ホテル再建記録⑯ 古代遺跡
「下りてみよう。なにがあるのか気になる」
目の前に出現した階段を見てシリンジの口調が変わった。地下室の存在だけでなく、大がかりな仕掛けまで秘密にされていたという事実は、彼に大きな衝撃を与えたようだった。
「いまは、オレがここの管理者なんだ。なにも知らないでは済まされない」
サリス夫妻を家族同然に想っているシリンジとしては、真相を見極めないわけにはいかないのだろう。先ほどまでとはうってかわって、シリンジは真剣な表情で地下空間を見つめていた。
「地下の隠し部屋か……」
仕掛けの作動と同時に照明も点灯する仕組みになっている様子で、地下室の内部は淡い光に照らされていた。
「この感じだと、ただの倉庫って感じでもなさそうだな」
なにが待ち受けているのかと、ドキドキしながら、シリンジのあとについて階段を下りる。
ところが、予想に反して、地下室は空っぽだった。
「なにもないじゃないか」
三方の壁に木製の棚が設置されているが、そこにはなにも置かれていなかった。先ほどまでいたロビーと比べると、地下室はだいぶ温度が低いように感じられる。ぱっと見た印象で、以前はワインセラーだったのかもしれないと西坂は思った。
「たしか、下に空洞があったのは、このあたりのはずだけど」
シリンジが指し示すあたりの床石を調べてみる。すると、床石と床石のあいだに、不自然に空いた隙間を発見することができた。
「持ち上げてみるから、ちょっとエドも手伝ってくれないか」
隙間に指を差し入れ、二人がかりで床石を持ち上げる。
「これだ。間違いない」
石の下には上向きの扉が隠されていた。年代物の木製の扉で、コブラパレスの建造前からここにあるといわれても特に違和感はない。
「鍵はかかっていないみたいだ」
力を込めて扉を持ち上げると、その下の空間の臭いが不意打ちのように立ち上ってきた。悪臭とまではいかないが、人によっては不快に感じる臭いだ。
「きついな」
後ろに逸らした顔を再び前へと向ける。のぞき込むと、年季の入ったハシゴが下層へと伸びていた。
「なんていうかさ、この隠しかた、尋常じゃないよね」
ハシゴに足をかけながら、シリンジがいう。
床石で覆うだけでなく、地下室の入口までもがオブジェで塞がれてしまっている。レーダー探知機がなければ、二重の目隠しを見破ることはできなかっただろう。
「誰か人を呼んだほうがいいかな」
「呼ぶって、誰を。みんな洞窟のほうに駆り出されてるじゃないか」
パイロンも楊も、地底爺を殺した犯人を捕まえるために動いている。都合がつきそうなのはガブリエルくらいだが、呼んだところで役に立つとはどうしても思えなかった。
西坂はいう。
「行こう。俺たちだけで」
「そうだね」とシリンジが答えた。
頭上の明かりは下層までは届かない。ハシゴの途中からは、スマートフォンのフラッシュライトで足元を照らしながら、慎重に一段ずつ下りていくことになった。
「準備が甘いなあ、バトーは」
ハシゴの下で待っていたシリンジは、どういうわけかLEDのハンディライトを持っていた。
「準備って、なんの準備だよ」
「宝探し」
どうやら彼は、本気で宝探しをするつもりらしい。レーダー探知機にハンディライト、次は携帯スコップが登場するのではないだろうかとため息をつきながら、正面の暗がりにライトを向ける。
岩石の割れ目に沿って、細い道がまっすぐ先へと伸びていた。
「なあ、エド。真面目なはなし、開業前に地盤を調べておいたほうがいいと思う」
同じように前方を見つめていたシリンジも、「そうだね」と小さくつぶやく。
丘の上にあるコブラパレスは、安全な地盤の上に建っているものと思っていた。しかし、眼前に広がるこの光景を見るかぎりでは、ホテルの真下には亀裂の入った岩盤があることになる。見たところかなり古い亀裂のようだが、地震が発生した場合のことを考えると、この現状を見過ごすわけにはいかなかった。
「とにかくいまは、奥がどうなっているか調べてみないと」
そういうとシリンジは、足元を器用に照らしながら、横歩きで先へと進んでいく。
「危険だと判断したら、すぐに引き返すからな」と答えて、西坂もそのあとに続いた。
亀裂を抜けると、開けた空間が出現した。客室ひと部屋分ほどの広さだろうか。スマートフォンのフラッシュライトでも、かろうじて空間の端まで照らすことができる。
「これ、明らかに人の手で削ってるよね」
「俺もそう思う。場所を考えると、削るのも楽じゃないだろうけど」
岩を削って人工的に作りだした空間であることは一目瞭然だった。
「でも、いったい、なんのために」
西坂の独り言のようなつぶやきに、シリンジが言葉を被せる。
「王の墓とか」
ここセパレートシティはウロコ文明の中心地といわれている。地中から古代遺跡が発見されたとしてもおかしなことではない。おかしくはないのだが、目の前にある空間は、西坂がイメージする遺跡の姿とは大きく異なっていた。
「墓っていったって、なにもないじゃないか」
がらんどうの空間には、装飾品どころか、墓であることを示す棺すらも見当たらない。持ち去られた形跡もないのだが、シリンジはハンディライトを動かしながら、内部の様子を入念に観察していた。
「ここは入口かもしれない。どこかに横穴があって、王の棺はもっと奥にあるのかも」
まるで専門家のような口ぶりだが、博物館で得た中途半端な知識を披露しているだけだということは西坂も承知していた。素人の発言を真に受けるつもりはないし、遊びにつき合っていられるほど穏やかな状況でもない。
「映画の観すぎだ。現実を見ろ。そんなに都合よく……って。おい、エド?」
気がつくとシリンジは、放心したように隅の一点を見つめていた。少し様子がおかしい。
「どうした、大丈夫か?」
「ごめん、バトー。なんでもない。なんでもないんだ。ただちょっと、父さんと母さんのことを思いだして」
なにが起こっているのか、まったくわからなかった。
「思いだすって、どうしたんだよ、急に」
意図的に避けているのか、普段からシリンジは、亡くなった両親のことについてはほとんど話さなかった。過去の思い出話に登場するのは、決まってサリス夫妻の二人だ。事故が起こる前の父親と母親との暮らしについては、彼の口からは一度も詳しい話を聞いたことがなかった。
それがとつぜん、隅を見つめながら、両親のことを思いだしたなどという。明らかに正常な状態ではなかった。
「なにか見たのか?」
「いや、オレもよくわかんなくて」とシリンジが答える。
シリンジ本人も、自身が口走った言葉の意味を正しく理解していない様子だ。
「興奮しすぎて、脳がエラーを起こしているのかもしれない」
西坂はそういうと、脱力するシリンジを岩の亀裂付近まで移動させた。
「ちょっと、休め」
「大丈夫だって」
平気だと主張するシリンジを、強引にその場に座らせる。
「こんなところで倒れられたら、俺ひとりでは運びだせない」
責めるような口調でいうと、観念したのか、シリンジは大人しく西坂の言葉に従った。
最悪の事態だけは回避することができたと、西坂は、ほっと胸をなでおろす。
だが、この場でじっとしているわけにもいかない。気がかりなのは先ほどの場所だ。
すぐ戻るといい残して立ち上がりながらも、西坂は先ほどのシリンジの様子を思い返していた。
隅の一点を見つめながら、亡くなった両親のことを思いだす。おそらくそれは、フラッシュバックに近い体験だったに違いない。なにかを示唆しているようにも思えるが、託宣と考えるよりは、脳の誤作動と考えるほうが現実的だろう。
単なる推測に過ぎないが、隅の一角にハンディライトを向けたシリンジは、そこにあるものを見て違和感を覚えた。本人に自覚がないことから、無意識下での小さな違和感だったと思われる。平時であれば、それ以上、なにもなかったかもしれない。しかし、このとき彼は、極度の興奮状態にあった。彼の脳は瞬間的に活性化し、心の奥底に封印したはずの情景を呼び起こした。それが、西坂が考えた脳の誤作動だった。
では、その違和感とは、いったいなにか。
西坂は先ほどの場所に戻ると、シリンジが見つめていた箇所に近づき、至近距離からライトを当ててみた。
すると、そこにある岩の表面には、人の手で加工を施したような痕跡があった。長方形を描く溝のようなものが、隅の一角にひっそりと残されている。シリンジの発言で意識したせいもあるが、西坂の脳裏に浮かんだのは横穴を掘る光景だった。
この奥になにかある。そう確信してからの西坂の動きは早かった。購買部の必需品でもあるアーミーナイフを手に、溝に沿って器用に土を掻きだしていく。長方形の岩は思っていたよりも厚みがないようで、隙間ができた頃合いで振動を与えてやると、少しずつ奥のほうへとずれていった。
同じことを何度か繰り返すと、長方形の岩は奥に倒れて消えてしまった。
西坂の予想どおり、岩の奥には隠された空間が存在していた。
前方を照らしてみても、フラッシュライトの光は奥まで届かない。ひと一人が身をかがめて通れるほどの穴が、奥へと誘うようにまっすぐ伸びている。
西坂は長方形の入口を潜り、中腰の姿勢のまま横穴を奥へと進んだ。躊躇なく穴に入った理由を問われれば、「わからない」と答えることだろう。それほどに、後先を考えない反射的な行動で、自分もやはり、シリンジと同様に興奮状態にあるのかもしれないと西坂は思った。
横穴の終着点には、天井の高い小部屋が待ち構えていた。大きさは、広めのバスルームほどだろうか。壁一面にびっしりと壁画が描かれている。
それを見た瞬間に、西坂は古代人の壁画だと確信した。以前、博物館で見たウロコ文明の壁画と、人物の描き方が酷似していたからだ。
鮮やかな碧が印象的なその壁画には、腰巻きだけの半裸の男性が何人も描かれている。男性はみな絵の中心部を見つめており、そこには乾麺の束のようなものが描かれていた。
保存状態は極めてよい。
これは大発見なのではないか、としばらく見入っていると、背後からの声で現実に意識を引き戻された。
「うそだろ」
後ろを振り返ると、シリンジが立っていた。
休んだことによって少しは回復したのだろうが、やはりどこか様子がおかしいようにも見える。
シリンジは、目を丸くしたまま、壁画の一点を凝視していた。
「奴らだ」
「奴ら?」
西坂が聞き返すと、シリンジは震える手で乾麺の束を指さした。
「四年前のあの日、マグノリアの部屋にいた地球外生命体。サリス夫妻を連れ去った犯人だ」
「おい。しっかりしろ、エド!」
「見間違うはずがない。あたまの上に車輪も浮いている」
シリンジの言葉どおり、乾麺の束の上には車輪に似た丸いものが描かれている。前に聞いた話では、マグノリアの部屋にいた存在は、車輪もどきの回転に合わせて、身体の一部を透明化させていた、というのだが。
「奴らは、太古の昔からこの星に来ていたんだ」
そのとき、西坂の手のなかでスマートフォンが着信を告げた。
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