第5話 滴り落ちる
「はぁ~」
学校から歩いて冷たい風に当たっているとだんだんと落ち着いてきた気がする。家について服を着替えて今日の宿題を先に済ませようと机に向かったけど、身が入らない。
「・・・こうたくん」
学校でもあるまいのに机に突っ伏して脚をバタバタさせているとスマホの通知音が鳴った。
ピコンっ
(・・・・誰だろう・・・・ってお母さんしかいないか)
画面をタップして中身を見るとたいしたことはない、いつもと似たような文章だ。
【今日ちょっと遅くなるから、先にご飯食べなさい。昨日の残りあるから温めて。あとお弁当箱出しといてよ】
「あ~、はいはい」
父親からは連絡なんてめったに来ない。やり取りをするのはいつも決まって母親。
(こうたくんの連絡先には女の子も入ってるのかな・・・)
気にしちゃいけないけど気になる。そしてそんな僕のスマホにはお父さんとお母さんと、いとこの一つ上の男の子の連絡先しか入ってない。
友達なんて元から皆無。
いとこは、家族の集まりでたまたま会った。本当は行く気がなかったけど暇だったから仕方なく。
似たような歳だし、向こうも僕みたいな性格でわりと物静かだったから親に言われたのもあって、連絡先だけ交換しておいた。
彼が僕の連絡先を今もアドレスに入れてるのかは知らない。交換してから一回もやり取りをしてないし、用事がないからただスマホに入ってるだけだ。
「・・・・このスマホにこうたくんの連絡先が入ったら・・・」
多分毎日チェックすることになるだろう。いや、毎時間か、毎分か。もしくは毎秒か。連絡先が入ってるだけで、何も送ってないのにそわそわして落ち着かなくなりそう。
僕は自分からアクションを起こせないし、ましてや起こしちゃいけない。
「お弁当・・・・出さなきゃ」
カバンから、中身が綺麗になくなった空の箱を取り出して台所に向かった。水につけておいたけど本当なら洗ったほうがよいかもしれない。
水を止めてボーッとしていると、ポツ、ポツと水滴が落ちる様が目の前に広がる。早くそこから移動すればいいのにその水滴を見て、全く関係ないのにエロい事が自分の頭をよぎりそうだった。
滴り落ちる水滴にせっかく帰りに冷やした頭と体がまた熱くなって無駄に妄想が膨らんで僕の下半身に伝染してしまった。
「・・・だめだ、我慢できない」
台所で少しジャンプしてみたり、ストレッチをしてみたり、冷蔵庫を開けてまた閉めてみたり。全く効力のない行動をわずか数分だけ取って諦めた僕は先にお風呂に入ろうと脱衣所に向かった。
服を脱いで鏡を見ると貧相な体がそこにうつる。
「・・・・鍛えたほうがいいのかな」
確かにこうたくんが言っていたとおり少し背は伸びた。でも入学してからそんなに簡単に気付くほど伸びてはいない。もしかしたら学校がある日は毎日僕のことを視界にいれているからだろうか。
(そんな些細なことでも気付いてくれるとか・・・彼女になる人は幸せだろうな)
そして貧相な体よりも問題なのは僕の下半身。
「・・・・」
こんなのを見ればおさまるはずがないと分かる。一回ちゃんと抜かないと頭がおかしくなりそうだ。
ドアを開けて中に入ったらシャワーで温かいお湯が出るまで待っていったん体を流した。寒いからこの時は幸せになる。でも、お湯につかるあの瞬間が寒い時期には一番幸せ。
お湯がたまるのを待ちながら、その間に髪と体を洗ったけど、下を見ても僕のそこはずっと上を向いたまま。冷たい水をかけたらびっくりして気絶しそうだからそれはやめといた。
「ちょっと・・だけなら」
ちょっとだけもクソもないんだけど我慢して明日学校でこうたくんを見た瞬間に反応したらどうしようもない。
これは自分の健全な学校生活のためでもある。僕はそう自分に言い聞かせて下半身に手を伸ばした。
「・・・・・っ」
あの時、こうたくんがもっと僕を引き寄せてくれて両腕で強く抱き締めてくれていたらどんな感じになっていただろうか。
(あぁ・・・・本当僕ってクズ)
学校の正面玄関から我慢していたからなのか、妄想が突き抜ける前に簡単に終わってしまった。
「・・・・はぁ」
結局お湯につかる前に体が火照って、シャワーで流したら冷静になれた。ボーッとした頭で熱いお湯につかる。まだ真冬でもないのに今こんな温度で僕は冬を乗り切れるのか不安になった。
『心配なんだよ、お前のこと』
力を出し切ったからお湯につかると脱力して目を瞑った。その瞬間昨日別れ際に言われた言葉とこうたくんのその時の表情をふと思い出して、我慢できずにやらかしてしまった罪悪感が冷静さを取り戻した僕の頭を埋め尽くした。
「・・・・僕のことなんか心配しないでよ」
やっぱりお風呂に入ってもこうたくんのことばかり。
結局のぼせてしまったお風呂から上がって、フラフラになりながら服を着た。リビングにそのまま直行して冷蔵庫から夜ご飯を取り出してレンジでチンして温めてから1人で食べて、また部屋に帰還。
結局親に会わずにベットに入って音楽を聞いていたらそのまま夢の中へと入っていった。
いつの間にか朝をむかえ枕を抱きながらよだれを垂らしていた僕は、夢の内容がどんなのか忘れたけど苦しかったことだけは妙に覚えていて、そのせいで寝起きがすこぶる悪い状態。
「っ・・・・ぁあ~」
眠い。
だらしない声とともに、怠けたい体を叩き起こして朝の準備をしたら朝ごはんを食べて、お弁当を持ってそのまま家を出た。
「・・・ちゃんとお礼言ったほうがいいな・・昨日変な終わり方したから、こうたくんに申し訳ないし」
一回お礼は言った。だからまた「ありがとう」を言うのはちょっとしつこいのかなとは思うけど、他にいい言葉が見つからない。
(かっこいいセリフなんて僕には到底似合わない・・・やっぱり普通にお礼を言おう)
教室について、ドアを開けると案の定誰もいない。
良かったと思いいつもどおり席についてカバンを開けていると、生徒が何人か入ってきた。その中にはこうたくんはいない。
(・・・・ん?)
