ホテル再建記録⑰ サンドストームの亡霊

『よかった、つながった』

 電話の発信者は楊だった。

『エドは? エドは近くにいる?』

「横にいるけど、どうして」

『何度かけても、つながらなくて』


 それを聞いた西坂は、この場所がコブラパレスの地下であることを思いだしていた。ウロコ共和国には二社の電気通信事業者が存在するが、コブラパレスのロビーには、西坂が利用しているキャリアの屋内基地局しか設置されていない。もういっぽうのキャリアを利用するシリンジのスマートフォンは、地下では電波を受信しないようだった。


『二人にお願いがあるの』

 楊の口調からは、緊急性の高い内容であることがうかがい知れる。

『頼むからパイロンさんを止めて。あの人、怪我してるのに、それなのに犯人を追って……』


 パニック寸前の彼女の説明によって、最悪の事態の発生を知ることになった。

 地底爺殺害の容疑者を追う警察は、二十三名の警察官を動員して洞窟内に踏み込んだのだという。洞窟内で容疑者を確保できればそれでよし。見つからなければ、姿を現すまでその場で張り込むという作戦だ。


 幸か不幸か、容疑者と思われる半裸の男は洞窟内で発見された。しかし、人数で勝るはずの警察は、狭い洞窟内で連携を乱し、返り討ちに遭ってしまう。洞窟に潜んでいた半裸の男は、博物館から強奪した長剣を振りかざし、並外れた速さで警察官たちをなぎ倒していったとのことだった。


 後方で難を逃れた楊は、救急隊の出動を要請し、負傷した警察官たちの手当てをしているとろなのだという。


「わかった。ガブリエルの車で、すぐに向かう」

 一刻を争う事態であると判断した西坂は、シリンジを促して地上へと引き返しながらも、ガブリエルの番号に電話をかけ続けた。客としてではなく、友人として協力が必要な場合は、プライベートの番号に直接連絡するようにと、ガブリエル本人からもいわれている。電話に出たガブリエルに事情を説明すると、コブラパレスまで車を回してもらえることになった。


 横穴を抜け、亀裂の先にある地下室へと戻る。ホテルを出てロータリーで車を待っているあいだに、楊から聞いた洞窟内での出来事をシリンジに話した。


「警察を返り討ちにするって、なんだよ、それ」

 まったく予想していなかった展開なのだろう。シリンジは、信じられないといった表情でこちらを見ている。

 拳銃を所持した警察官の集団を壊滅させる。躊躇なく相手の命を奪いにいく殺人鬼とはいえ、たった一人の人間に可能な芸当とは思えなかった。


「長剣一本で敵を倒すって、まるで古代の戦士じゃないか」

「そうだ、手負いの暴力警官でどうにかなる相手じゃない。再接触する前に止めないと、取り返しのつかないことになる」


 博物館で襲われたときのことを思いだす。あのとき西坂は、無謀にも相手の顔面に反撃の一撃を食らわせている。一つ間違えば自分はあの場で殺されていたのだと考えると、いまになって身体の震えが止まらなくなった。


「あれはきっと、まともに闘っちゃいけない相手なんだ。それを知ってる俺が、もっとしっかり危険を訴えていれば……」

 震える西坂の手に温かいものが触れた。シリンジの手だ。

「大丈夫」

 いつかの地底爺のような、太陽を思わせる手だった。


「あの人は、ただの警官じゃない」

 いつのまにか、身体の震えは止まっていた。

「そうだな。毒蛇ハンターの暴力警官だもんな」

 負傷したパイロンを無事にアパートメントに連れ帰る。いまはそのことだけを考えることにした。


「来た。ガブリエルだ」

 しばらくすると、ガブリエルの運転するジャッカル・エミーナが、エンジン音を轟かせながらロータリーに滑り込んできた。


「乗れよ。急いでるんだろ」

 運転席から顔をのぞかせた副業運転手は、いつになく真剣な表情をしていた。こちらの様子を見て、切迫した状況であることを瞬時に理解したのだと思われる。

 助かる、と答え、西坂は助手席のドアハンドルに手をかけた。


 そのとき、横に立つシリンジが西坂の名前を呼んだ。

「バトー」

 西坂は、ドアハンドルから手を放し、シリンジを見る。

 シリンジは、口を半開きにさせたまま茫然と前方を見つめていた。


「どうした、エド」

 視線の先に顔を向けた西坂は、次の瞬間に、ありえない光景を目にすることになった。

 眼下に広がる丘の麓の市街地。その先にあるはずの砂漠が黒一色に塗りつぶされている。

 天まで届く黒い壁がセパレートシティの目前に迫っていた。


「おい、あれって」

「デッドストーム」

 掠れた声でシリンジがいう。

「この地を地獄に変える嵐。街の伝承にある災害級のサンドストームだ」


「いいから、早く乗れ」

 運転席のガブリエルが強い口調になる。

「ラジオで緊急放送が流れてる。特別警報が出て外出禁止になったらしい」


 それを聞いて、西坂とシリンジは、すぐさまガブリエルの車に乗り込んだ。街がサンドストームに覆われてしまえば、視界は遮られ、パイロンを発見することは困難になってしまう。もはや、自分たちには一刻の猶予も残されていなかった。


「出してくれ、ガブリエル」

「飛ばすぞ。掴まってろ」

 ロータリーを飛びだしたジャッカル・エミーナは、勾配のある直線の坂道をノーブレーキで下っていく。


「で、どこに行けばいい」

 ガブリエルが尋ねた。

「複式墓地の南に崖があって、そこが洞窟の出口になってるから、そこまで頼む」

 シャーマの砦だ、とシリンジが補足すると、その説明でガブリエルは目的地を理解したようだった。


 警察が突入した深部の隠れ家から、街に面した洞窟の出口までは、歩けば一時間ほどの距離がある。容疑者の追跡中とはいえ、洞窟内を全力疾走することはできないだろう。このままのペースで進めば、パイロンが洞窟を抜けるよりも先に、自分たちは出口にたどり着ける見込みだ。


 坂道が終わり市街地に入ると、慌てた様子で露店を畳む人々の姿が目に入った。街のいたるところで、屋内退避を勧告するサイレンが鳴り響いている。

「嫌な音だ」

 西坂がいうと、シリンジは抑揚のない声で「同感だ」と答えた。


 もうすぐ、東の空から、かつてない規模のサンドストームが押し寄せる。

 助手席の窓から空を眺めながら、ため息まじりに西坂はつぶやく。

「デッドストームか……、不吉な呼び名だな」

 そうだね、と相槌を打って、シリンジは大きく息を吸った。


「遥か彼方で発生した巨大なサンドストームは、長い時間をかけ、大量の砂を上空に巻き上げる。太陽光すら遮断する砂の波に飲み込まれたとき、街は地獄のような姿に変貌を遂げるといわれている。昔の人は、その光景を見て、世界の終わりを想像したんじゃないかな」


 どうやら彼は、先ほどの話が途中になっていたことを思いだしたようだ。

「やけに詳しいじゃないか。ヤンに教えてもらったのか」

「いや、博物館の展示パネルの受け売り」

 正直に答えるあたりがシリンジらしい、と西坂は思った。


「にしても、太陽光が遮られるのは厄介だな」

 高台から見た黒い壁、分厚い砂の層を思いだすだけで絶望感に襲われる。


「そうだ、暗視ゴーグルは?」

 後部座席を振り返る。それさえあれば、視界の問題は解決できると思った。よい発想だと思ったのだが、シリンジは首を横に振っていた。

「ないよ。ユートンが持ってる。洞窟で使うからって」

 それもそうだ。この状況下では西坂でも同じ選択をする。


「そういうバトーは? 役に立ちそうなものとか、なにか持ってないの」

 シリンジの質問に、西坂は「スタンガンなら持っている」と答えた。

「はっ? スタンガン? なんで、そんなもの」

 そのとき、運転席のガブリエルが声を上げた。

「サンドストームだ」


 それから地獄の到来までは十秒もかからなかった。目的地まで残りわずかというところ。複式墓地の入口に差し掛かった地点で、周囲は完全な暗闇に包まれてしまった。


「おい、スピード落とせって」

 西坂が叫ぶ。

 ガブリエルはアクセルを緩めない。


「バカじゃないの! ブレーキ、ブレーキ」

 後部座席のシリンジは悲鳴を上げていた。


 急げとはいったが、視界ゼロのなかを暴走しろとはいっていない。ヘッドライトを点灯させる余裕はあるくせに、ブレーキを踏むという単純な動作ができない。

 あたまのネジが外れている。

 そうだこいつは最悪の運転手だった、と過ちに気づいたとき、暴走するジャッカル・エミーナの前に人影が飛び込んできた。


 急ブレーキのあとに、どん、という鈍い音がした。

 車内に沈黙が下りる。

 やがて、シリンジが、なにかを思いだしたかのように口を開いた。

「たいへんだ」

 声が聞こえたのと同時に、後部座席のドアが開いた。


「やめろ、エド!」

 西坂が叫んだときには、シリンジは車を降りて前方へと駆けだしていた。


 助手席に座る西坂は、その目ではっきりと見ていた。車にはねられた人物が手にしていたもの。それは、持ち去られたはずの博物館の長剣だった。監視カメラに映っていた剣、地底爺を殺害した凶器が、いま、前方で倒れている人物の手のなかにある。

 ヘッドライトの先の半裸の男を見て、この男こそが、かつて遭遇した博物館の侵入者であり、地底爺殺害の犯人なのだと西坂は確信した。


 男の肩がわずかに動いた。

 それを見た西坂は、すぐさま助手席のドアを開け、車外に出た。横殴りの風が容赦なく顔面に砂を叩きつけるなか、左腕で庇を作り、なんとか視界を確保する。


 男の手にある凶器に気づいていないのか、シリンジは落としたハンカチでも拾うかのように男の前に屈みこんだ。

 次の瞬間、倒れていた男が半身を起こし、その勢いを利用して、手にした長剣を横に払った。


「エド!」

 首を狙ったと思われるその一撃は、しかし、高さが足りずに、シリンジの上腕を斬ることになった。

 強風に煽られて軌道が変わったのか、それとも車との衝突で致命的な怪我を負っているのか、詳しいところはわからない。いずれにせよ、シリンジに対する奇襲攻撃は致命傷とはならず、腕に食い込んだ刃は骨に当たって止まっていた。


「エド」

 西坂が駆け寄ると、男はすぐさまこちらとの距離を取った。圧倒的な力をもって警察を蹂躙した男だが、いまはその動きに鋭さがない。左足をかばっていることから、先ほどの衝突で深手を負ったものとみられる。


「大丈夫か、エド」

 男の姿を視界の隅に置き、西坂はシリンジの様子を確認する。

 シリンジは痛みをこらえながら、右手で腕の傷口を抑えていた。

「バトー」

 相棒の血まみれの腕を見た瞬間に、西坂のなかでどす黒い感情が湧き起こった。


 激情と呼ぶに値するその感情には覚えがあった。いまから一年ほど前の、ホテルのバックヤードでの記憶が甦る。目の前にあるのは、うずくまるホームレスの須藤と、その腹を蹴り上げるフロント課長の姿だ。まるで遺伝子に組み込まれた本能であるかのように、理不尽な暴力に対する強い嫌悪が、西坂から冷静さを奪っていく。


「てめえ……」

 西坂は男をにらみつけた。恐怖は失せ、肉体は憎悪に支配されていた。


 長剣を構える半裸の男は、西坂を正面に捉えたまま、じりじりと後退していく。殺気に気圧されたというよりは、劣勢を察したというべきなのだろう。気がつけば、遅れてやってきたガブリエルが西坂の隣に立っていた。


「おい、大丈夫なのか」

「わからない。でも、まずは止血しないと」

 西坂が答えると、隙をうかがっていた半裸の男は、擬態のようにサンドストームのなかに姿を消した。


「エドのことを頼む」

 シリンジをガブリエルに託し、西坂は立ち上がる。


「頼むって、あんたはどうすんだよ」

「あれを野放しにするわけにはいかない」

「正気か、あんた」

 正気だと答える代わりに、西坂はポケットのなかからスタンガンを取りだした。


 そんな西坂を見て、ガブリエルはため息をつく。

「なら、せめて、これも持っていけ」

 ガブリエルが差しだしたのは車載の発炎筒だった。本来は事故を起こした際に使うものだが、サンドストームのなかでは即席の松明としても使用できる。だいぶ前に冗談まじりに教わった知識だが、まさか実際に役立つ日が来るとは思ってもいなかった。


