ホテル再建記録⑮ ホワイトコブラ
地底爺が殺害されたときの状況は、
現場はセパレートシティ市立博物館。二か月に一度の休館日ということもあり、このとき館内にいたのは、地底爺と新人警備員の二名のみだったという。
新人警備員の話によれば、サンドストームが発生してしばらくしたところでエントランスの防犯センサーが異常を感知、現場に駆けつけてみると、側面にあるガラス壁の一枚が外から割られていたとのことだった。
不測の事態に新人警備員は慌てたが、このとき彼は一人ではなかった。様子を見に来た地底爺の言葉に従い、侵入者がいないか、手分けして二人で館内を確認することにした。のちに新人警備員は、館長を危険に曝したという理由で、当時の判断を厳しく糾弾されることになる。
不法侵入の痕跡を発見し、その場にいた二人が手分けして館内を捜索する。ここまでは七か月前の西坂とほぼ同じ状況だが、細かいところでは異なっている部分もあった。博物館の監視カメラが侵入者の姿をはっきりと捉えていたという点だ。
カメラに映っていたのは、腰巻きだけの半裸の男だった。男は展示室内のガラスケースを破壊し、なかに収められていた長剣を強奪。展示室を出ようとしたところを発見され、手にした剣でそのまま地底爺を斬りつけた。
セパレートシティ警察は、今回の事件を、七か月前の強盗事件と同一人物による犯行とみて捜査している。前回の事件において、ただひとり犯人と接触している西坂は、警察に呼びだされ、監視カメラの映像を確認させられることになった。
「で、どうだ? 同じヤツか」
警察署内の一室、西坂の前には映像確認用のラップトップが置かれている。質問する警察官は高圧的だったが、相手はアイザック・パイロンなので、西坂にとっては慣れたものでもあった。
「前にもいったけど、あのときは暗くてなにも見えなかった。だから、こんなもの見せられてもコメントはできない」
しいていうなら、複式墓地で目撃された地底人と特徴が一致していたが、それを口にしたところで、ふざけるなと拳が飛んでくるのがおちだろう。
こちらが黙っていると、パイロンは思っていたよりも早く聞き取りを断念した。
「まあ、そうだろうな。おれだって、上からの命令で聞いただけだから、とくに期待はしていない」
パイロンは続ける。
「クソジジイの仇はおれが討つ。もちろん、警察官として」
まっすぐ前を見つめるパイロンは、その瞳の奥に決意の炎を宿していた。
「それなら、ひとつ、聞いてほしい話がある」
西坂は洞窟内で短剣を発見した事実をパイロンに明かした。
はじめのうちパイロンは、言葉の意味するところを正しく理解していなかったが、その短剣が七か月前に博物館から盗まれたものであることを告げられると驚きの声を上げた。
「本当か、それ」
「本当だ。おそらく犯人は、あの洞窟を隠れ家にしている」
洞窟を監視していれば、戻ってきたところで犯人を捕まえることができる。西坂がそう説明すると、パイロンは目を閉じて大きく息を吸い込んだ。犯人の手がかりを得たことで、彼のなかでなにかしらのスイッチが入ったようにも見える。
「それと、もうひとつ。洞窟内でこれを見つけた」
テーブルの上にベルトポーチを置くと、西坂はその中からホワイトコブラの指輪を取りだした。
「それは」
パイロンが目を見開く。
「ホワイトコブラの指輪。探してたんだろ」
「どうして、あんたがそれを知っている」
「地底爺から聞いた」
「あの、クソジジイ。余計なことしやがって」
「やるよ、これ」
西坂は指輪をパイロンに差しだした。
「エドには秘密にしてある」
大事なことも忘れずにつけ加えておく。
指輪を受け取ったパイロンは、固い表情をしたまま目を細めていた。
「どうやら、あんたには、借りができてしまったみたいだな」
「借りって」
西坂は首を左右に振る。
「べつに、そんなつもりじゃない。拾得物を警察に届けただけだ」
するとパイロンは、ジョークが気に入ったのか、珍しく西坂の前で笑みを見せた。
「市民の義務というわけか。いい心がけだ」
意表を突かれた西坂は、思わず聞き返してしまう。
「市民? 俺が」
「ああ、そうだ。あんたは、とっくにこの街の市民だよ」
