第4話 危ない距離感
(・・・・こ、こうたくん)
「おーい、お前ら何してんだ」
こうたくんが逆に言い返したことでピンッと張り詰めかけていた空気が限界まで膨れていよいよ弾けそうになった時、誰だか分からないけど僕達に声をかけてきた人がいた。
「あぁ〜めんどくせえ、岸田じゃん」
「・・・・くそ、行こうぜ」
(・・・・岸田って、体育の先生・・・)
こんなタイミングで先生が来てくれて、しかもそれが体育の先生だったことに感謝してしまった。学校で一番力が強くてムキムキだし、態度の悪い生徒からも恐れられている。
僕等みたいな生徒にとっては神様のような存在で、さっきの喧嘩を売ってきた彼等にとったら死神のような存在。
「おぉ、桐崎・・・・と、橋本か?大丈夫か?何かあったのか?」
「・・・・・」
(どうしよう)
岸田先生から逃げるようにして彼等は去ったのに、いまだにこうたくんは僕のことを離してくれない。
「・・・・いや、なんか」
「ん?」
「・・・大丈夫です。ちょっと難癖つけられてただけです。すいません、助かりました」
「そうか、ならいいが・・・橋本は大丈夫か?」
「は、はい、僕は大丈夫です・・・・ありがとうございました」
「なんかあったらいつでも言ってこいよ、それじゃあ俺はもう行くぞ。アホなことやってる生徒がいないか校内を見回ってるもんでな」
「じゃあな」と言って長話はせずにまたどこかに去ったらしい。聞こえてくる先生の声だけを頼りに頭の中で勝手にどの方向に向かったか決めつけた。
「・・・・・」
人がいなくなって静けさが戻る。
どんなタイミングなのか他の生徒は今は僕たちの周りにいない。
(こうたくん・・・・)
あんな言い方をされて、僕はてっきりこうたくんは「そんなんじゃねえよ」と否定する言葉を言うのかと思っていた。
『好きです』なんて僕から言わなくったって、僕の心が打ち砕かれる瞬間は考えてみればいくらでもあるわけで、こうたくんの回答次第ではあのまま僕の気持ちも一緒に否定されて、その後は少しずつ、少しずつ彼と距離を置いて高校生活はそれで終わり。最後の卒業式はもうお互いが他人同士ですっていう可能性もあった。
前触れもなく不意打ちを食らった形で尋常じゃないほどに動揺していた僕の心。
それなのにこうたくんは、予想外の言葉で彼等に反論した。
(今どんな顔してるんだろ・・・)
「かずき・・・・お前、あんなのに絡まれてたの?」
「え?」
「・・・っていうか、あんなやつうちの高校にいたっけ?見たことないけど、」
「・・・・・た、多分」
ああいう生徒は結構皆から煙たがられる。だからこうたくんも彼等の存在を知っているのかと思っていた。
「いつから?」
「え?・・・えっと、・・入学式・・・・からかな?ずっといたと思うけど・・・・」
「いや、そうじゃなくて。お前があいつらにこんなことされるようになったの」
「・・・・・・」
てっきりいつから彼等がこの高校に居るのかという質問をしてきたかと思いそのまま回答してしまった。
(それもそうだよね・・・・なんで馬鹿みたいな答え方したんだろ)
「・・・そんなに、されてるわけじゃないけど・・た、たまにだよ。たいしたことじゃないから」
「いや、俺が聞いてんのは、いつから?っていう質問なんだけど」
(・・・・)
非常に答えにくい。正直僕もいつからなのか分からない。さっきみたいに後ろからの時もあるし、しかも何も言わずに去っていく。僕にはそれがただぶつかっただけなのかなと自分で思い込んでるものもあったりしたから、陰湿なことをされていた自覚自体なかったかもしれない。
(ターゲットが毎回ローテーションで変わってそうだから、いつもこんなことやられてるわけでもないんだよね・・・)
「わ、分かんない・・・です」
「・・・・そっか、気付かなくてごめんな」
「い、いや・・・・別にこうたくんが謝ることじゃないよ、・・・・僕がどんくさいだけだから」
「いや、あいつらが普通に悪いだろ」
「・・・・こうたくんは、話しかけられたこととかないの?」
彼等はこうたくんのことを知っている様子だった。名字で呼んでいたけど、こうたくんの様子を伺う限り向こうが一方的に知っていただけの線が強い気がする。
「覚えてないな」
「そっか」
「うん・・・・言ったじゃん、俺人見知りだって。誰でも話したりするわけじゃない」
冗談で言ってるのか、それとも本気で言ってるのか分からない時があるけど、これは多分本気だ。
「それにこの高校入って自分から話しかけた相手、かずきだけだし」
(・・・・・え)
「そ、そうなんだね・・・・」
いつまで経っても離してくれない体がそろそろきつくて、このまま会話を続けても頭に入らない。こうたくんには本当に申し訳ないけど、彼のことをそういう目で見てる僕からすればこの状況はいろんな意味で非常によろしくない。
「こうたくん、そろそろ・・・」
「ん?」
(離れてくれないと僕の下半身が・・)
「部、部活行ったほうが」
背丈が違うから互いの腰の位置までは同じじゃないけど、このままくっついたらなんて妄想が膨らみそうで、さっきあった事なんて頭から吹っ飛びかけていた。
必死に理性を働かせようと『こうたくんは部活、こうたくんはこの後部活』と心の中で何度も唱え、鼻から空気を吸った。
「あぁ、そうだな。忘れてた」
「こうたくん、部活遅れたら皆心配するでしょ・・・だから、」
「大丈夫だよ、別に。そんなことよりも気をつけて帰れよ」
ポンポンと頭を軽く撫でられ、やっとこうたくんと僕の体が離れる。
(あ、危なかった、・・・いや、危ない・・・・やばい、早く帰らなきゃ)
「こうたくんありがとう・・・あ、あの」
「ん?」
(せめて・・・)
直接言えなかったことを口にする勇気は心臓が口から出てくるんじゃないかってくらい緊張する。
「部活頑張って・・・ください」
「おぉ〜、ありがとうな」
ニコと笑ってまた荷物を担いだ彼は僕に背を向けて歩き出そうとしていた。そして僕は下半身がバレないようにとその一瞬のスキに荷物を前に抱えなおした。
「あっ・・・・」
(えっ・・・)
その瞬間小さく声を発して動きを止めたこうたくんは何を思ったかこちらに振り返り真剣な顔で僕に告げた。
「何かあったら俺に言えよ」
「・・・え?」
「分かったか?」
「・・・・・」
「かずき、返事」
「・・・・・は・・・はい」
そんなことをしたら、こうたくんまでもターゲットにされてしまう。部活で大事な脚を蹴られたり折られたりしたら取り返しがつかないことになる。
そう思った僕はこうたくんの親切心を遠慮しようとしたけど、彼の真剣な眼差しに了解の返答をすることしかできなかった。
(なんでこんな僕のために)
「心配なんだよ」
「・・・・・な、何が」
「お前のこと」
やっぱりこうたくんは優しい。
(・・・・・どうしよう)
「じゃあもう行くわ」
「・・・う、うん」
僕に背を向けて今度こそ歩き出した彼は肌寒い外気の中へと消えていく。
(こうたくん・・・・)
カバンを抱きかかえたまま唇を噛んだ僕はため息を少しついてから靴を履いてその後家にまっすぐ帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます