして僕じゃなくてお父さんに何かあったのかな?)
着替え終わったから、おかえりなさいの挨拶をするついでにこの後友達が色々届けてくれると伝えようと玄関に行った。
「・・・・お父さん、おかえりなさい」
「ん、あぁ・・・ただいま。体調はどうかな」
「大丈夫だよ、良くなった。荷物持とうか」
「なら良かった。そうだね、ありがたい。これ台所に持って行っといてくれるかな」
「うん」
相当たくさん買い込んでいる。お菓子もちらほら見えた。
「よいしょ・・・っ」
「持てる?」
「ん、大丈夫・・・・あ、あのさ」
こうたくんのことを言わなければ。
「え・・・っと」
「なんだい?」
「・・・・今日、この後ちょっとしたら友達が・・・学校のプリントとか届けに来てくれるんだ・・よね」
どんな顔をして言えばいいか分からないから、お父さんのほうを見ずに言った。もし顔を合わせて言うと目が泳いでしまう。
「そうなんだね、上がってもらったりしなくていいの?」
「だ、大丈夫だよ、部活帰りだし届けてくれたらすぐに帰ると思う」
「そうか」
「うん・・・・」
「1人で大丈夫?僕も一緒に出たほうがいい?」
「ひ、1人で大丈夫だよ・・・こうたくんっていう名前で・・・凄い優しい人だから」
僕はお父さんに何を話してるんだろう。聞かれてもないのに無駄な情報を与えている。余計なことは言わないつもりだったのに。
「そっか、ならいいんだ。ちょっと心配してただけだから」
「・・・・え」
お父さんの言葉で僕は振り返ってしまった。
「・・・それは、」
(どういう意味・・・・)
「中々友達の話を聞かないから、・・・まぁそもそも男親とこんなこと話す年頃でもないのかな、ごめんよ、余計なこと言って」
「・・・・いや、大丈夫。ありがとう」
やっぱり心配をしてくれていたらしい。友達のことを話す僕の声がうわずっていたから何か勘づかれたのかと思った。男子校だから、友達と言ったら自動的に男子生徒になる。
少し重たい買い物袋をリビングまで運んで冷蔵庫と棚に色々振り分けた。見たことのないお菓子も入っていたけど、両親ともに食べないから多分僕のため。
「・・・・・」
お父さんはどんな学生時代を送ったのだろう。全く聞かないから、というより僕が話しかけないから向こうも話さないのかもしれない。
「ありがとう、助かるよ」
「あ、うん」
リビングに後から入ってきたお父さんは僕にお礼を言ってからヨレヨレのスーツ姿でわざとらしく伸びをして、「着替えてくるね」と一言言ってすぐにリビングから出て行った。
「・・・・お仕事お疲れ様」
居なくなった父親の背中にポツリと呟いて、そこで思い出したのは中学生の時にたまたまお父さんの書斎に入って見つけた写真。
お母さんに頼まれて物を取りに行った時、机の上に高校生くらいの時の父親の写真が飾ってあった。
楽しそうに笑う彼の隣には男子生徒がいて、その人も何がおかしかったのか思いっきり笑っていた。肩を組んでいるその写真ははたから見れば仲の良い友達だ。
(・・・・彼はいったい誰なんだろう)
「・・・・え、あ」
ポケットに入れていたスマホのバイブが鳴る音で現実に戻り、手を突っ込んでスマホを取り出した。
画面にはこうたくんの名前で、すぐにタップすると【もう着いた、インターホン鳴らしていい?】との連絡が来ていた。
「え、え?・・・はやっ、え、」
オドオドしていると今度は電話がかかってきたから、すぐに通話のボタンをスライドさせた僕は声がどもってしまった。
「も、も、ももしもし」
「かずき?・・・大丈夫?」
少しの笑い声がして、それに僕は顔が赤くなる。
「だ、大丈夫・・・です。今出ます。ちょっと待って」
「あぁ、分かった。鳴らさずに待ってるわ」
電話を切って、玄関までダッシュした僕は深呼吸して自分を落ち着かせてから玄関のドアを開けた。
ガチャ
「・・・・こ、こうたくん」
「よぉ」
部活の帰りで、金曜日だからなのかこうたくんはジャージ姿。
(か、かっこいい・・・)
良からぬ視線を飛ばしているのがバレると嫌であんまり見ないようにしてたから、実際にこんな格好の彼を間近で見るのは初めてだった。
「な、中に・・・」
「いいの?」
「うん、・・・外じゃ寒いだろうから」
「ありがとうな」
立ち話は変わらないけど、玄関の中で話したほうが失礼じゃない気がする。
「これ、プリント」
「・・・ありがとう」
「なんかめっちゃ宿題出されたわ・・・・あと、これ。俺のノート。字汚いけど気にしないで」
渡してくれたノートとプリントは律儀に袋に入っていた。
「・・・あ、ありがとう」
「来週の月曜日に返してくれればいいよ」
「え、あ、うん」
「絶対月曜日来いよ、じゃないと俺ノート無しで授業中眠りに入るから」
「・・・い、行く。絶対行く」
食いつき気味に返事をするとケラケラ笑って僕の頭を撫でたこうたくんは少しだけトーンダウンしてさっきよりも柔らかい声で話した。
「冗談だよ、まぁ、無理はするなよ」
「・・・・・」
「あと、ちゃんと飯食え。ずっとちっこいままだぞ」
「・・・・もう・・・伸びないです」
「そうなの?」
カバンを背負い直した彼の仕草はよく見る仕草だ。相当重そうだから、僕なんかきっと持ち運べないだろう。
「・・・うん・・・・あ、あのさ、お昼の電話のことなんだけど」
「ん?あぁ、あれマジでごめんな」
「いや・・・・そういうことじゃなくて・・・その、声・・・・聞けて嬉しかった・・・から」
思わず口にして出てきた言葉は、本当はメッセージで返したかった言葉だった。
「それなら良かった」
「・・・ん」
「・・っていうかさ・・・ずっと思ってたんだけど・・・かずきって」
彼を見上げると、こうたくんは目を細めて顔を傾け僕の顔をじっと見つめている。何を言われるんだろうと黙ったまま見つめ返していると、彼は何かに気が付いて僕から視線を外し、その視線を僕の後ろのほうに向けた。
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