そういうとパイロンは、指輪を握りしめたまま、部屋の出口へと歩いていった。犯人逮捕の手がかりを得た以上、こんなところでのんびりしているわけにはいかない。洞窟を包囲するための人手を集めるのだろうと西坂は思った。
そのまま部屋を出ていくかに思えたパイロンだったが、ドアの前まで行くと、なにかを思いだしたかのように、はたと足を止めた。
「そうだ」
後ろを振り返っていう。
「ポーチにマスターキー入ってただろ」
「入ってたけど、それが?」と西坂は尋ねた。
「ロビーにある、クソでかいコブラのオブジェ。あれの台座に鍵穴があっから、そこにマスターキーを突っ込んでみな。たぶん、おもしろいものが見れる」
その行為にどのような意味があるのかはいっさい説明せず、パイロンは意味深な言葉だけを残して部屋を出ていった。
室内にひとり残された西坂は、目の前にあるラップトップに手を伸ばすと、静かに画面を閉じた。変わり果てた地底爺の姿をいつまでも表示させておく気にはなれなかった。
三時間後、西坂はコブラパレスのロータリーでシリンジの到着を待っていた。もうすぐ着くというシリンジからの連絡のあとには、予定変更を伝える
現場の地理に詳しい楊は、たしかに案内役としては適任だろう。だが、そのいっぽうで、捜査活動に同行させることは、彼女の身を危険にさらすことにもなる。警察組織の一員としての判断なのだろうが、パイロンにとっても苦渋の決断であることは想像にかたくなかった。
岩場に放置されていた楊の車は、副業運転手のガブリエルに頼んで街まで牽引してもらうことになっていた。車の回収に同行したシリンジは、まもなく、レーダー探知機を持ってこちらにやってくる。シリンジと合流したあとは、当初の予定どおり、地下室をレーダーでスキャンするつもりだった。
地底爺は殺され、犯人はいまだ捕まっていない。緊迫した状況ではあったが、西坂は開業準備の手を止めるつもりはなかった。シリンジを支えつづけた地底爺の想いを無駄にしないためにも、なんとしてもホテルを開業させなければならない。
しばらくすると、エンジン音を轟かせたガブリエルのジャッカル・エミーナがロータリーに進入してきた。
急停車した車の助手席から、シリンジが姿を現す。
「お勤めご苦労さん。シャバの空気はどうだい、バトー」
開口一番に冗談をいうシリンジを見て、西坂の心中にあった不安はすべて吹き飛んでしまった。訃報を受け取ったときの彼は、まるで世界の終わりでも見ているかのような顔をしていた。それがいまは、西坂に対して普段どおりの悪童のような笑みを見せている。意気消沈していたシリンジは、陽気なガブリエルと行動をともにするうちに、いつもの調子を取り戻していたようだった。
「お勤めなんかしてねえよ。むしろ、逮捕されるどころか、警察に貸しを作ってきたくらいだ」
西坂も普段どおりの調子で答える。
「というか、エドなんて事件当時の警備担当のくせに、よくそんな無責任なことがいえるな」
博物館で侵入者と遭遇したときのことを思い浮かべてみる。あのときは、たまたま西坂がハズレを引いただけであって、ひとつ選択が異なっていれば、侵入者と遭遇していたのはシリンジのほうだった。だからこそ、警察に呼ばれたのが自分ひとり、という現在の状況にも不満がないわけではない。
「どう考えても不公平だと思う」
西坂がそういうと、シリンジは不貞腐れた表情で顔を伏せた。
「そんな、無責任とか不公平とかいわれても。オレだって、ただのヘルプなんだから」
ぶつぶつとなにかをつぶやきながら、足元の小石を蹴っている。
すると、会話を聞いていたもう一人の人物が、運転席からひょいと顔をのぞかせた。
「情けない、情けない」
ガブリエルだった。
「おれなら、その場で犯人を取り押さえていたね」
自信満々にいうガブリエルを、西坂とシリンジの二人が同時ににらみつける。
「あんたがいうなよ」
「そうだ。もとはといえば、ガブリエルが事故を起こしたのが原因じゃないか」
「なんだよ、二人とも」
不満の矛先が自分に向いていると察すると、ガブリエルはすぐに首を引っ込めた。
「と、とにかく、おれは仕事に戻るから、早くあの変な機械を下ろしてくれ」