「助かる」

 キャップを外してマッチの要領で擦ると、発炎筒の先端から勢いよく炎が噴出した。視認性を優先させた真っ赤な炎は、肉体から流れ出る血液を彷彿とさせた。

 西坂はシリンジとガブリエルをその場に残し、発炎筒を手に男のあとを追う。


「ダメだ、バトー。行っちゃいけない」

 引き止めようとするシリンジの声は聞こえていたが、決意を固めた西坂が後ろを振り返ることはなかった。


 男が逃げ込んだ先は複式墓地だった。暗闇のなかにとつぜん現れた墓石群を前にして、西坂に動揺がまったくなかったわけではない。なじみのない異国の墓地を独りで歩くことには戸惑いもあったが、いまこの瞬間は、逃げた男に対する警戒心のほうが勝っていた。


 墓石の隙間を縫って前進しながら、西坂は考える。

 そもそも、洞窟にいたはずの男と、このタイミングで接触するのは想定外だった。楊から聞いた情報をもとにすれば、洞窟を出るまでのおおよその時間は計算が可能で、つい先ほどまでの西坂は、自分たちのほうが先に出口に到着するという目算を立てていた。


 ところが、実際には、男はそれよりも短い時間で洞窟を脱出している。納得のいかない点はあるが、もはや人間離れした速さだと認めざるをえない。もしも、同じ速度でこの場から逃亡されていたら、追いつくことは不可能だっただろう。


 しかし、男はいま、ジャッカル・エミーナとの接触によって足を負傷している。対峙した際の左足をかばう仕草を見ても、軽傷ではないことは明らかだ。こちらが諦めないかぎり、追いつくことはじゅうぶん可能だと西坂は考えていた。


 西坂が持つ発炎筒には、視認性を高めるための特殊な火薬が使用されている。サンドストームによって視界が制限されるこの状況下においても、発炎筒の炎は遠くからでも視認が可能だ。それはつまり、逃走する男のほうも、追っ手の存在を認識することできるという意味でもある。逃げきれないと判断すれば、男はどこかのタイミングで攻勢に転じるかもしれなかった。


 サンドストームに紛れた奇襲攻撃。それを逆手に取って、スタンガンによるカウンターの一撃を叩き込めば、力で劣る自分でも相手を無力化できるかもしれない。

 西坂はスタンガンを持つ手に力を込めた。


 吹き荒れる風音に混ざり、かすかに別の音が聞こえる気がする。気配を確かめようと歩みを止めたところで、西坂は知ることになった。予想は的中だ。

 視界の隅からぬっと姿を現した男が、長剣を振りかざして西坂に襲いかかってきた。


 墓石を盾に攻撃を防いだ西坂は絶句した。なんという無駄のない動きだろう。奇襲を警戒していたことで、闇に乗じた一撃にはなんとか対応できたが、反撃の隙がない。


 手負いのはずの半裸の男は、発炎筒の炎の先で猛獣のような雄叫びを上げていた。もはや、疑う余地はないだろう。最後の力を振り絞り、全身全霊をかけてこちらを殺しにきている。


 まずいな、と西坂は思った。

 この墓地が自分にとって不利な地形であることは理解している。広い敷地内にサンドストームの遮蔽物は存在していない。ここにあるのは、人の背丈ほどの高さの墓石のみ。発炎筒の炎によって、相手側はこちらの位置を把握することができるが、こちらの視界はゼロに近く、敵の姿を目視するのは極めて困難な状況だ。先制攻撃に対するカウンター以外では、いまの自分に勝機はないだろうと西坂は考えていた。


