第3話 気持ち



「俺のこと苦手?」

「・・・・え?」

「いや、なんかこっち見て話してくれないし、俺が話しかけ過ぎなのかなって思って」

「そ、そんなことないよ!」

「そうなの?」


(ば、バレたわけじゃなかったんだ・・・)


良かったと思いながらも、本当のところ否定系の言葉で終わるよりもプラスの表現で次の会話に繋げたい。



「まぁ、ならいいんだけど」

「こ、こうたくんのことは・・・す、す・・・」


この言葉を口から出そうとしたら心臓が破裂するんじゃないかと思うくらいに大きく鳴り響いて、まるで僕に対する警告音みたいに感じられた。



「凄い優しい人だと思ってる・・・こんな僕といつも話してくれてありがたい・・・限りです」

「本当?」

「うん・・・・」



『好きです』


(これも言えない)


言えないことが積み重なって、心に溜まっていくとどうなるんだろうか。何処かで弾けて脱力してそれで済むんならいいけど、ずっと引きずったまま、こうたくんが彼女作って、結婚してなんて考えるだけでも泣きじゃくりたくなる。



彼が自然に「好き」と言ってくれる言葉の意味と、僕が言おうとしても言えない「好き」の言葉の意味は全く異なっていて、重なり合うことなんてない。



ガラッと教室のドアが開いて、一限担当の先生が入ってきた。


「授業始めるぞ〜」



こっそりノートを返してくれたこうたくんは、真面目に授業を聞いている。それに対して僕はこうたくんが触れたノートに嬉しくなって、彼が触ったとこと同じとこを持って机の上に広げ、全然集中できていない状態で授業にのぞんでいた。




「こうた、昼飯食おうぜ」

「あいよ〜」


お昼の時間になって、こうたくんは友達に誘われてお昼を食べに行った。多分食堂だろう。


「はぁ〜」


彼が教室から出ていったのを気づかれないようにこっそり盗み見したあと、僕はお弁当を持っていつもの場所へと向かった。


「・・・・・」


流石に9月後半にもなると肌寒い日も増えてくる。僕が向かった場所は校舎の裏側。ここなら誰も居ないし、誰も来ない。案外綺麗だし、僕だけの秘密の場所になっている。



教室で食べないのは、特に理由があるわけではない。なんとなく居づらい。お母さんが作ってくれるお弁当をからかわれても不愉快になるだけだし、惨めな思いをしてそれがこうたくんに見られでもしたら、恥ずかしすぎて学校に来れなくなる。



「いただきます」


お弁当を開いて箸を持ち、手を合わせて一言。


お昼に喋る言葉はだいたいいつもこれだけ。


会話なんてしないから、すぐに食べ終わって後片付けをしていつものように教室に戻った。



残りの時間は本を読みながら、頭の片隅でこうたくんのことを考えてる。今日のお昼は何を食べたんだろうかとか、好きなものってなんだろうとか、そんなことばかり。


思考が違う方向に取られてるからページなんてめくらないし、ましてや文字なんて追ってない。


(・・・・・・)


チャイムがなってようやく顔を上げて、進んでない同じページにまたしおりを挟んだタイミングで、こうたくんが友達と一緒に教室に戻ってきた。



「あ〜、めっちゃ苦しい」


(食べすぎたのかな・・・)


席についたと思ったらこうたくんは苦しそうな声で机に突っ伏した。




午後の授業もそれとなく過ぎていき放課後になれば僕は家に帰るだけ。隣の席のこうたくんは部活。


(頑張って)


心の中で応援して、帰る時は誰の視界にも入らないようにそそくさと歩くんだけど、なんでか今日は違った。


「あ、かずき」

「・・・・・」

「ちょっと待って」

「は、は・・はい」


突然後から話しかけられて戸惑うことしかできない僕は振り向かずにそのまま固まってしまった。最悪な態度だ。


「正面玄関まで一緒に行こうぜ、お前は帰るんだよな?」

「・・・・う、うん」


(こうたくんは・・・部活)



彼はサッカー部だ。運動神経もいいから1年生からレギュラーらしい。見たことないから分からないけどとってもうまいんだと思う。



「なぁ、何で背向けたままなの?俺可哀想じゃん、こっち向いてよ」

「・・・・・」


後ろから今度は頭をポンポンとされた。彼のほうが圧倒的に背が高いからこうたくんに取ったらそんなことはお茶の子さいさいで、もしかしたら他の子にもしてるのかもしれない。


「え・・・えっ、・・・と」

「そういえばかずき、背伸びた?」

「・・・・へ?」


思わず顔だけ少し後ろに向けた。


「なんか少し大きくなったよな」

「・・・・・そ、そうかな」

「うん、前はもうちょっとちっこかった気がする」

「・・・・こうたくんは・・・・背高いよね・・・う、羨ましい」

「そうか?」

「・・・うん」


なんとでもない顔をして、僕の相槌を聞きながら部活で使う重たそうなカバンを肩に担ぎなおしたこうたくんは、僕の背中に手をそっと触れ「行こうぜ」と言った。



ドアを開けて、2人で廊下を歩くと珍しいコンビなのかチラチラと他の生徒に見られる。



(こんな僕と並んで歩いて、こうたくん嫌じゃないのかな)