カバンに入れていたスマホのバイブ音が鳴っている。慌てて取り出して画面を見ると、そこには【橋本きりゅう】と表示されていた。
「・・・・え」
初めていとこからのメール。全くもって意味が分からずカバンを片付けないままタップして開いたら、そこには僕じゃないほうが絶対に参考になるでしょという思わず口にしてしまいそうな内容のメールが書かれていた。
【かずきくん、初めまして。メールは初めてなので、初めましてと言います。僕のこと覚えてますか。いきなりのご連絡で申し訳ないんですが、折り入ってご相談があります。今度の土曜日に、会えませんか。ps 好きな子ができました。今度デートに行くのですが服選びに困ってます。】
「・・・・えぇえ」
何をどう考えたら僕にそんな相談をしようと思うのか。あんまり友達が多そうなイメージがないからもしかしたら僕と同じなのかもしれないけど、なんで僕?
(しかもpsの使い方おかしい・・・)
まじまじと画面を見ていたから隣の席のイスが引かれたのに気が付かなかった。カバンを乱暴に机に置く音で一瞬ビクッとして慌ててスマホを隠す。そして顔を上げて隣に視線をやった。
「あ・・・・・こ、こうたくん・・・お、おはよう・・・ございます」
「・・・・はよ」
(・・・え)
不機嫌な声で僕に返事をしてくれた彼は今まで見たことがないほど無表情で僕を見ていた。
昨日の最後のやり取りが気に入らなかっただろうか。何か彼の気に障る態度を取ってしまっていたのかもしれない。結局口にしたのはお礼じゃなくて謝罪だった。
「昨日は、その・・・ご、ごめんね、最後まで」
「・・・・」
「・・・・・こ、こうたくん・・」
「かずき、スマホ持ってたんだな」
「・・え?・・・え、えっと・・う、うん」
「そっか」
こうたくんは素っ気無く前を向いてカバンを片付けてすぐにまた席から立ってしまった。
(・・・・な、なんで)
僕は連絡先が親といとこだけだから、学校についたらスマホは一回も取り出して見たことがなかった。暇があれば本を開いて、ずっとこうたくんのことばかり考えてる。
スマホの中にこうたくんはいないから見たって仕方ない。
「怒らせた・・・・?」
どうしよう。こんなこと初めてだ。
きりゅうくんから来たメールなんてそっちのけで、嫌な音がする心臓に手の震えが止まらないままカバンを片付けた。
彼を呼び止めることもできず、かと言って少ししたら戻ってきたこうたくんに理由を聞くこともできず一限の授業が始まってしまった。
(・・・・と、とりあえず謝らなきゃ・・)
でも何に対して?もしかして僕がスマホを持っているのが気に入らなかったのだろうか。先生の指示に従わず全然授業と関係ない教科書のページを開いて、左手に持ったシャープペンで無意識にページ番号を塗りつぶしていた。
「・・・・・・」
トントン
(・・・・)
トントン
「えっ」
机を叩く音で、そんなくだらないことをしていた自分にハッと気が付く。ふと視線をそちらに向けると、隣のこうたくんから四つ折りにされた白い紙が僕の机の上に置かれた。
「・・・・」
(な、何・・・)
恐る恐るその紙を開くと目に飛び込んできたのは英数字と@の文字列。
〈お前、スマホ使ってるの初めて見たわ、てっきり持ってないかと思ってた。このID俺のだから友達登録しといて、俺もかずきのこと追加する〉
「・・・・・」
見た瞬間に紙を持ってる手に汗が噴き出しそうだった。
彼の方を見ると何事もなかったように先生のほうを見て授業を聞いている。
(・・・・こ、こうたくんの・・・)
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