厄介な客を相手にしたときのような早口の返答だった。
西坂とシリンジが二人がかりで探知機を下ろすと、ガブリエルは「喧嘩すんなよ」という捨て台詞を残して、逃げだすように車を発進させた。
あっというまにロータリーを半周したガブリエルのジャッカル・エミーナを見て、西坂はつぶやく。
「スピード出しすぎだろ、あれ」
「牽引中もあんな感じだったよ、彼」
シリンジの話では、引かれる側の運転席にいた楊は、ハンドルを握ったまま真っ青な顔をしていたとのことだった。
「よしっ。じゃあ、遅れを取り戻すためにも、じゃんじゃんスキャンしていこう」
レーダー探知機をロビーに運び込むと、シリンジはすぐに起動の準備に取りかかった。おそらく、ここに来るまでのあいだに、操作方法をあたまに叩き込んだのだろう。とても初めてとは思えない、淀みない動きだった。
「お宝、お宝」
その言葉を連呼するシリンジを見ていれば、使ってみたくてうずうずしていたのだということは容易に想像できてしまう。
西坂はたしなめるようにいった。
「お宝じゃなくてさ、地下に空間があるかどうかを調べるんだよ」
営業許可の申請とアレムの言葉を思い浮かべた。地下に部屋が残っているのであれば営業外区画として残しておくが、完全に埋めたのであれば登録から地階を削除する。どちらなのかによって手続きが変わるため、現在の状態をはっきりさせなければならない。それが、今回のレーダー探知の目的だった。
「おい、聞いてんのか、エド」
シリンジは西坂の言葉など無視して、持ち手のモニターを凝視しながら、一心不乱に探知機で地下を走査している。
「出たよ、バトー。空洞だ」
映しだされた波形を見て、シリンジが叫んだ。
どうやら地下室は、完全には埋められずに、入口を塞がれただけのようだ。これで、ようやく申請手続きを進められる。最悪の事態は避けられたと安堵のため息を漏らしたとき、シリンジがとつぜん大きな声を上げた。
「ちょっと待って。空洞の下にさらに空洞がある」
「はっ? どういうことだよ」
コブラパレスに地下二階はない。開業時の図面でも確認済みだ。
「部屋、じゃないな。通路だ、これ」
「通路?」
モニターをのぞき込む。シリンジのいうとおり、波形の空洞は二層になっていた。
「これってさ、まずいんじゃないの」
「ああ、かなりまずい」
下層に未知の空間が出現したとあっては、これまでの話が根底から覆ってしまう。
「とりあえず、地下に下りて、実際に確かめてみないと」
「でも、どうやって」
地下へと続く階段があった場所には、いまはコブラのオブジェが置かれている。
「暴力警官が、気になることをいっていたんだ」
警察署でのパイロンの言葉を思いだす。オブジェの鍵穴にマスターキーを入れると、おもしろいものが見られる。彼はたしかにそういっていた。
ロビーの中央に向かった西坂は、オブジェの前に屈み込むと、鍵穴がないか台座を入念に調べた。すると、パイロンの言葉どおり、裏面の目立たない場所に小さな穴があった。
「あった、これだ」
「なになに、どういうこと?」とシリンジが尋ねる。
「ここにマスターキーを入れると、なにかが起こるらしい」
「なんだよ、それ。オレ、そんなこと、ぜんぜん聞いてないんだけど」
パイロンの口ぶりからして、あるていど予想はしていたが、やはりシリンジは、その事実に関してなにも知らされていないようだった。
オブジェに秘密があるとして、仕掛けが施されたのは二十四年前の改装の際だと考えられる。パイロンが知っていてシリンジが知らないということの意味は気になるが、それを口にしたところで、相手を不快にさせるだけだということは理解していた。
西坂はベルトポーチからマスターキーを取りだすと、それを台座の穴に差し込んだ。
「古い図面では、地下への階段は、このオブジェの真下に位置していた。俺の予想が合っていれば、おそらく」
キーを回すと、内部でモーターが起動し、ゆっくりと台座がスライドしていく。
しばらく待つと、台座の下に地下へと続く階段が現れた。
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