 最初の一撃を防がれた男は、二撃目の機会をうかがって、再びサンドストームのなかに姿をくらます。

 西坂はスタンガンを握りなおし、その場で深く息を吸い込んだ。


 先ほどの攻撃によって、相手はこちらの力量を把握したものと思われる。手にした武器まで見られたかは不明だが、こちらの身のこなしから、戦闘の素人であることは知られたはずだ。次は確実にこちらの命を取りにくるだろう。再び長剣の間合いに入ることは、すなわち、首をはねられるのと同義であると西坂は考えていた。


 発炎筒を振って相手を威嚇しながら、一定の距離を保つことに専念する。策を練るためにも、ひとまずここは時間を稼がなければならない。


 てれろんろん、てれろんろん、てれろんろん、ぽん。

 てれろんろん、てれろんろん、てれろんろん、ぽん。

 てれろんろん……。


 至近距離で電子音が鳴り響き、いっきに心臓の鼓動が高まった。

 音の発信源が自身のスマートフォンだと気づいた西坂は、周囲を警戒しつつ、ディスプレイの通話ボタンをタップする。


『いいか、ホテルマン。よく聞け』

 声の主はパイロンだった。

『いま、おれは、おまえらのすぐそばにいる』

 男を追跡していたパイロンは、洞窟を出たところで対象の行方を見失ったが、偶然に出くわしたシリンジとガブリエルから話を聞き、西坂を追ってここまでやってきたのだという。


『そいつは、おれの銃で仕留める』

 暗視ゴーグルを装着したパイロンは、西坂の後方で射撃のタイミングをうかがっていた。

『二秒だ。二秒で構わないから、奴の動きを止めろ』

 洞窟内の戦闘で利き腕を負傷し、パイロンは不慣れな片腕で照準を定めていた。このまま撃てば当たる可能性は低いが、動きが止まれば確実に仕留められる、と彼はいう。


「わかった。二秒だな」

 ほかに選択肢などない。残された手段はただ一つ。

「うまくいったら合図する。奴を撃て」

 そうパイロンに伝えて、西坂は通話を切った。


 あらためて深呼吸をする。覚悟を決めたことがきっかけなのか、脳内では走馬燈のようにイメージが再生されており、情動の停滞がリズムを刻むように次々と解消されていく。


 いま目の前にいるのは、セパレートシティを恐怖に陥れている存在だ。厄災の元凶を排除することができれば、おそらくこの街は平穏を取り戻すだろう。コブラパレスはまもなく改装工事を終える。営業許可の承継手続きを行い、オープニングスタッフを迎え入れたあとは、ゲストの顔を想像しながらオープニングの日を待つのみだ。相棒の踏みだす一歩を見届けたあとは、役目を終えた自分は帰国することになる。何年か経って落ち着いたら、シリンジを自国に招待するのもいいかもしれない。初体験の彼に雪を見せたら、いったいどんな顔をするのだろうか。笑い話をしながら、ともに過ごした一年を振り返る。そんな日が待ち遠しい。いま、こんなところで終わるわけにはいかない。


 もういちど深呼吸をする。西坂は発炎筒を墓石の上に置いた。決着をつけようじゃないか、と内心でつぶやきながら。


 発炎筒を振る手が止まったことで、男はこちらとの距離を詰めてくるものと考えられた。二撃目は、先ほどよりも速い攻撃を繰り出すに違いない。こちらの視界はゼロに近く、姿を捉えてから反応したのでは遅すぎる。感覚を研ぎ澄ますために目を閉じ、足音に全神経を集中させることにした。


 風の音に混じり、右後方からなにかの音が聞こえる。砂を蹴る音だ。

 西坂は一秒だけ待ち、そして身を屈めた。

 長剣は西坂ではなく墓石に当たり、弾かれる。

 目を見開いた西坂は、その瞬間を逃さず、男の脇腹にスタンガンを打ち込んだ。

 電流を浴びた男が、身体を折り曲げ、墓石に覆いかぶさる。

 西坂はスタンガンを放さず男の身体に電流を流し続けた。


「いまだ。撃て」


 墓地に銃声が轟き、西坂の前で男は倒れた。

 男が絶命すると、吹き荒れていた風が止み、灼熱の太陽が復活を遂げた。

 砂嵐の化身のような男を見下ろし、西坂はつぶやく。


「安らかに眠れ、サンドストームの亡霊」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る