「かずきはさ、家に帰ったら何してんの?」

「え?・・・え、家?」

「うん、家」

「・・・・えっと、勉強とかかな」



言えない。家に帰ってこうたくんの事考えながらオナニーしてるとか死んでも言えない。


もう言えないことだらけだ。


(・・・・今日は、我慢・・・しようかな)


「へ〜、やっぱり凄いな。頭いいもんな〜・・・あ、っていうか、かずきは彼女とかいないの?」

「・・・か、彼女?・・・・な、何で?」

「ん?なんとなく?なんかかずきは一途そうだよな」


(一途・・・・)


確かに間違ってはない。ただ、気持ち悪いほうに一途なだけだ。



「僕は、いないよ・・・こうたくんは・・・か、か、彼女いるの?」

「俺?俺もいないよ。興味ないんだよね、それに友達と居たほうが楽しいし」

「・・・・・そ、そっか」



話しながら歩いていると、あっという間に正面玄関についた。靴を履き替えてしまえば後は別れるだけだ。いつもより少し長めに一緒にいれたことに胸のドキドキがおさまらない。


「こうたくん・・・・・あの、ありがとう」

「何が?」

「げ、玄関まで一緒にって誘ってくれたの」


変な感謝の仕方だ。言ったあとに少し後悔。


「あぁ、いいよ別に」


靴を履きながら、まだ靴を持って仁王立ちしている僕のほうに振り返って爽やかに笑ったこうたくんは、何かに気が付いて僕を少し強めに自身のほうに引き寄せた。


一瞬何が起こったか分からず、言葉を失った僕は上を向いてこうたくんを見上げてしまった。


「あ、ごめんごめん、小さくてそいつがいることに気が付かなかったわ」

「おい、お前そんなこと言ったら可哀想だろ〜」


僕の後ろで、僕を馬鹿にする言葉が聞こえてきてようやくこうたくんが何でいきなりそんなことをしたのか理解した。



男子校だから色んな人がいる。優しい人もいれば僕みたいに陰キャラなのもいて、後ろの人たちみたいに誰かを馬鹿にしないと気がすまない人もいる。



「・・・・」

「よお、何で桐崎はこんなやつと一緒にいんの?お前そんなネクラなやつと絡むタイプだったっけ?」


ケラケラと笑い声がして、馬鹿にしているのが分かる。でもこうたくんじゃなくて、明らかにその言葉の裏側にある見下した感情は僕に向けられている。


(やっぱり・・・僕なんかと一緒にいるから・・・申し訳ないけど・・どうしよう)


正直彼らが僕に何をしようとしたのかは背を向けていたから分からない。


こうたくんに片腕で抱きしめられている状況で逃げ道がないけど、一番いいのは、何に対してか分からないけどとにかく謝ってすぐにこうたくんから離れることだ。


(・・・え、)


そう思って少し動こうとしたけど、回された手に力を入れたのか結局こうたくんの胸元あたりに顔が触れるか触れないかの微妙な距離感を保ったまま、下品な笑い声を聞いてることしか僕にはできなかった。


(こうたくん・・・・なんで)


前もこんなような状況はあって、しかも1人だったけどタイミング良く先生が来てくれたから良かった。今は僕とこうたくんだけだ。


先生、誰か来てくださいと心の中でお願いしたけど、そんな都合のいいことは起こらなくて、後ろにいる彼らがいつキレだすのか分からない。


(僕みたいなのをターゲットにして何が楽しいんだろう・・・何も楽しくないのに)



「お前誰?」

「・・・・は?」


(・・・・・・え)


「お前誰?って言ったんだよ」

「・・・え、何、それ冗談?」

「っていかタイプって何?」

「・・・・・は?」

「俺、お前みたいな顔の汚いヤツと絡んだ記憶ないんだけど」


こうたくんの顔は見えない。思わず彼の服をぎゅっと握りしめようとした。


「・・・はっ、なんだそれ、っていうかお前ら男同士で抱き合ってるみたいで気持ち悪いぞ」

「・・・・・」


聞こえた声に急に心臓の鼓動が早くなる。


途中まで上げた手は拳を作ってゆっくりおろしてしまった。考えてなかった方向から秘密にして隠している心に寸分の狂いもなく刃物が突き刺さったような感じだった。


やっぱり普通ならそう思う。


こんなに近距離にこうたくんを感じられて、それを嬉しいと少しばかり喜んでいる自分自身もはたから見れば気持ちが悪いと思う。守ってくれて嬉しいと、こんな状況なのに喜んでいる僕はきっと死んだほうがいい。


こうたくんももし僕が彼のことをそういう目で見ていると分かったら、きっと気持ち悪いと思うだろう。


(こうたくん・・・・ごめんなさい)


心の中でしか謝れない僕の声に被せるようにこうたくんが不機嫌そうに言葉を発した。


「だから何?」



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