第2話 学校




「良かった、まだ誰も来てない」


昨日は、学校から帰ってきて部屋で一回抜いたのに結局またお風呂でもやってしまった。


2回もすると流石に眠たくなるから、ご飯を食べて寝る支度をしてすぐにベッドで毛布を被ってスマホ片手に寝落ち。






「おいしょ・・・」


自分の先に座って、誰も座ってない隣の席を眺める。

見すぎると座りたくなる衝動に駆られるから良くないのだけれど、この朝の少し早い時間帯に静かな教室で何も考えずにボーッとするのは僕にとっては至福の一時でしかない。



「・・・・こうたくんの、連絡先知りたいな・・でもそんなことしたら・・ダメだ、もっとおかしくなりそう」



カバンを出して必要な物を引き出しに入れようとしたら教室のドアがガラッと音を立てて勢いよく開いた。


ビクッ

(・・・え)



「・・・・・」

「あれ、かずきじゃん。お前いつも早いな」

「・・・あ、こう・・・たくん」


別に制服を着崩しているわけでもない。髪も染めてない。長いわけでもないし、ピアスだってあいてない。



「おはよう」

「・・・・おはよう」


それなのにかっこいい。髪型はどんな名前か知らないけどきっと美容院できちんとカットしてもらってるように見えるし、顔も整ってる。


切れ長の目に、薄い唇は何もしなくても自然に女の子が見惚れる顔だ。背は高いし部活をしてるから程よい筋肉質な体をしている。



隣に来て椅子に座り挨拶をしてくれた彼に同じように返すと目を合わせてくれた。



(・・・・この前の女の子誰だったんだろう)


数日前、用事があって駅のあたりを彷徨っていると、こうたくんが友達らしき人達と歩いているのを偶然見かけた。別の高校の女の子もいて、そのうちの一人がこうたくんの腕にベットリ張り付いていた。


少し笑いながら振り払う素振りをした彼に無駄に1人でホッとしてたけど、遠くからでもずっと見てるとその集団に気付かれてしまいそうだったから人混みに紛れて早歩きで家に帰った。



(彼女・・・とかいるのかな)



知られてはいけない気持ちなのに疑問が浮かんでは解決させることなくその疑問をまた次に勝手に浮かび上がる疑問で打ち消していく。


こんな醜い感情は、嫉妬心から来るなんて言われなくても分かる。



こうたくんは僕に挨拶をして少しだけ机に伏せてから、気が付いたようにスマホを取り出して欠伸をしながら画面を見だした。


「・・・・・あ〜、めんどくさいな」


(え・・・?)



「なぁ、」

「な、なに?」

「かずきってさ、合コンとか興味ある?」

「・・・・ご、合コン・・・ですか?」

「うん」


いきなり未知な世界の話をふられてパニックになりかけた。合コンなんて僕なんかが誘われるわけがない。女の子に興味なんてないし、そもそも逆に興味を持たれる容姿でも性格でもない。


「いや・・・・僕は全然・・・そんなタイプじゃないので」

「タイプ?タイプって何?」

「・・・いや、僕にとっては別世界というか、そんな・・・人に好かれるタイプの人間ではないというか」

「そうなの?」


他の人にそんな返しをされると馬鹿にされてるように感じるけど、こうたくんに言われると本当に疑問系で聞いてくるからなんて返せば正解なのか悩む。



「・・・・・」


思わず言葉に行き詰まり失礼ながら無言になってしまった。どうしようと焦っているとこうたくんがスマホを見ながら呟いた。


「でもかずき、可愛い顔してるじゃん」


多分適当に言ったんだと思う。


「・・・・・・」

「それにさ、なんでも一生懸命にやるだろ?それ見てるとなんか俺も頑張んなきゃなって思うんだよね」


こうたくんは基本的に優しいから相手を傷付けない言い回しの術を持っていて、なんでもそつなくこなす、そんな人だ。



「だから俺、お前のこと結構好きだよ」



スマホの画面を暗くしてズボンのポケットにしまい込んだこうたくんはそう言うと僕のほうを見て左肘を机につきながらニコっと笑いかけてきた。



「・・・・そ、それは・・とっても嬉しい・・です」


尋常じゃないほどに嬉しくなってどもりながら言った感謝の言葉は途中から彼を直接見て言えなかった。


(ど、どうしよう・・・)


顔が赤くなっている気がして、体から汗が噴き出している気がして落ち着かない。下を向いて両手で握りこぶしを作って膝の上に置いた僕は頭が真っ白で、次の言葉選びを失敗してしまった。



「こ、こうたくんは・・・その、合コン・・・に行くんですか」

「ん?あ〜・・・行かないよ。昨日の夜なんか誘われたけど」

「そ、そうなんだね・・・」

「うん。だって俺、かずきと一緒で人見知りだし」

「・・・・」


恥ずかしくて下を向いたのに、また僕が喜ぶような言葉をくれるからこうたくんの顔をどうしても見たくなって無意識に顔を上げてしまった。



「・・・あの、」

「ん〜?」


どうやら彼の視線はすでに教室のドアのほうに向けられていたらしい、生徒が続々と入ってきている。



(・・・・ダメだ、言えない。連絡先教えてくださいとか、絶対言えない)


僕たちの周りにも生徒が席につきだして、結局続きは言わずにすんだ。



周りで生徒がじゃれあったり、楽しそうに喋ったりする声が空中を舞って、それは僕の隣の席のこうたくんにも飛んできた。



(・・・いいな、楽しそう)



僕が話す相手は入学式の時から変わってない。もう半年が経つのに、いまだにこうたくんとだけしか会話が続かない。自分からは話しかけないし、そもそも他の生徒に話しかけられることなんてほとんどなくって、だいたい1人でいることが多い。



担任の先生が来て、席に着くように促された後はホームルームが始まったら皆静かになる。



(・・・・高校生活の3年間は、ずっとこんな感じで過ぎるのかな)


欲を出しすぎると全て失う。



担任の先生の話なんて聞かずに違うことを考えているといつの間にか皆は1限の授業の準備をし始めていた。


「かずき、」

「・・・・え、あ、はい」

「ちょっとノート見してくれる?宿題やったんだけど、分かんない場所があって」

「・・・・・」

「ダメ?」

「い、いや、ダメじゃないよっ・・・これ」



タメ語と敬語が入り混じる喋り方はまだましになってきたほうだ。


「ありがとう、お前字が綺麗だから見やすいんだよな」

「・・・・そ、そんなことないよ・・・こうたくんの・・字も綺麗だよ」

「そうか?」

「うん・・・」


最初の3ヶ月はずっと敬語だった。




「僕は好き・・・だよ、こうたくんの字・・」



最小限の音量でボソッと言った言葉は当たり前に君には聞こえていない。



好きだけど、バレたら嫌われて気持ち悪がられると思う。




「そういえば、ずっと聞こうと思ってたんだけど、かずきってさ、」

「・・・・な、なに?」


(もしかして、僕の行動なんか変だった?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る